“ゆっくり読む” 読書記「ガリバー旅行記」
300年近く前に刊行されたジョナサン・スウィフト著『ガリバー旅行記』を柴田元幸さんの翻訳で。読みやすい日本語で、解説もふんだんにあり、とても面白かった。
何が面白いって、まず設定が独特。
ガリバーは、冒険好きなイギリスの船医。毎度毎度、海で災難に遭う。難破したり船員に裏切られて島に置き去りにされたり。そしていろいろな未知の国に行く。
【1部 小人の国に行く】
小人の国リリプットでは、敵対国の軍船をロープで数珠つなぎにしてリリプットの港まで引っ張ってくる。敵は全員逃げ出して一網打尽、一躍ヒーローになる。
(ウルトラマンのように小さな人びとを救う)
【2部 巨人の国に行く】
巨人の国ブログディングナグでは一転、手のひらサイズの小人に。見せ物になり、面白がられて、王宮に住むようになる。
(小さなペットのように可愛がられる。侍女たちから、お人形のように服を替えられたり、侍女の乳首に座らせられたり。いろんなイタズラをされる)
【3部 空飛ぶ島ラピュタに行く】
空飛ぶ島ラピュタでは、みんな数学や音楽や発明で頭がいっぱいで興味を示してもらえない。誰もが空想・思索に浸っているようなフワフワした島なのだ、文字どおり。
(あの、天空の城ラピュタの名もこの本から)
【4部 理想郷の馬の国に行き、低俗で獣的な人間ヤフーに出会う】
馬の国フウイウムでは、高貴で友情と博愛にあふれた馬を敬愛する。一方、この島で不潔に生きる、欲にまみれた醜い人間ヤフーたちを嫌悪し憎む。
(あの、Yahoo!のヤフー。あのロゴを見るたびに「醜い人間、獣よ!」と言われているような気持ちになる。聖書の666に通じる)
フウイウムからイギリスに帰ってきても、人間を忌み嫌い、馬のように話し、馬のように振る舞うようになる。
(作者スウィフトも馬のように歩いていたそうだ。なんとまあ)
奇想天外の冒険物語にグイグイ惹き込まれる。
そして、さらに面白いのは、寓話のなかに1720年代当時の社会や政治、風潮などを、隠喩などを駆使して強烈に皮肉っているところ。風刺小説と言われるゆえん。
そして社会政治制度の問題点は現代から見ても違和感がない。むしろ今の日本のことをガリバーが話しているのでは?とまで思ってしまう。
外交官秘書の経験があり、アイルランドで教会の職を得て、聖職者をしていたスウィフトは普段は言いたいことが言えなかったのだろうか、縦横無尽に風刺を書きまくっている。これはもう、ストレス発散としか思えない爽快さ。本のなかで様々な国の人たちが、イギリス社会やイギリス人のあり方に疑問をぶつけ、痛烈に批判する。
いちばん面白く読んだのは、巨人の国ブログディングナグの聡明な王様から求められ、イギリスの政治形態を高らかに説明するくだり。王様からは多くの疑問、懐疑、異論が提示される。王様の言葉も抜粋して引用する。
・君主の下に3つの王国があり、本土以外にアメリカに植民地がある。
・陸海軍の勇敢さと勲功
・イングランド議会の構成について
貴族院と平民院に分かれ、貴族院は高貴な血筋の方々と聖職者で成っている。
・平民院は、重要な立場にある紳士から成り、国民自ら自由に選り抜いている。
・国の財政は財務省により適切に統制されている
・過去100年間、1600年代の英国史について。
清教徒革命、チャールズ一世の処刑、王不在の空位期、王政復古、ジェームズ二世の国外逃亡、名誉革命等
毎回、数時間に及ぶ謁見の7回目の最後に、ブログディングナグ国王は、忘れようのない結論を述べる。
明治以降、イギリスの政治制度を取り入れてきた日本。ブログディングナグ国王の言葉は、まるで今の日本の政治形態のことを言っているようにも響く。
300年前に書かれたガリバー旅行記は、今読んでも感覚のズレが少なく、違和感がない。
荒唐無稽な空想物語のなかに、人間社会への普遍的な鋭い洞察をふんだんに忍ばせている。名作の名作たる理由だろう。
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