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No.9『ラブセメタリー』

🚨かなりネタバレ注意🚨

「……僕は大人の女性を愛せません。僕の好きな人は、大人でも女性でもないんです」子供への密かな欲望に苦しむエリート外商・久瀬。犯罪者にはなりたくないと、治療を求めて精神科を訪れるが――。
幼い少女に繰り返し恋をする、小学校教師の森下。そんな自分の嗜好を知りながらも、ある一線を越えてしまい……。
欲望に弄ばれる二人の男と、その周囲の人々の葛藤をリアルに描いた衝撃の問題作。
(裏表紙より)

 この作品を手に取ったきっかけは表紙だった。Twitterで、集英社公式アカウントがこの作品の文庫化を宣伝していたのを偶然見かけた。とにかく表紙に惹かれた。だって、見てよ。この表紙。

ラブセメタリ―2

 良すぎじゃない?良すぎ。完全に顔も絵柄も自分のタイプだった。かわいい。こんなにかわいい絵が描ける人がいるのか、とびっくりしてしまった。非さんというイラストレーターの作品だそうだ。Pixivにアカウントがあった。

 他にも素敵な作品がたくさんアップされている。全部見て、やっぱりこの作品が一番好きだなぁと思った。素敵なイラストレーターさんに巡り合ってしまった。

 表紙に惹かれ、すぐに本屋に走った。絶対に手に入れなきゃ…という思いで頭がいっぱいになって。手に取ってから、この作品が小児性愛をテーマにした小説であることと、著者がボーイズラブ作品を多数出版されている木原音瀬さんであることを知った。小児性愛を含めた「性愛」について、『聖なるズー』を読んでからかなり興味を抱いていたので、運命だ!と思ってすぐに手に入れた。

 この作品は、二人の小児性愛者を巡って、三章の話とエピローグで構成されている。解説の言葉を拝借すると「二人の男を中心に、その縁戚、知人が蜘蛛の巣のように繋がってこの本の世界は紡がれている。」この文章は本当に言い得て妙だ。この、決して居心地が良いとは言えない、気持ちの悪い繋がり方はまさに「蜘蛛の巣」だなぁと思う。

 第一章「ラブセメタリ―」では、ゲイの看護師・町屋智が勤めるメンタルクリニックに、久瀬圭祐という男が来院する。久瀬は「性欲が抑えられない。まだ人を傷つけてはいないが、そのうち卑劣な行為に走ってしまいそうだ。だから、科学的に去勢してもらいたい」と訴える。担当医師である飯田が「犯罪歴がない状態でその気持ちに悩んでいるのであれば、薬物治療の必要はない。今愛している方への愛をあきらめて、他に愛を向けられたら」と言いかけたところ、久瀬はそれを遮り、「僕は大人も女性も愛することができないのだ」と打ち明ける。数日後、町屋は道端で泥酔して倒れている久瀬と会い、久瀬と交流が始まる。

 第二章「あのおじさんのこと」では、出版社の契約社員・伊吹とその友人・森下がホームレス・阿部にお金を返しに行くところから始まる。森下の祖父の弟でありホームレスをしていた森下伸春が亡くなったあと、阿部にかなりの額の借金をしていたことが発覚し、代わりにお前が返せと迫られたからだ。話を聞いていくうちに、伊吹は森下伸春に興味を抱く。森下は一体なぜホームレスになったのか。森下のホームレス仲間、森下に取材をしたことがある雑誌記者、森下のかつての職場の同僚。話を聞けば聞くほど、森下には何面もの顔があり、ますます分からなくなっていく。そして、森下の教え子だった自身の叔父に話を聞いたとき、伊吹は叔父のとんでもない一面に気づいてしまう。

 第三章「僕のライフ」では、ホームレスになった森下伸春が、自身の半生を振り返る。小さな女の子への初恋、結婚を誓い合った教え子の身体が成長していくことへの嫌悪。児童買春。退職。逮捕。どうしてこんなことになったんだろう。誰が自分の人生をこんな風にしたんだろう。こんなことになるなら、もっと欲望のままに動けばよかった。覚めない眠りの中で、森下はどこまでも自分勝手に考え続ける。

 こんなこと言っちゃいけないかもしれないけれど、本当に、小児性愛って業が深いなぁ、と思ってしまった。業が深い。そして開き直り方がすごい。解説で、久瀬のことを「善い小児性愛者」だと感じてしまうと書いてあったが、私はそうは思わなかった。久瀬も森下も、それぞれが全く違う方向に開き直っているように見えてしまう。

 久瀬は、ゲイである町屋に対して終盤畳みかけるようにキツい言葉を吐く。「君はいいよね。最初から子供を性的な対象として見ないんだから」「どうして君は、子供を愛する大人にならなかったんだい」すさまじいな、と思う。絶対に子供に手を出してはいけない、絶対に罪を犯してはいけないと思いながら生きてきた久瀬だからこそ言える言葉なんだろうなと思う。ずっと誰かに言いたかったんだろう。このどうしようもない怒りを誰かにぶつけたかったんだろう。

 確かに、久瀬は森下に比べれば「善い小児性愛者」かもしれない。絶対に罪を犯してはいけないと己に言い聞かせ、去勢まで考えてきた。『聖なるズー』の時にも述べたが、どんな性的嗜好も、それ自体には罪はないと思う。問題は、実行に移した結果誰かが傷つくことなのだ。

 それでも。やっぱり久瀬は開き直っているように見えてしまう。だって、伊吹は気づいてしまったじゃないか。幼いころ、自分を特別にかわいがってくれていた叔父。膝に乗せられ、よくキスされたあの日々。一緒にお風呂に入ると毎回性器を固くさせていた叔父。そんな気づき方は心に来るものがあった。言葉で聞かされるよりもよっぽどしんどい。

 子供に手を出してはいけない、罪を犯してはいけないと本当に思っていたのなら、なぜそんな姿を子供に見せていたのだろう。大人になるころには忘れているだろうとでも思っていたのだろうか。大人になった伊吹が自分のことを思い出してどんな気持ちになるかなんて、頭の片隅にもなかったのだろうか。訴える言葉は「自分は罪を犯していない、望んでいない性欲に苦しんでいる」と被害者意識ばかりなところに業の深さを感じてしまう。

 久瀬ばかりの話になったが、森下ももちろん業が深い。最初から最後まで自分は悪くない、自分は被害者だと言いながら子供に危害を加え続ける。まさに「悪い小児性愛者」だ。第三章「僕のライフ」は、本当に読むのがキツかった。

 この作品のしんどいところは、誰にも救いがないところだ。久瀬、森下はもちろん、周囲の人間も誰も救われないし、希望はない。答えの出ないまま、濃いモヤのような中で生きて行かないといけない。どんな小説でも、オチがある以上は何かしらのハッキリとした答えをくれるものだが、この小説にはそれがない。ハッキリとしたオチはあるのに答えはくれない。答えがないと分かっていても、ずっと答えを探してしまう。しんどい。本当にしんどいし胸糞悪いが、それが面白い。

ラブセメタリ―

No.00009『ラブセメタリー』
著者:木原音瀬/出版:集英社文庫 


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