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泳げるアリクイと船

昼下がり、木漏れ日の刺す水路をボートで下る。
目的地はわからない。水路脇には細長い木々がお辞儀をするように揺れている。モネの絵みたいな風景。船頭さんは背の低い中年の男性で、黙々とオールを動かしている。乗客は私ひとり。

あんまり気持ちのいい日差しに目を閉じた。瞼の裏で木漏れ日が模様を作っては消えていくのを見ていた。目を開けて船の下の水を触ろうと手を伸ばした。水中の石は苔が蒸してジメジメしていて少し気持ち悪くなったので手を引っ込めた。

その瞬間、アリクイみたいな生き物が船尾の端っこに見えた。
そいつは一瞬の躊躇いもなくいつもの事のようによじ登ってきた。
そいつの表面は黒くて短い毛にぺっとりと覆われ、ぬらぬらしていて、
ただただ気持ち悪かった。

私は何もできず、船の上で一時停止したままそいつを観察した。
さっきまで私がしていた様にお日様に向けて目を閉じ、身体を伸ばしてひとしきり日向ぼっこをして、思い出したかように水中に潜っていった。

あいつは何だったんだろうと考える数秒の間に、アリクイみたいな生き物はまた船に戻ってきた。まるで息継ぎをしに水中へ戻った様に自然だった。
たぶん表面のぬらぬらをキープする為だったんだと思う。
一層ぬらぬらしているそいつはちっとも可愛いと思えなくて、
早く船を降りてご自分のテリトリーへ戻ってくださいと願っていた。

2021/10/05


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