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#34 司令塔の話

野球で一番育成が難しいのがキャッチャーだという人がいる。ピッチャーは先発、中継ぎ、抑えと役割が分担されていて、1人が1試合全て投げ切ることが珍しくなった現代において、複数のピッチャーに役割を担わせながら育成することができる。野手も大づかみで言えば内野と外野の中で空きポジションを練習させることもあるだろう。
しかしキャッチャーは一人だけ違う方向を向いて守備につき、守備の指示を現場で出す役割を担っている。それだけに試合途中で頻繁に代えられるポジションではなく、登録されている選手の人数も少ない。名キャッチャーが同じ時代に何人も並び立つことは滅多になく、キャッチャーを育てられるコーチも払底している。強いチームに名キャッチャーありと言われるが、往々にしてそのキャッチャーが引退するとしばらくしてそのチームは衰退していく。
私は1990年代のヤクルトにどっぷり浸かっていたので、古田全盛期をリアルタイムで体感していただけに、キャッチャーが守備のみならず攻撃も含めたチーム全体を形作る傑作チームを見てきたと自負している。だからその後のヤクルトの低迷は実に不甲斐なく感じるし、キャッチャーを単なる球受けでないプレイヤーに昇華させるのは本当に難しいと痛感する。

さて、野球以上にポジションが細分化されているといえばアメリカンフットボールだ。そもそもオフェンスチームとディフェンスチームがそっくり入れ替わるから、野球のように攻撃も守備もやるという選手は極めて少ない。しかもオフェンス、ディフェンスそれぞれにポジションが決められているから複数のポジションで試合に出ることはほぼ不可能に近い。
その中で花形ポジションの一つに数えられるのがQB、クォーターバックだ。プレーの選択、各プレイヤーへの指示、そしてRBへのトス、WRへのパスと実に多彩なタスクをこなし、ボウルゲームでチームが勝てば表彰されやすい大黒柱だ。
野球のキャッチャーと違うのは、QBは攻撃に特化したポジションということだ。キャッチャーとしての評価は基本的に守備を強調される。攻撃力の高いキャッチャーもいるが、守備あってのポジションといえる。一方でQBは守備について言及されることはまずない。分業が徹底されている競技なので当然だが、もっぱら評価されるのは攻撃の面だけだ。そして、球技の多くは相手よりもたくさんの点を取ることを目標にしているため、攻撃の核となる選手の好不調はチームの成績に直結する。キャッチャーがいくら守備面でミスを重ねたとしても、味方がたくさん点を取れば一応は勝つ見込みがある。しかし、QBがミスすれば得点に繋がらないから、チームの勝利は遠のいてしまう。
そういう意味では同じ「司令塔」と呼ばれるポジションであっても評価の対象が違うと言えるだろう。

そのQBだが、昨今のXリーグではアメリカ人選手が務めることが多い。カテゴリーが上がるほどその傾向は強く表れ、昨シーズンのX1 SUPERで日本人QBが主力となっていたのは東京ガスのみ。昨シーズンは変則的であったが、その前の2019年シーズンでも、オール三菱以外全チームでアメリカ人QBが試合の大半に出場していた。
Xリーグでアメリカ人選手が参加するようになって10年ほどになる。当初は一部のチームに1人いる程度だったが、今では上限(各チーム4人)いっぱいの外国人選手を登録しているチームも珍しくない。そしてQBで最初にレギュラーを張ったのがIBMのケビン・クラフトだろう。クラフトはパスを多用して攻撃力を拡大させてチームの戦いを大きく変えた。現在ではヘッドコーチ兼任選手としてプレーを続けている。
そして自チームのみならずXリーグを劇的に変えたQBと言われているのがコービー・キャメロン(富士通)だ。2014年シーズンにチームに加入すると富士通は初めてのリーグ優勝を決め、2017年シーズンを最後に引退するまでの4シーズン全てでジャパンエックスボウルに出場してそのうち3回勝利。ディフェンシブなチーム相手にはロースコアのゲームで勝ち、オフェンシブなチーム相手では激しい撃ち合いを挑んでは勝つ、とにかく相手にとっては絶望的な強さのチームがキャメロン率いる富士通だった。
キャメロンはノーハドルの攻撃を得意としており、それまで攻撃も守備もじっくりとハドルを組んでいた日本のフットボールが影響を受けた。富士通の攻撃が変わったので相手の守備がまず変革を余儀なくされ、そして相手の攻撃もそれを見習うようになった(完全にキャッチアップできたチームはなかったと思うが)。それほどの強い力を持ったQBがXリーグにいたということだ。

ところで、QBは試合そのものをコントロールする力を持つポジションだけに、一朝一夕に任せられるようなものではない。そのためじっくりと経験を積みながらスキルを磨き、OL陣やRB、WRと信頼関係を築いていく必要がある。
ただ、今のXリーグにおいて日本人QBの出場機会は少ない。2019年シーズンを制した富士通ではエースQBバードソンがレギュラーシーズン終盤に負傷した後に高木がQBを務めてライスボウル制覇まで成し遂げたが、バードソンが復帰した2020年シーズンはまた第2QBに逆戻りし、試合終盤に大勢が決してから出場するだけになった。2020年シーズンを制したオービックも、エースQBロックレイがほとんど出ずっぱりで、ルーキーQB小林は大勝した試合の後半に出場しただけだった。
学生から社会人に進む中で、QBを務めていた選手のモチベーションをどう保っていくかがこれからのXリーグの課題ではないだろうか。もちろん他のポジションも外国人選手がいるので競争になるのは変わりないが、特にQBは同時に2人がフィールドに立つことのないポジションであるだけに、出場機会に恵まれることが少ないであろうカテゴリーに進まないという選択をする選手も出かねないのではないか。先日ライスボウルに出場した関西学院大学のQBは、この試合がフットボール引退の試合だったという。彼が社会人としてフットボールをプレーしない理由は分からないが、もし出場機会が少ないかもしれないからという理由だとしたら、実に残念なことだ。野球のように二軍の試合があるわけでもなく、公式戦は年に10試合前後という日本のフットボール最上位カテゴリーの現状があり、そこにきて日本人プレイヤーが希望を持ってリーグに参加できないのだとすれば、それは早急に取り組むべき課題だろう。最近Xリーグの公式サイトに学生向けのリクルーティング記事が出ているのもその辺りの問題意識の顕れかもしれない。

ただ、外国人選手を今すぐ排除すればいい、という短絡的な発想は避けなければならない。これほど急激に社会人フットボールのレベルが上がったことにアメリカ人選手が寄与したことは間違いない。全面排除は時代の逆行を意味する。
まずは試合数を増やして、多くの選手が試合に出場する機会を得られるようにすることが第一歩になるのではなかろうか。そこで経験を重ねながら大きな試合を任せられるような日本人QBが成長し、そこでアメリカ人QBと互角に対峙できるようになれば、実に楽しみなのだが。


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