【読書記録】さよなら妖精
🌟この記事はネタバレを含みます。
久しぶりに本が読みたくなり、本屋に立ち寄った。
ふと、目に留まったのがこの本。米澤穂信の作品を読むのは実に高校生ぶりなのだが、こんなにも心動かされるものだとは当初考えてもみなかった。
あらすじ
舞台は、人口十万の地方都市、藤柴市。高校三年生の守屋路行は、ユーゴスラヴィヤから訪れた同年代の少女マーヤと出会う。そして少女との交流を通し、守屋は「世界」を知っていくことになる。
マーヤの行動原理と守屋の心境変化
出会った当初は、日本の日常に転がる他愛のない物事に対し、哲学的理由を見出すマーヤに関心こそあったが、好奇心旺盛な異邦人程度の認識であっただろう。しかし、守屋は次第にその行動原理について興味を持つ。
マーヤが日本社会の中に沢山の謎を見つけ、それらを解決しようとするのには理由がある。
彼女は政治家である父と共に、世界を回り、ユーゴスラビヤ連邦において新たな文化をつくろうとしていた。そして、それこそ自分の使命だと思っている。この言葉を聞き、守屋はマーヤと自分との間に大きな壁、距離があることを知る。同い年なのに、生きてきた世界が違う、考え方が違う、置かれている境遇も違う。しかし、それと同時に自分もマーヤと同じ場所に立てないだろうか、と考え始めるようになる。
守屋はこのかた、藤柴市から出たことがない。そんな彼にとって、世界を回り、確固たる信念と夢を持ち、自国との対比を行って知識を吸収していくマーヤは憧れの対象であったのだろう。
その後、守屋はアルバイト代を使い切り、ユーゴスラビヤに関する本を買い漁る。これまで、部活動や学生生活にも熱量をもって取り組んでこなかった守屋にとって、マーヤと同じ場所に立つという目標は、初めて見つけた希望のようなものであり、高校生活において何も成し遂げていない自分に対する焦燥の結果だったのかもしれない。
同時に彼は自身の境遇、そしてその「幸福さ」を認識し、苦しむ。
守屋は、平和な日本に生まれ、何不自由ない暮らしをしており、望めばそれは死ぬまである程度保障されるだろう。しかし、マーヤという存在が彼の小さな輪を切り開き、「世界」へ通ずる扉を開けた。
「幸福な」人生を送っていると、現状に満足し、外へ目を向けようなどは普段思わないものなのだろう。「幸福さ」は、その輪の中に生きる人の目を奪っているのではないだろうか。その輪を抜け出し、新たな世界を見つめたいと思う守屋には非常に共感できるものがあった。
世界を知りたいと思った先にあったのは…
マーヤとの別れの日、守屋は意を決し共に戦場と化したユーゴスラヴィヤへ行きたいと伝える。しかし、例え物理的に同じ地に暮らそうと、それだけでは相手の日常を理解し得たことにはならないのだ。故に、守屋のその懇願はマーヤから拒絶される。
実際、守屋の言う「なにかをどうにかしたい」というのは、ただの観光と同じなのである。政治家を目指し、新たな文化を創造するために世界を周るマーヤとは根本的に目的が違っていたのだ。
物語終盤、今作一番の謎を明かした守屋は、甚大な被害を受けたマーヤの故郷へ助け出しに行こうと画策する。しかし、彼は外の世界に足を踏み出す前に、ユーゴスラヴィヤ連合の崩壊とマーヤの死を知ることとなる。
守屋は大刀洗と共に、血汚れたバレッタを思い出の墓地へ埋める。外の世界へ憧れ、自身の過ちに気付き、それでもなお、彼女と同じ地を踏みたいと願った彼に出来ることは子どもじみた埋葬だけだった。
まとめ
戦地へ赴くマーヤを引き留めることもできず、共に同じ地を踏むこともできない。残ったものは血塗られたバレッタと子供じみた埋葬をするほか無い自身の無力さ。
守屋が世界を知るきっかけとしては、幸福でもあり残酷な経験だったであろう。だが、少年は自身の無力さを知り、大人になっていくのだ。
最後に主題である「さよなら妖精」の意味を考えてみる。著者が考えるに「妖精」とは、
マーヤ
子供だった主人公
を指しているのではないだろうか。つまり、少女との別れ、子どもからの脱却である。改めて本書を振り返るとなかなかに酷なものだった。
この後、守屋がどのような人生を歩んでいくのか本書では明記されていない。だが、自身の無力を知り、大人になった彼は、確かな信念を持ち、かつて憧れた彼女のように世界を巡っていくのではないかと想像する。
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