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コンビニの成人向け雑誌を利用する堺市の「人権」パフォーマンス

 大阪府堺市が3月から始めたコンビニエンスストアの成人向け雑誌に対する新たな「規制」をめぐり、出版業界との間に深刻な対立が起こっている。「人権」が絡んだ途端に思考停止する堺市行政の体質が原因なのか、既に2カ月あまりに及ぶ問題に解決の糸口は見えていない。
 
 問題の発端となったのは、3月16日に堺市が始めた「有害図書類を青少年に見せない環境づくりに関する協定」だ。これは、堺市の呼びかけで市内のコンビニエンスストアの成人雑誌陳列棚に同市が制作した目隠しを取付け、個別の包装の実施を行うというもの。堺市の呼びかけに市内のファミリーマート11店舗が、これに応じた。

 この施策の発端となったのは堺市が取り組んでいる女性や子供が暮らしやすい「堺セーフシティ・プログラム推進事業」。この施策の中で、堺市は2014年からUNWomen(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)が取り組むセーフシティーズ・グローバル・イニシアティブに参加。その中で実施された、現状と問題点を報告する「スコーピング・スタディ・レポート」で「コンビニエンスストアに性暴力を主題としたものを含むポルノ漫画やポルノ雑誌が、目につく形で展示されている」という批判がなされたのを受け、コンビニエンスストアを対象にした協定を実施することになったという。

まず問題となるのは、この協定で目隠しを取り付けた棚に陳列され、シール包装すべき対象となる雑誌・書籍だ。堺市とファミリーマートが結んだ協定では「大阪府が府青少年健全育成条例で定める有害図書」が対象だと記されている。現在、長野県を除く46都道府県には「青少年健全育成条例」による「有害図書(東京都のみ「不健全図書」と呼称)指定」制度が存在する。この条例の目的は、過度な性表現や暴力を扱う雑誌・書籍が青少年に悪影響を及ぼすものとして18歳未満への販売を禁じ、店頭では棚を区分陳列し包装や目隠しなどを施すことを定めるものだ。

 制度自体は、ほぼ全国に存在するが、まともに運用されているのは東京都だけ。東京都では1964年の条例制定以来「個別指定」制度を導入。これは、都の職員が書店などで指定されるべき候補を購入し毎月一回開催される東京都青少年健全育成審議会(都議や業界団体代表、識者などで構成)に判断を仰ぐものだ。

 これに対して、大阪府をはじめとする多くの道府県が実施しているのは「包括指定」と呼ばれる制度。これは性や暴力表現が条例の定める基準を超えたものが、自動的に「有害図書」になるという制度だ。大阪府の条例では「全裸又は半裸での卑わいな姿態、性交又はこれに類する性行為で下記の内容を掲載するページ(表紙を含む)の数が、総ページの10分の1以上又は10ページ以上を占めるもの」とされている。つまり、現状でも大阪府では書店やコンビニエンスストアが「全裸又は半裸での卑わいな姿態」か否かを判断し「総ページの10分の1以上又は10ページ以上」かを数えなければならないことになっている。とりわけ「卑わいな姿態」の判断は、極めて主観的だ。これを補う目的で、大阪府は数年に一度「個別指定」を行って判断基準を示すことになっているのだが、2010年を最後に実施されていない。

有害図書」がなにか曖昧なままに、実施される堺市の施策。結局、コンビニエンスストアが堺市から送付されるフィルムで包装しているのは「2点シール止め」を施した雑誌になっている。

 出版業界がもっとも憤慨するのは、ここである。

 「2点シール止め(または「小口シール止め」と呼称)」は、2004年から出版業界が導入した「自主規制」だ。これは、書店やコンビニエンスストアで青少年が立ち読みできないようにするために行われているものだ。

 ゲームソフトやアダルトビデオが販売前に倫理団体の審査を受けるのに対して、出版は倫理団体を持たない。そのためパッと見は野放図な印象を持たれるが、様々な形で自主規制が行われている。

 出版業界の自主規制のための組織として、日本雑誌協会・日本書籍出版協会・日本出版取次協会・日本出版物小売業組合全国連合会の業界4団体による出版倫理協議会がある。この協議会に設置された出版ゾーニング委員会には、アダルト系出版社の業界団体である出版倫理懇話会も参加している。日本出版取次協会も参加していることから、雑誌・書籍の流通システム上、出版倫理協議会の決定にはすべての出版社は従うことになる。

 現状、前述の「2点シール止め」に加えて、出版社では過激な性表現を扱う雑誌・書籍は最初から「18禁」「成人向け」の自主規制を行う。「18禁」の場合、取り扱う書店は最初から心得た限られた書店になる。

 こうした自主規制や組織が存在する背景には、出版業界が戦後70年あまりにわたって、幾度となく「俗悪」と批判されたり、国や地方自治体による法規制に抗してきた歴史の積み重ねがある。「2点シール止め」もまた、出版業界にとっては苦渋の決断だった。なぜなら、一冊数百円の雑誌に対してシール止めは20円あまりの工賃がかかる。文字通り、出版社が身銭を切って行っている自主規制なのだ。堺市の施策は、そこにタダ乗りしようとするものである。

