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吹雪の大晦日に、なまはげ👹のせいで計850円を失った話

※前回の投稿とはまったく別の旅行の話です


吹雪をかきわけ走る列車の車内ではつまらない口論が続いていた。
東北旅行中だった私とT氏は秋田で泊まる宿をどうするかで悩んでいた。私は駅前のホテルを主張し、彼は駅からかなり離れた安いネットカフェを主張していた。私はホテルの5000円分の宿泊券を偶然ただで入手していたので交渉では優位な立場にあった。

「だからさ、」T氏は言う。
「その宿泊券でこっちの宿代も払ってくれれば万事解決するよね。」

「何でじゃ。」私も反論する。
「こっちに何の得もないやんけ。」

「今日の夜一人ぼっちで過ごさずに済むよ、少なくとも」T氏は悪びれずに言った。

列車は青森と秋田の県境に差し掛かり、暗闇を走っている。田舎に似つかわしくないロングシートの車内は意外と混んでおり、暖房が効きすぎで蒸し暑く、窓は真っ白に結露している。私のため息はマスクの中で嫌な湿気にかわった。

「今日くらいちゃんと金出してホテル泊まりなさいって。」
大学でT氏などの悪友を得て、そそのかされるまま限界旅行を繰り返す日々に慣れた私とて、明日をこの縁もゆかりもない東北の地で一人で迎えるのはさすがに抵抗がある。だがケチなT氏に無償で宿代を出すのもいやなので説得を続ける。
「大晦日なんやからさ。ネットカフェで年越す気?」

そう、この日は大晦日だった。2020年最後の日、それももうあと6時間もすれば新年を迎えると言うのにこの低レベルな争いをしているのだ。某ウイルスの猛威を前に、様々な諍いが生まれたつまらない2020年の総括を我々が代行しているようで悲しい。

T氏は分が悪いと踏んだのか、だるそうに話題を変えてきた。
「それより、この後ほんまに行くの?男鹿に。」

「まあ、せっかくやし。」私は旅行中、このせっかく、というものを大事にしてしまう癖がある。
「大晦日に秋田にいることなんかないやん。普通。」
なかなか来ることのないような旅先では特に、今のうちにできることはしようとなかば意地になってしまい、体力や財布の許すままに行動してしまう。要はケチなのだ。そしてそれはT氏にもある程度共通する点である。

「それはそう。まあ見に行くかあ。」

「うん。」

我々は雑に決断を下した。あとで起こることを知っている身からすると、もう少し考えろよ、と思う。

年末の男鹿。そこにはある有名な鬼が民家に出没するという。その鬼は藁でできた簑を着こんで悪い子を探して徘徊する。ご存知、なまはげである。我々は今からこのなまはげを見に行こうと言うのである。特に男鹿半島の奇祭に思い入れがあることもなく、一生に一度の機会というわけでもない。ただ、たまたま年末に近くに来たから、寄って見てみたい、という本当にその程度の理由。せっかく、だからである。

列車は午後7時ごろに男鹿線との分岐点の追分駅に到着した。男鹿行きの列車はすでに入線していたので、慌ただしく乗り換えてボックス席を陣取る。ディーゼルカーはすぐにうなりをあげて発車した。

「ガラガラやん。」
私は車内を見回して言った。この列車はディーゼルだが四両編成で先ほど乗っていた電車よりも長いくせに、我々以外に乗客は見当たらない。少なくとも我々の乗った車両には他に誰もいないようだ。
「一人占めできるわ。」T氏は車内でパシパシ写真を撮っている。この車両は来年の引退が決定しているので、誰にも邪魔されず写真を撮れるのは願ってもない。まあ、その優越感に関しては私も鉄ヲタのはしくれなので分かる。だが、大きな問題から目をそむけられるほどでもなかった。

(いくらなんでもガラガラすぎじゃね。)

たぶん、二人とも同じことを思っていた。もう夜更けだからって、大晦日だからって、これから自分たちが行こうとしている先にはなまはげという天下の奇祭が行われているはずだ。悪い子はいねがー、と叫びながら鬼が徘徊する街を訪ねる我々のような物好きがそれなりに乗っていてもおかしくないはずなのだ。それなのに誰もいない。

「...これ今日、なまはげおる...?」T氏が聞いてきた。

「去年はおったっぽいけど...」私はスマホでwebサイトの記事を読みながら応じた。
「今年はコロナもあったからな...」

T氏は渋い顔でそうか、とだけ答えた。

この年、実際にはなまはげの祭りが某感染症の影響で男鹿駅付近を含むほとんどの地区で中止されていたことは、結局後から知った。だが、正確な情報は知らなくても、もうこの列車に乗った時には、二人ともなまはげは完全に諦めていたように思う。それまでの無茶な旅程での疲れが押し寄せていたため、二人ともどこに地区になまはげがいるのか、時間帯はどうなのか、などの最低限の下調べさえやる気になれなかったのだ。

