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なぜ我々は過去を記憶しているのに、未来を記憶していないのか?

「人間は過去の記憶を持つが、未来の記憶を持たないのは何故か」という質問をされることがあります。物理学からの1つの回答として、それは人間の脳の構造のためとも答えられます。未来の記憶がないのは、我々の脳が未来を計算する能力と、その結果を視覚や聴覚などの五感情報に転換をして、記録する領域を持たないからです。
 
古典力学では、現在の初期条件が全て分かれば未来も一意的に定まります。その未来の詳細も運動方程式を解くことで予言できます。議論を単純にするために地球だけであらゆる物質が循環しているとしましょう。そして現在の地球の物質の情報の全てを知ることができると仮定しましょう。実際にはそのようなことはとても無理なのですが、物理学の原理的な思考実験ですので、飽くまで理想的にそう考えてみます。その情報を初期条件にして自動的に物理学の運動方程式を解く機能と、その結果を保存する記憶書き込み領域がもし人間の脳にあれば、その人物は「未来の記憶」を持つことでしょう。実際には運動方程式から計算された未来の予言なのですが、その記憶領域にアクセスすると、その「未来の記憶」はバーチャルリアリティのような生々しさすら感じられるでしょう。読者の中にはお気づきの方もいると思いますが、この話は未来を高精度で予言する「ラプラスの悪魔」を装置として脳に実装した思考実験に過ぎません。実際には未来が来たときの事実と脳内の記憶がずれることもあるでしょうが、でもそれは我々の過去の記憶と同じです。過去の記憶も改変されることがあり、過去の事実に触れたときに自分の記憶違いを感じる人も多いはずです。そのような事実と記憶のギャップを未来にも許容すれば、古典力学だけではなく、一応量子力学でも未来の記憶生成が可能となります。

またそもそも「過去の記憶」は本当に「未来の記憶」と異なるのかも、別な面白い問題です。これを考察する材料として、空間1次元の宇宙モデルを考えてみましょう。図1では横方向が空間的自由度で、縦方向が時間軸になっています。そしてこの宇宙には時空曲率がなく、至る所で平坦なのですが、空間的に閉じている形をしています。

図1 空間的に閉じた宇宙

この宇宙は、一般相対論のアインシュタイン方程式を満たすことが知られています。ところがアインシュタイン方程式は、この宇宙を横にした図2のような宇宙も解として許します。これは「時間方向に閉じた宇宙」です。時間が経つと、いつのまにかに過去に戻っているという宇宙です。

図2 時間方向に閉じた宇宙

この時間方向に閉じた宇宙に意識を持った人間を住んでいるとします。そうすると、その人間は時間の流れをどのように感じるか。これが問題です。ぐるりと再び"現在"に戻ってくる時間周期が十分に長い場合は特に問題ありません。人間が生まれて死んだ後、または進化論的に人類が発生して文明を作り、そしてそれが滅びた後に、宇宙が再びある過去に戻っていても、その宇宙の中で生活する人間の意識が感じる時間の流れ方は、普通と変わらないためです。

ではその時間周期が1年だったらどうでしょう?また1時間だったらどうでしょう?周期が1時間だったら、脳の中のその記憶は「過去の記憶」でもあり、同時に「未来の記憶」でもあると言えないでしょうか?

アインシュタイン方程式はこのような不思議な宇宙を除外しません。他の知られていない物理法則がこのような時間的に閉じた宇宙全般を禁止する可能性はありますが、時空曲率も零である真空解ですので、特に既存の物理法則からはこの宇宙の存在は禁止はされていません。すると「未来の記憶」の議論において、図2の宇宙は意味のあるものになります。

読者の皆さんも日常的に少し先の未来の予想を立てていないでしょうか?その予想は「未来の記憶」と本当に違うものなのかを考えてみるのも面白いと思います。また近い将来、AIが「自分は未来の記憶を持っている」と主張するようになるかもしれませんね。いろいろ面白い問題が残されています。



 

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