 加えて問題となっているのは大阪府の条例からの逸脱だ。大阪府の青少年健全育成条例施行規則では、「有害図書」の区分陳列の方法として「ビニール包装、ひも掛けその他これらに準ずるものとして知事が認める方法により有害図書類を容易に閲覧できない状態」としている。大阪府では「2点シール止め」は「その他」に該当すると判断している。これに対して、堺市のフィルムは幅12センチにも及ぶもので、雑誌・書籍の表紙の大部分が見えなくなる。府の条例から逸脱した施策が「協定」という形で議会にも諮ることなく実施されているのである。

 堺市の協定に対して日本雑誌協会と日本書籍出版協会では、3月18日にこれらの問題点を追及した公開質問状を送付した。堺市は3月31日に回答したが「協定は民間企業との間で実施しているもので、府条例からは逸脱しない」「民間の取り組みで、離脱することもできる」とし、施策に問題はなく変更はないという態度を示した。さらに、回答に先立って堺市の竹山修身市長はTwitterで「雑誌協会等の言う表現の自由侵害はF社との自主協定であり失当(註:的外れの意)です」と、半ば嘲笑するような発言を行った。

 こうした堺市の態度は、さらに出版業界の反発を呼んだ。日本雑誌協会編集倫理委員長の高沼英樹氏は筆者の取材に「的を射ていないのはどちらでしょうか。あなたたちこそ、そうでしょうと言いたい」と怒りを隠さず、堺市の回答に対しては「声明を出して終わる問題じゃない! 徹底的にやりますよ」と話した。

 回答の後、両協会では4月4日に「協定」の即刻解除を要求する声明を発表。対して、竹山市長は定例記者会見で「(ほかのコンビニでも進めていきたいという考えに)変わりない」と発言。これを受けて、両協会は新たに申入書を送付しているが、以降堺市からの返答はない。

 そこで、堺市に返答しない理由を尋ねてみたところ、こんな答えが返ってきた。

 「(申入書は)特に回答を求めているのはないので、頂いたということで……様々なご意見を頂いてはいますが協定を解除する予定はありません」

 堺市には、出版業界の努力を踏みにじる過度な規制が、言論・表現の自由の侵害へと繋がっていくことへの想像力が欠けているようだ。協定による施策を実施しているファミリーマートは、現在も11店舗のまま増減はないという。11店舗で成人向け雑誌を包装したことで女性や子供が暮らしやすい都市ができると、本気で考えているのだろうか。

 ここで思い出されるのが、2008年に堺市で起こったボーイズラブ(BL、主に女性読者を対象とした男性同性愛を描く作品)図書撤去問題だ。これは堺市立の4図書館がBL小説を書棚に置いていたことに対して市民から「セクハラではないか」「子どもに悪影響を与える」と苦情が寄せられたことに端を発する。これに対して堺市は「今度は、収集および保存、青少年への提供を行わないことといたします」と回答し書庫に収蔵する措置を取った。ところが、この問題が全国紙でも報道されると、今度は市民から「図書館には実に多様な資料が収集され、利用者に提供されています。それらの資料の中には、ある人にとって気に入らない資料が含まれています」となどとする批判が殺到。結局、堺市では条例の「有害図書」にあたらない、として書庫への収蔵や貸し出し制限は行わないことを決めた。

 筆者もこの騒動の渦中で、現地を訪れて多くの関係者に取材した。市民のための図書館はどうあるべきか。娯楽本やポルノを公共図書館は収蔵すべきかなど論点は尽きなかった。だが、その中で気になったのは市立図書館の関係者に取材した時である。

 「まずは、なにがBL図書にあたるのか洗い出し作業を行っています」

そう話す担当者が見せてくれた資料には、明らかにBLではないジャンルの小説までもが、いくつも記載されていたのである。そこには「とりあえず、嵐が過ぎ去るまで、なにかをやっているフリ」が匂っていた。

 その匂いの正体を教えてくれたのは、日本図書館協会・図書館の自由委員会委員長の西河内靖泰氏である。西河内氏が堺市が迷走した背景として、様々な人権問題が行政闘争によって解決されてきた歴史を語り、こう指摘した。

 「堺市は人権問題になると、基本的に思考停止してしまう。ほとんど正常な理屈が通らなくなってしまう行政の体質があるんです」

 この時の取材から導き出されるのは、堺市では「人権」への取り組みが市民に対する大きなパフォーマンスになると行政が考えていることである。堺市はファミリーマートと協定を結んだことを大々的にアピールするが、施策を実施している店舗は11店だ。電話帳で調べたところ堺市内のファミリーマートは34店。コンビニエンスストアは288店舗である。

 これだけで、堺市の行政も、出版業界を挑発する竹山市長も、本気で女性や子供が暮らしやすい街を目指しているとは思えない。出版業界からの声明、申入書にも動じないのは、言論・表現の自由に無理解だからではない。本気で「人権」のことなど考える気すら持っていないからである。

 粗悪な「人権」パフォーマンスを自画自賛する堺市。きっと、市民から「協定」に対する苦情が寄せられた途端に、また迷走するだろう。その姿が目に浮かぶ。

 だが、最後に歩みを留めて考えたい。社会的に「弱者」とされる側に寄り添うふりをして、錦の御旗を得たかのように振る舞う姿を見るのは、ここだけではないということを。

 「弱者」だとか「被差別」とされる側と社会との関わりは、一様ではない。そこには複雑な関係が絡み合っていてなにが真なのか、回答などない。その複雑な社会や人間というものを描くためにも、やっぱり言論・表現の自由は限界まで制限されるべきではないと考える。

(初出:「iRONNA(いろんな)」2016年5月24日掲載 http://ironna.jp/article/3355?p=1

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