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炒飯 3

店の客は私の他に入り口近くの席に向かい合って座る老夫婦だけでした。

その老婦人がスープを口に運ぶのに使っているスプーン。

それを喉から手が出るほど欲しいと思ったことはありませんでした。

砂漠で他人が飲んでいる水とはこんな風に映るのでしょうか。


箸でチャーハンを食べる。

この問題を解決するのに私がとった方法は、重箱を手に持ち、箸でかきこむというものでした。

解決というよりも、消去法的にこの方法が唯一残ったのですね。

すくえない、つまめない。

残るは、かきこむ、だけでした。

一般的なマナーとして器に口をつけ箸でかきこむというのはタブーとされております。

しかしそうは言っていられませんでした。


人生では何かを捨てなければならないことに直面する時があります。

そして捨てることが出来た者のみ、先へと進めるのです。

マナーを捨てることと引き換えに、私はチャーハンを口にすることが出来ました。

挟んだりするだけが箸の使い方ではない。

この異国の地で箸の多様性を見せつけてやる。

ていうかCMで力士がお茶漬けかきこんどるしな!

あり!これはあり!

そう自分に言い聞かせながら遮二無二チャーハンを箸でかきこんでいました。

そうして食べたチャーハン、むちゃくちゃおいしかったです。

予想以上に油っぽいものでしたが、味は日本で食べる炒飯と変わらないなと思いました。

全然いける!

ロシアのチャーハンうまい!

マナー違反への背徳感などすっかり忘れ、空になっていたおなかをどんどん満たしていきました。



重箱の底が見えないことへの違和感を感じたのは、すでに油チャーハンで腹がパンパンに満たされつつあるときでした。

食べても食べても一向に底が掘り出されません。

いつになったら底が見えるでしょう。

運ばれてきた重箱を見たとき、やたらでかいなとは思っていました。

ですが、重箱と言えば「底上げ」というイメージを持っていた私。

底上げにより重箱の深さは外見で見るより実際浅く設定されている。

それが重箱であると思っていました。

ですが目の前のこの重箱、特注品なのか知りませんが、外観で見る重箱の深さ=実際の深さでした。

底、下げてました。

想像上のチャーハンの下には尋常じゃない量のチャーハンがしこまれていたのです。

重箱に潜む深淵を感じ恐怖しました。

これは全部食べられないぞ…。

いくらチャーハン好きといっても胃の許容範囲を超える量を食べることは苦行、拷問と化します。

問題解決の先に再び突き付けられた新たな問題。

残そうかと思いました。

この量は明らかに日本人向けではないです。

ですが、またもや厨房の様子が気になって仕方ありません。


たったこれだけの量を食べきるのもつらいの?


聞こえぬ声にまたもや葛藤を覚え、私は頭と腹を抱えることになりました。


つづく


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