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半導体に見るPFAS規制問題

6月2日、Bloombergはアメリカの化学・素材メーカー大手3Mが各都市の水質汚染で多くの自治体から訴えられていた件で少なくとも100億ドル(約1兆4000億円)を支払い和解する事で合意したと報じました。

3M、少なくとも100億ドルで暫定決着-「永遠の化学物質」巡る係争

この水質汚染したとされるPFASは有機フッ素化合物の総称で、その多くが化学的に安定しており熱や薬品に強く撥水性などの特性から撥水剤、泡消火剤、フライパンといった身の回りの品や半導体の製造工程、金属メッキの表面処理剤など工業製品の製造にも広く使用されてきました。

しかしこの人間にとって便利な安定した性質というのは自然環境中に放出されると分解されるのに長い時間を要すため環境中に蓄積される事になり、生体蓄積される事による発がん性や健康被害との関連が疑われた事からストックホルム条約(POPs条約)の対象物質に指定されました。

3M社ではベルギー工場がPFASで汚染されているとして操業を停止し、ベルギー・フランダース地方政府に対して工場の土壌を入れ替えるなど対応策を講じる事でフッ素系不活性液体(登録商標フロリナート)の製造を再開させていましたが2025年までにPFAS製造から撤退する事を表明しています。

半導体とPFAS

3M社のフロリナートは半導体製造工程のうちドライエッチングというマスクが施されたウェハの表面をプラズマ加工したりする時に処理が一様に進むようにウェハの温度を均一に保つ冷却剤として使われる物で3M社が80%のシェアを持っている製品でした。

これをPFASではない代替品にしなくてはならなくなるため、半導体製造業者や半導体系商社は対応に追われる事になりました。

「代替品」と言っても単純に入れ替えれば済むというものではなく、物質としての特性が変わってしまう事からこれまでの装置の制御のデータを代替品に対応した物に変え得る必要があり、代替品の特性によっては装置側の対応や交換が必要になったり工程管理の対応など生産全般にも影響が出かねません。

それ以外にも半導体チップ製造工場では工程ごとに作用させる薬液や異物を洗い流す洗浄工程、フォトレジスト液、現像液や剥離工程と幅広く使用されてきました。

現在ではゼロ・エミッションの観点から水関連では95%、一部の薬品に関してはリサイクル率90~95%、さらに薬品の回収率に関しても95%以上が得られていおり、また排気や排液、汚泥についても様々な無害化処理が行われ専門の廃棄業者におけるPFOSの分解処理目標は99.999%以上とされ、そのままで環境中に放出されることはほぼ起こらないように処理されています。

POPs条約

1992年地球環境サミットでのアジェンダ21を受けて12の残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants : POPs)の廃絶を計る国際条約が定められ2001年5月にストックホルムで開催された外交会議において条約が採択されました(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)

2004年2月17日、締約国数が50に達したこと受け、その90日後の2004年5月17日に条約が発効しました。

POPs条約(経済産業省)

工業的に作られる有機フッ素化合物PFOAに関しては2019年5月のストックホルム条約第9回締約国会議で「ジコホル」と「ペルフルオロオクタン酸(PFOS)とその塩及びPFOA関連物質」の2物質群がPOPs条約(ストックホルム条約)の附属書B(制限)に追加されることが決定し2020年12月3日に発効しています。

これを受けて日本においても化学物質審査規正法(化審法)における第1種特定化学物質に指定されました。

PFOAとPFOSの規制

欧米を中心に相次いで製造や使用等が禁止、もしくは制限を受けるようになりましたが、指定される物質の種類や規制値などについては各国でまちまちになっています。
国際的な動向について
資料4 (env.go.jp)

欧米のPFAS規制の動向 

現在、PFASのうちPFAS、PFOA、PFHxSの3種類については規制条約に批准している日本やEUを含む180あまりの国と地域で製造・使用・輸入が禁止されることになりましたが用途ごとに6.5~13.5年、或いは制限無しの猶予期間の特例が設けられています。

半導体などの特定分野については特例とされる国や地域もありました。

(3)用途ごとの特例(猶予期間)

・基準値
日本は飲料水、環境中共にPFOS、PFOAの合算で50ng/Lと比較的厳しい数値になっています。

NHKより


熊本市の有機フッ素化合物調査

令和4年度の熊本市の公共用水域水質測定において熊本市内の2か所の井戸から基準値を超えるPFOS・PFOAが検出され、追加調査された18カ所のうち12カ所で国の暫定指針値を超えた事が報じられました。