しかし諦めたと言っても、すでに盲腸線である男鹿線に乗ってしまった以上、我々がいつも使うような安宿のある秋田に戻るには反対行きに乗って戻るしかない。その反対行きの列車は、いま乗っている車両が男鹿駅で折り返してくるだけである。しかも男鹿駅で一時間近く停車するという。我々に残された選択肢は男鹿でなまはげを探すことしかないのだ。徒労を受け入れるしかない現実は我々をいっそう惨めな気分にさせた。沈んだ雰囲気はしょうもない口論をいっそう助長させる。

「ほんで宿どうすんの。」とT氏。
「もう取ったよ俺は。」私は何にせよ宿泊券があるのでネットカフェに泊まるという選択は無い。T氏に丸めこまれないように男鹿線に乗り換える前、さっさと部屋を押さえていた。

「薄情者。」「知らんがな。」「あーあ年越しネカフェかよ、二年連続二回目」「連覇したみたいに言うなよ。自慢にならんぞ...」「クーポンくれたら同じホテルに泊まるのに」「だから...」

醜い言い争いはループして無限に続く。ガラガラな列車は陰鬱な空気としゃべる屍だけを運んでいた。

「男鹿、男鹿です。」素っ気ないアナウンスとともに、列車は男鹿駅にすべりこんだ。終着駅だというのに、降りたのは我々だけだった。駅舎は煌々と明るいが、外は吹雪な上、街は街灯も少なく暗い。しかし、折り返しの列車の発車まで約一時間、駅にいても仕方がないので、当初の予定通りなまはげ探しに出発した。

我々はなまはげを探して付近を放浪した。この暗闇に吹雪だというのに。そして二人とも、なまはげがいないことをほとんど確信していたというのに。ナトリウムランプが寂しく照らす橙色の雪面に、角の生えた影は無いか。
ごうごうと吹きすさぶ雪と、防波堤で砕ける波の音の中に、悪い子を探す声は無いか。
目をこらし、耳を澄まして探すには、状況はあまりにも馬鹿馬鹿しかった。凍った地面を蹴っ飛ばし、やけくそ気味でしゃべりながらしばらく歩いた。

「くそ、なまはげはよそ者に厳しいな」
「行動がなまはげの探してる『悪い子』のそれやからな。無計画がすぎる」
「探してるんなら出てきてくれたらええのに」
「わがままな奴は真っ先に狙われるらしいで」
「すみませんでした。実はただの運が悪い子なんで勘弁して下さい」
「運が悪いにも限度があるぞ。ほらもうなにこの吹雪、寒いし痛いしなまはげは姿形も見えんし」
「世界無形文化遺産やからな、無形なんやろ、知らんけど」
「なまはげは存在しなかった...?」
「シュレディンガーのなまはげ的な」
「不定形生物なまはげ」
「粘菌かよ」
「粘菌ならなんか最短経路通るらしいから見つけやすいかも」
「そんな所になまはげ現在位置のヒントが...ってもっと真面目な手がかりないんかよ」
「そうや、わら落ちてないかな、なまはげの髪の毛のやつ。手掛かりにはなるやろ」
「ここでまさかの藁にすがるという」
「そういえば財布にその藁入れといたらお金たまるらしいぞ」
「まじかよ。探そ。虫わきそうやけど。」

我々はあまりに無意味に思えるこの時間に少しでも価値を与えようと、躍起になっていた。いないことが分かりきったなまはげを探すことでいまここにいる自分を肯定しようとした。友達としゃべることで何か有意義なものを得ようとした。そしてその行為さえも結局のところ虚しく、心を磨り減らす原因になってしまっていた。

しかし、ふらふらと徘徊する我々もまったく何の目的もなく歩いているわけではなかった。一応の目的地があったのである。そしてそれは、すさんだ我々を救う、一筋の希望でもあった。それは、港にある『そば・うどん自販機』であった。

列車に乗っている時、大晦日ということで年越しそばを食べたくなったので、スマホのマップで男鹿周辺の蕎麦屋を検索していた。案の定こんな時期、こんな時間に開いている店は無く落胆したが、漁港付近にある表示を発見した。『そば・うどん自販機』。クチコミを見ると地元で有名なレトロ自販機らしく24時間営業とあるではないか。男鹿駅からは1.5kmほどで、行けない距離ではなかった。我々はそこに唯一の希望を見いだし、必死になまはげを捜索しつつ(嘘)、自販機に向かってつつがなく歩みを進めていたのである。

やがて海岸の道に出るといっそう風雪が強まった。もう話すのも億劫になり、ネックウォーマーに顔をうずめる。防波堤に打ち付ける波の低い音が響く港をうつむいて歩いていると自販機を見つけた。

