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#14 スーパーヒトシ君とスーパートットちゃん

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 10月6日、TBSは毎週土曜日夜9時から放送の『日立 世界ふしぎ発見!』(以下『ふしぎ発見』)のレギュラー放送を、来年3月で終了することを発表しました。
 2023年10月時点、地上波でレギュラー放送されているクイズ番組として最古参にあたるこの番組。初回放送は1986(昭和61)年4月19日。当時は夜10時からのスタートでした。その日の新聞の番組欄には『王妃もひげをつけた?古代エジプト黄金に輝くファラオの秘密』というサブタイトルが添えられていました。
 番組独自のリポーターである、ミステリーハンターが世界各地に飛び立ち、歴史上の謎や歴史から生まれた人間の知恵に迫る壮大な番組は2022年、番組MC草野仁の「日本のクイズ番組史上最長司会記録」を37年に更新する快挙を成し遂げました。ちなみに、それまでの記録保持者は『パネルクイズアタック25』(ABC朝日放送)の児玉清の36年でした。
 この『ふしぎ発見』に象徴されるように、80年代の日本のテレビ業界では“世界”をテーマにしたクイズ番組の乱立時代を迎えていました。

 1981年、愛川欽也と楠田枝里子が司会を務めた『なるほど!ザ・ワールド』(フジテレビ)、1982年、小倉智昭の軽妙なナレーションも人気を集めた、大橋巨泉が司会の『世界まるごとHOWマッチ』(MBS毎日放送)、1988年、人気絶頂だったフリーアナウンサー逸見政孝を司会に迎え、伝説の元プロレスラー、ジャイアント馬場が解答者の一人として出演したことで話題になった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』(日本テレビ)と、これらは一部ではありますが、見渡す限り「世界」と名のつくクイズ番組で溢れていました。
 日本において海外旅行は当時一般的ではありませんでした。1964年に自由渡航が解禁されて以降、日本人の海外旅行者数は80年代前半まで年間400万人程度で頭打ちとなっていました。しかし急速な円高と国際化の掛け声が追い風となり、1986年には初めて500万人を突破。外国がそこまで遠い存在ではなくなりつつある、そんな過渡期にあった日本人にとって、社会学者・石田佐恵子が命名した「海外情報型クイズ」は、画面を通して我が家にいながら海外旅行気分を味わうことができる優良コンテンツだったのです。
『なるほど!ザ・ワールド』のプロデューサー、元フジテレビの王東順(おう とうじゅん)は、当時日本のテレビ番組に、海外のロケコーディネーターという概念が存在しなかったため、番組作りとコーディネーター、ネットワーク作りは同時並行だった、という苦労話を明かしています。テレビ局にはニューヨークやロンドンなど世界各地に支局がありますが、それらは「報道」の管轄であるため、バラエティー番組のロケで使わせてもらうことはできませんでした。そのため各国の大使館やJICA(国際協力機構)に連絡を入れ、現地で働いている人の奥さんや商社の人に協力を得て、徐々にネットワークを広げていった、とも語っています。
 そんな隆盛をきわめた「海外情報型クイズ」番組も、海外旅行者数が初めて150万人を超えた90年代頃、徐々に翳りが見えます。『世界まるごとHOWマッチ』が1990年、『なるほど!ザ・ワールド』と『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』がそれぞれ1996年にレギュラー放送を終了しています。さらに現在では『世界まる見えテレビ特捜部』、『世界の果てまでイッテQ!』(ともに日本テレビ)などに代表される、海外を特集した番組は、その内容がクイズ形式である必要性も薄れていきました。そんななか『ふしぎ発見』は90年代の冬の時代をくぐり抜け、現在に至ります。