原因については現在のところ不明となっています。

有機フッ素化合物(PFOS・PFOA)について(熊本市)

台湾TSMCを誘致して菊陽町に工場を建設中のJASMと関連付けて不安視する声も一部で上がっていますが、検出場所は操業予定地から離れており、またまだ操業が始まっても居ない時点での調査結果である事から因果関係はないと見られます。
(着工:2022年4月、装置搬入:2023年9月予定、生産開始:2024年末予定)

これまで国内では沖縄や東京、神奈川での基準値超えは在日米軍基地で使用されていた泡消火剤が漏洩したものではないかと見られるほか、大阪においても空調機化学製品メーカーが漏洩事故を起こした事に関連するとみられる基準値越えが観測されています。

台湾の環境問題

かつて日本の高度成長期に公害問題が大きな社会問題となり、その反省を生かし厳しい環境規制が敷かれたように台湾でも社会問題になった事がありました。

台湾に進出していたアメリカのRCA社桃園工場で不法投棄を含む土壌汚染および地下水汚染事件がありました。

1988年にフランスのトムソン社がRCA桃園工場の所有権を取得し、調査した事でRCAの環境汚染が発覚した格好で、当時の従業員が健康被害を受けたとして訴えますが1992年に工場は閉鎖されておりRCA社も存在しておらず、また因果関係を立証するのは原告(被害者)との原則で裁判は長期化、日本の最高裁にあたる最高法院まで争われ、状況からRCA社側の行為によって健康被害が生じたと認められ2017年に7億1,840萬元の賠償金支払いが命じられる原告勝訴判決が出ています。

こういった背景から、台湾でも「懸念化学物質」関連規定により化学物質登録制度により廃棄物管理、リサイクルなだおの工場関連の環境影響評価、大気、水、土壌、騒音、労働安全衛生を網羅した製品系規制が敷かれています。

世界最大の半導体製造ファウンドリを擁するTSMCですが、その規模からすると環境汚染として立件されたケースが少ない事が「透明足跡」という台湾の環境問題NGOが開示しているデータから推察されます。

台湾積体電路製造有限公司(透明足跡)

もちろん自然界になかった物質を漏洩させる事は問題ですのでそういった事故は0件を目指すべきであり、日本でもかつては環境放出などのルーズな操業が行われて来た事を考えれば、環境モニタリング調査の継続と公表が生活の安心、安全に繋がる取り組みとなるでしょう。

SONYの取り組み

TSMCとタッグを組むSONYグループの半導体製造工場、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング・熊本テクノロジーセンターでは水資源のリサイクル活動の一環として2003年度から地元農家や環境NPO、農業団体と協力し地下水涵養事業の取り組みを続けており、くまもと地下水財団から地下水保全顕彰制度の第2回最優秀グランプリに選出されています。

https://kumamotogwf.or.jp/Image/230208/2_grandprix.pdf

こういった水処理は栗田工業オルガノ株式会社といった日本企業の水処理装置・水処理薬品の技術が貢献しています。

参考資料

・書籍
半導体工場のすべて 菊地 正典 (著)

半導体チップ製造工程を解説

これでわかる水処理技術 (現場の即戦力) 吉村 二三隆 著  栗田工業 監修 (著)

現代の産業に欠かせない水処理技術を解説

・web資料
“有害”化学物質PFAS 各地で波紋広がる NHK

3Mが2025年末までにPFAS製造を停止、世界の半導体製造はどうなるのか EE Times Japan

3MのPFAS製造撤退が半導体製造に与える影響はいかほどか? MIRU

PFOS(ピーフォス)含有廃棄物の処理 DOWAエコシステム

欧州における永遠の化学物質「PFAS」の規制案 みずほリサーチ&テクノロジーズ

最高法院が元RCA労働者の損害賠償を否定した判決を覆す-2022年3月11日 フォーカス台湾

半導体部材に規制強化、2025年にも有機フッ素化合物の使用制限 日経クロステック

半導体製造工場における廃水処理および水 ・薬品の再利用技術 田中 宣雄https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu1932/69/3/69_3_297/_pdf

PFOS、PFOA 以外の PFAS に係る国際動向 1.POPs 条約https://www.env.go.jp/content/900539504.pdf

PFOS、PFOA 以外の PFAS に係る国際動向 1 PFAS についてhttps://www.env.go.jp/content/000123227.pdf

PFOAとその塩及びPFOA関連物質の有害性の概要https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/anzen_taisaku/pdf/r03_s01_02.pdf


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