その自販機は古ぼけてはいたが、橙色の優しい光を放っていた。そば・うどんと大きく書かれた自販機の前には七味の入ったものだろうか、小瓶が紐で吊るされていて、チョウチンアンコウの疑似餌のように揺れている。我々は餌に誘われる魚のように自販機へと駆け寄った。

それはまさに希望だった。なまはげのいない暗い男鹿に、年越しそばという光明をもたらす自販機だった。『そば 250円』と書かれたボタンは、まさに押されるのを待っているかに思えた。

私が意気揚々と財布に入っていた50円玉と500円玉を投入すると投入金額が表示されるパネルが点いた。赤く光る『50円』の文字。それは『550円』ではなかった。その表示は無情にも、私のものだった500円があえなく虚空へ消滅したことを示していた。

私は何が起きたかわからず慌てて返却レバーを回し、返却口を探った。チャリンとお金が落ちる音がしたのは機械の中で、赤い表示は消え、返却口には何も無かった。それは無情にも、かつて私のものだった計550円が何を私にもたらすことなく昇天したことを示していた。

唖然とする私を横目に、T氏がさらに300円を投入すると再びボタンに灯りが点いた。『そば』のボタンを押すと、出来上がるまでの時間を示すカウントダウンがはじまった。我々は沸き立ったが、振動や湯気などのそばの気配は全くないままやがて数字は0になった。受け取り口もおつり返却口もただ、冷たい空洞であった。そして自販機は唐突に売り切れの表示を灯すと、沈黙した。
完全な、故障だった。

私はこの理不尽にただただ怒り、地団駄を踏んだ。と、同時にやりきれない悲しさに襲われた。私はいったい、大晦日にこんなところで何をしているのか。ただでさえ、数多の苦難と理不尽に満ちた1年の最後の締めくくりがこれだというのか。私にとって、この1年とは何だったのか。ただただ悔しく、情けなかった。七味の入った小瓶が馬鹿にするようにゆらゆら揺れていた。

私は吐き出すようにうわーーーーっと叫んだ。渾身の怒りを込めた声は、薄暗い港に響くこともなく、すぐに吹雪と波の音にかき消されていく。私の中にすさまじい勢いで生まれた負の感情は、その矛先となるべき所が多すぎたのか、ぐちゃぐちゃに絡まってしまっている。強い風が吹き、狂ったように舞う雪が顔めがけて飛んでくる。凍てつくような寒さが血がのぼった頭を冷ましていく。

T氏はもう笑うしかないな、と言う感じで、自分より250円多い金額を故障自販機に吸い込まれた目の前の男を見ながら爆笑していた。T氏のそんな態度にも腹は立ったが、怒気を吐きだしていた私の口にも、だんだんと笑いが込み上げてきた。

「俺ら、何やってんのやろな」

「ほんと、何やってるんだろうね」

我々は顔を見合せてなんだかへにゃっとした顔になった。急にすべてが馬鹿馬鹿しくなった。そして自分たちのおかれている状況がひどく滑稽なであることに気づき、お互いの雪まみれの姿を見て、同時に吹き出した。

何を深刻になることがあったのだろう。
幸せな、楽しい経験にしか価値を見出だせない。少しのお金が、時間が、惜しい。大勢の他人が形作った枠から外れるのが怖い。そんな思いは、なまはげにでも食われてしまえばいいのだ。大好きな旅の真っ最中じゃないか。我々は今、こんなにもしょうもなく、やるせなく、面白いというのに。

駅へと歩き出す足は軽かった。馬鹿馬鹿しい会話をとめどなく続ける我々のまわりを吹雪がくるくると舞う。

「なまはげのせいでひどい目に遭った。」
「男鹿まで来て見えもしないなまはげに850円吸い取られたようなもんやしな。」
「違いない。」
「最高にろくでもない年末やわ。」
「もうこっちも同じホテル取るよ、なんかどうでもよくなった。」
「偉大ななまはげを前にしたら、大晦日がどうとか、宿代の計算とかアホらしいしな。」
「ほんとそれ。」
「おれ、この理不尽をどっかに書き留めとくわ。絶対によき思い出として昇華してやるねん。」
「あっはっは、それで850円分元取れる?」
「100倍にしてくれるわ。」
「きっとなまはげも喜ぶよ。」
「喜ぶんかよ。」

我々は暗闇の街を笑いながら歩いた。まもなくどうってことない新年を迎える世界のほんの片隅で、取るに足らない不幸を笑いあった。



以下作者の解説、愚痴、その他

850円分元を取りたかったのでちょっと小説っぽくアレンジしてみたが(蛇足)、実話である。もっとも、現実は小説より奇なりと申しますから...実はこのあと、特に私は元旦とその翌日にわたってもっとひどい目に遭い続けるが、本当に目も当てられないのでかろうじてめでたしな感じにまとめられるここまでしか書いてない。あれもこれも全部なまはげのせいだ。

あ。あと、前回までの記事が四日目で止まってるのは許して。その...うん...許してくれ。


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