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#43 時短の話

日本人は働きすぎだとよく言われる。確かに成果は上がるように見えるかもしれないが、その成果を生み出すために費やした時間が長ければ効率は悪い。いわゆる労働生産性が低いといわれるものだ。
そのため日本では労働時間を短くしようとする動きがここ30年ほど続いているようだが、なかなか遅々として進まない。
そうこうしているうちに未知の感染源が社会に蔓延し、一部の業種では否が応でも営業時間を短くしなければならない状況に追い込まれた。ただこれでは成果は上がりようがないので、やはり喜ばしい状況とはいえない。

…今回の時短はこちらではない。

昨日2021年のNPBが開幕した。昨年と異なり各チーム143試合のペナントレースを遂行する前提の日程が組まれている。その一方で、2019年までのシーズンと同様に公式戦が行われる保証がないので、いくつかの決め事が定められた。そのうちの1つが、試合が同点であっても9回打ち切りとするものだ。
一部メディアの記事によると、日本のプロ野球史上、シーズン公式戦で全チーム引き分けゼロで終えたことは一度もないという。今年はその反対に、引き分けが増加するのではないかとの分析だ。確かに実力が伯仲するプロ同士が何度も対戦すれば、9イニングで決着がつかないことも出てくるだろう。これまでは延長戦を見据えた選手起用を行っていたところ、今年は9回で終わるのだから積極的な起用が増えるかもしれない。

9回打ち切りについて、メディアもファンも意見は割れているようだ。私の意見としては、昨年のように10回まではやってもいいのではないかと思っているが、決まった以上は仕方がない。ルールに適応する能力もプロに求められる要素なのかもしれない。
さて、賛否の意見を戦わせるメディアの記事の中に次のような意見があった。

そもそも日本の野球は試合が長すぎるのではないか?

9回打ち切りと試合時間が長すぎるという論調にどの程度の因果関係があるのかはよくわからないが、このことはよく指摘されてきた。

かつてプロ野球が毎日夜のゴールデンタイムで地上波放送されていた頃、中継は夜7時に始まっていた。試合自体は6時に始まることが多いので、すでに1時間が経過した時点で中継が始まる。そして中継枠が2時間の場合、試合時間が3時間を超えてしまえば中継枠には収まらない。そのため、「一部の地域を除き放送時間を延長してお送りします。ドラマ〇〇は野球中継終了後にお届けします」のアナウンスとテロップが流れ、録画に手間取るドラマファンから野球ファンは大いに恨まれたものだった。
実際、さまざまな策を講じているようだが、最近でも試合時間平均が3時間を切ったという年は聞いたことがない。

ただ社会人野球ファンの立場で言うならば、社会人野球で1試合3時間を超えるとしたら、おそらく延長11回、12回まで続いている試合だろう。場合によってはタイブレークになっているかもしれない。学生野球も非常にスピーディーな試合運びになっていることがほとんどだ。
ま、それはそれとして。

ではひるがえって考えてみたい。「試合時間ってとにかく短くすることが是なのですか」と。
私はNPBの公式戦にもう10年以上足を運んでいないので、もっぱらテレビ等の媒体を経由してNPBの試合を見ているが、今のプロ野球は非常に演出が多い。イニング間のイベントやチアリーダーのパフォーマンスなども盛りだくさんだ。それは野球の試合を行うという点からすれば、いらないものだ。しかしほぼ全ての球団で何かしらのイベントを試合ごとに行っている。とすれば、それには意味があるのだろう。
時短第一主義(もっと雑に言ってしまえば時短原理主義)は、試合時間さえ短くなれば満足なのだろうか。であればもっとドラスティックに変えてしまえばいい。
例えばストライク2つでアウトにするとか、2アウトでチェンジにするとか、試合自体を3イニングで終わらせるとかだっていい。それで満足ならば。
審判へのリクエスト制度も、ビデオ検証で時間がかかるから一切認めない。審判のジャッジは何があっても抗議を許さない。もしくはミスを生じさせないためにロボットやAIに審判をさせる。それなら時短になるだろう。ノーコンのピッチャーは試合を長くするからピッチングマシンをマウンドに置けば、時短に寄与しそうだ。それが目指す野球の姿ですか?

私は20年近く前、西武ドームに西武-近鉄戦を見に行ったことがある。この試合は貧打戦(今から思い返しても投手がずば抜けて良かった印象はないから投手戦ではなかった)で、中盤に西武がソロホームランで挙げた1点だけで試合が決まった。試合時間は2時間10分程度で、このシーズン中最短の試合時間だった。
この試合、シャットアウトされた近鉄側に私がいたからかもしれないが、素直な感想は「カネ払い戻せ」「もう1試合やってくれ」だった。当時イベントなどもほとんどなく、試合を純粋に見ただけだったが、淡々と試合が進み見どころもあまりなく、それで試合時間も短ければ、球場に足を運んだファンにとっては物足りない試合という印象が残るだろう。

もちろん、試合そのものに無駄な部分があるからそれをそぎ落とすことは大事だ。試合の純度が高まり、ファンが満足する度合いも上がろうというものだ。しかし、極端に時間を削れば競技自体の魅力が上がると考えているとすれば、あまりに短絡的だし、ベンチワークも含めた駆け引きを無視することになりかねない。
試合が長くても内容が充実すればファンはついてくる。頭脳競技だが、近年将棋の人気がうなぎのぼりになっている。公式戦では10時間を超えたり2日にまたがったりすることも普通に行われている将棋で、「時短すればもっとファン増えますよ」なんて軽々に言えないだろう。

昨年は異常事態だったが、それまで数年にわたり、NPBは来場者数が右肩上がりで推移していた。テレビやウェブでは見られないライブ感を提供することでファンの満足度を上げてきたのではなかったか。今後現状維持はあっても劇的な上昇が見込めない放映権料確保のために試合時間を無理やり中継枠にはめ込もうとすることで、かえって試合自体の魅力を削ぐようなことになれば、本末転倒も甚だしい。

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