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オフィスに酒しか置いてない。ハードボイルドな出版社の話

 今回、本誌編集長からの電話で、急に元木昌彦さんの新著『知られざる出版「裏面」史 元木昌彦インタヴューズ』を依頼された。これは、心してかからねばならぬ仕事だと思い、早速書店に出向いた。だが、本がない。よく見ると、発売日前でまだ搬入もされていない。本誌編集部にも、まだ届いていないということだったので、神保町にある出版元まで行くことになった。

 出版元の株式会社出版人は、よろず評判屋を名乗る今井照容さんが経営する、ひとり出版社である。電話したところ、今から出かけるが夕方5時には戻っているという。

 時間を調整して訪問すると「まあ、どうぞ」と椅子をすすめられた。それから、350MLの角ハイボール缶が2本。ひとつは自分、ひとつは私のぶん。あまり飲めない私だが、こういう時は決して断らないのが信条。一口で顔が赤くなる私に、今井さんはいった。

「うちの会社は、お茶はないけど酒だけはあるんだ……」

 さて、ページをめくる前から、この本を評すのは並大抵の作業ではないことは、一目瞭然であった。冒頭に本人が記しているが1970年に講談社に入社して以来、36年間ずっと雑誌ひとすじに人生を生きてきた、いわば生き証人。そんな人物による、同じく生き証人といえる様々な雑誌の担い手によるインタヴュー集。そんなものを、自分がしたり顔で「これは、こんな本ですよ~」と読者に向けて紹介したり、評したりすることができようはずもない。元木さんとは様々な会合でご挨拶をしたことがある。そして、様々な人から武勇伝を聞く機会も多い。人から聞き及んでいる元木さん像は、個人的な幸福などかなぐり捨てて、雑誌に人生を賭けてきた人物。それに比べれば、いまだ若造にすぎない私にできることは、素直に感想を書くことだけだと思う。

 というわけで、書いていくが、この文章を書いている時点で、まだ読了はしていない。  
 当たり前である。あまりにも内容が濃い。冒頭の元木さんの文章を読むだけでも、どーっと疲労感を感じる。なぜなら、書き手であり聞き手である元木さんも、登場する人々も皆、己の人生を隠すことなくさらけ出し、本気でぶつかり合っているからである。ほかの仕事をすべて擲って、部屋に籠もっても一日に一章を読むのが限界である。

 どこから読もうかと、最初にこれだと思ったのが、長澤潔さん(元『エスクァイア日本版』編集長)の章。長澤さん、大学の卒論にでハンガリー動乱をテーマに書いたら、活動家としてマークされたのか、学校推薦がもらえず就職活動もできない。そこで、「かっこいいな」と思ってた平凡出版の玄関に朝から座って、出てくる社員に「なんとか受けさせて」と頼み込む……。ここで読んでいるほうは血湧き肉躍る状態となる。その後、入ったのは『週刊明星』編集部。単なるゴシップ雑誌と思いきや、仁義のある雑誌。

 曰く「芸能人のゴシップではなく、人間の生きざまを伝える雑誌でした。だから、いいかげんな取材ではなく、本当のところを評して詳しく聞き出せと言われつづけました」。だからデータマンも使わない。なぜなら、相手の顔や表情を確かめながらメモをとらなければ、それは、できないからである。

 そんなことを教えられつつ、理由も聞かされないまま馬事公苑にいけといわれた、長澤さん。そこは、ロケ現場だったのだが、いきなり有馬稲子に「あんたさあ、雑誌であたしのことなんて書いたか知ってんの?」と、自分の書いた記事でもないのに怒鳴られる。それでも、帰るわけにもいかず、もたもたしていると「こんなガキよこして」と、有馬稲子は、ロケ弁当をくれたという。
 ……ここまで読んで、疲労を感じていったん休憩。昔は大らかな時代だった……なんて、紋切り型な書き逃げなどできないと思った。どちらも人間同士、本気でぶつかりあうのが当たり前だと、意識せずとも心根で感じているからできること。

 ふと、自分の経験に置き換えて考えてみた。小生、今年二月にサイゾーの運営するニュースサイト「おたぽる」に執筆した記事に対して、日本動画協会から7千ウン百万円の損害賠償を支払えと内容証明をいただいた。ならばと、業界の授賞式にて、三百代言にそれを指示した協会の事務局長・松本悟さんに笑顔でご挨拶。サーッと青ざめた、タキシード姿の松本さん、一言も発さないまま、回れ右して逃げていく。かつて『機動戦士ガンダム』で、バンダイを大企業に育てあげたとは思えない、小さな背中を見せて……。

 さて、再び読書を再開すれば、元祖ルポライター・竹中労の名が登場し、長澤さんの見た喧嘩の一部始終が描かれる。ページにして2ページ少々なのだが、それだけで再び疲労は極限状態に達する。多くの読者に、疲労を感じてしまう理由を共感してもらいたいので、内容は記さないでおこう。

 このような感じで、いまだページは遅々として進まない。この先も、花田紀凱さん(『月刊Hanada』編集長)、鈴木富夫さん(元『週刊現代』『ヤングレディ』編集長)、末井昭さん(元『写真時代』編集長)と、錚々たるメンツが並んでいるので、読み終えるのは、いつになることやら。

 ただ、この本は決して「過去、こんなことがあった」と語る終わった出来事を回想するものではない。あらゆるページが、紙だろうがネットだろうが形は変わっても、これ読んで次の世代が継承発展、いや止揚せよと叫んでいる。

 毎日のように、こんな祭りが繰り広げられていた編集部が、うらやましくてたまらないと思ったならば、その人は仲間だと思う。とか、書いていたら、もう枚数が尽きた。

(初出:『出版ニュース』2016年11月中旬号)

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