 ではなぜ、昭和、平成、令和の三つの時代に跨がり、長い歴史を積み重ねることができたのか。その秘訣について、番組を企画した元TBSプロデューサーで、現在は『ふしぎ発見』を手掛ける制作会社、テレビマンユニオンの取締役会会長を務める重延浩(しげのぶ ゆたか)が回答しています。
 もともと『ふしぎ発見』は重延が大手広告代理店、電通の番組企画募集に応募した一枚の企画書から始まりました。歴史にまつわるミステリーをクイズ形式で紹介する『セブンミステリー』という仮題を付けられたその企画は、電通のラジオテレビ局長の目に留まり、TBSに持っていくと日立製作所の宣伝部長もこれを気に入り、新番組立ち上げの運びとなったのです。
 他のクイズ番組が正答数を競わせるのに対し、『ふしぎ発見』は問題数を絞り、問題までのプロセスや答えの解説にも時間をかけます。他に類を見ない番組のスタイルについて重延は「問題数については、相当悩みました。最初の数回は5問くらいで、その後4問だった時期を経て、2000年7月からはずっと3問。問題数が多いと、他の番組と似てしまいますから。独自性を出すために、1つのテーマを時間をかけて、じっくりやっていこうと。(中略)独自の番組を作ってきたつもりだから、他のクイズ番組と同じようにしたいとは考えたことがないんですね。ライバルを挙げるとしたら、NHKの教養番組なんですよ。あの情報の深さ、知性は凄いですが、こちらは視聴率を考えなきゃいけないから、番組中1ヵ所くらいはNHKに負けないくらいの『発見』を盛り込みつつ、視聴者に共感してもらうことを原点にしました。ですから、本当は誰がクイズでトップ賞を取ろうとか、賞品をもらおうとかいうことには主眼を置いていないのです」としています。
 この「共感」と「NHKの教養番組」という二つのキーワードは『ふしぎ発見』という番組の根幹とも言えます。「共感」については、「歴史と遊ぶ」を原点に立ち返った結果だと重延は語ります。
「反省点は、番組開始当初、ピラミッドやインドネシアのボロブドゥール遺跡など、有名な世界遺産ばかり追いかけていたこと。それで、第8回にタイの村に行ったとき、日本と同じような納豆があり、びっくりして、それを取り上げたことで視聴者の注目度が上がり、2桁の視聴率にのせるようになりました。それで思ったんです。ミステリーハンターがまるで全てわかったような顔で語るのは、古い作り方じゃないかと。自分たちが知っていることを上から目線で教えるような番組はダメなんだ、ミステリーハンターが視聴者と同じ目線で旅をして、発見し、反応する姿に視聴者は共感してくれるんだなと、方向を切り替えたんです。視聴者と同じ目線で旅に行く考え方は、これまで他のクイズ番組にはないものでした。当時はプライムタイムで“知的エンターテイメント番組”を民放のレギュラー番組で続けるというのは非常に稀なことでした」
 一方、民放のクイズ番組という体裁を取りつつライバル視していた「NHKの教養番組」は、司会者に東京大学出身の元NHKアナウンサーという肩書きを持つ草野仁が任されているからこそ成立しているとも言います。出題後の解答者からの質問にも動じず、絶妙なヒントを出せる教養力は、問題数や出演者とのやり取りが多くなった近年のクイズ番組の司会者には、真似できない芸当かもしれません。草野の凄さについては「信頼感だと思います。教養という点において東京大学を卒業されていることに信頼を置く人も多数います。(中略)民放のこういう番組の司会者と言うのは、社会的にもしっかりしていなければならない。草野さんは、とても真面目で、お酒もお飲みにならないし、プライバシーの健全さがあり、そういう真面目さが随所に表れている。それに、草野さんは1600回になったこの番組を休まれたことが1回もないのですよ。自宅のジムでの鍛錬の仕方が違いますから(笑)」。
 また、草野と同じく番組皆勤賞の黒柳徹子の存在にも言及しています。
「黒柳さんは、私がTBSで『七人の孫』というドラマのディレクターをやっていた1960年代からのお付き合いで“幼馴染”なんです。黒柳さんは、国際感覚に優れているし、驚くほど勘がいい。各解答者には番組でどんなテーマやエリアを取り上げるか伝えているのですね。すると、黒柳さんは必ず図書館に行かれていました。図書館で本を借り出して、10数冊読むこともあるとおっしゃっていました」
 そんなたゆまぬ努力を続けたスーパーヒトシ君とスーパートットちゃんの存在無くして、『ふしぎ発見』の長寿化はなかったのではないでしょうか。

 インタビューの最後に、重延はテレビ業界のレジェンドとの興味深いエピソードを披露しています。
「フジテレビで『笑っていいとも!』などを手掛けられた名プロデューサー、横澤彪(よこさわ たけし)さんがご存命の頃、『最近のテレビをいろいろ観ているけど、君のやっている『ふしぎ発見』は1番だと思うよ』と言ってくれたんです。『みんな気づいていないけど、実は巧みに番組のスタイルをいつの間にか変えている。変化は、人に気づかれちゃダメで、実は知らないうちに変わっているというのが最高だと僕は思うよ』と」
 もし、横澤氏がまだ存命であれば、今年4月、クイズマスターという称号を草野に与え、番組MCをフリーアナウンサー、石井亮次へ交代した一連の改変をどのように観ていたのでしょうか。

 いずれにしても、80年代の残り香が、僅かに漂う数少ないクイズ番組『世界ふしぎ発見!』。土曜日の夜9時、テレビの前でアカデミックな旅行気分を味わってみるのは、いかがでしょうか。

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 参考文献・記事
『クイズ文化の社会学』 石田佐恵子 小川博司編 世界思想社
『37年目『世界ふしぎ発見』、たった3問で1時間番組が成立するワケ「ライバルはクイズ番組ではなくNHKの教養番組」』 ORICON NEWS 2022年8月20日
『平成テレビ対談「クイズ」王東順×五味一男(前編)『なるほど』『ショーバイ』誕生秘話』 マイナビニュース 2019年4月11日
『毎日新聞縮刷版 1986年4月』 毎日新聞
 また、スポニチ Sponichi Annex、JTB総合研究所のHPを参考にしました。

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