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補助輪というまやかし~☝

今日は午前・午後と「勾玉セラピー」の
セッションし合いっこという珍しい予定でした。
(本当にたまたま)

午前のお相手はひろちゃん。
今やってもらったばかりの
「インナーチャイルドを昇華させるセッション」を落とし込むために
アウトプットがてらやってもらいました✨


わたしはどちらかと言うと
いろんな学びをしてきたほうなので
このセッションがいかに本質を突いているか?が
わかります。

実際に受けてみて、わたしの小さい頃の
思い込みや
傷が出てきましたよぉ。。

自分だと見たくないから幸せ補正かけてるから
氣づいてないし
やろうとしても、
簡単に◯ねないのと同じで
やっぱり怖いんだと思う。

こういう深いのは、ある程度熟練した
信用できる人にやってもらうのが良い。
(ひろちゃんとふたりで話すのお初だったけど、朝活やインスタで見てたから問題なーし)


で、今日はここに
「補助輪というまやかし~☝」
をシェアしようと思います。

わたしは小さい頃デリケートな子でした。
手のかかる子だったんだと思います。

そんなわたしがシャバで苦労しないように母は処世術(?)という補助輪をくれました。
ホントありがたいお心遣い…

って思ってたんです。



そこをひろちゃんはぶっこんできます(表現方法よw)

そもそもわたしは補助輪がなきゃ生きていけない子だったのか?
(確かにー!転ばないと氣づかないことってあるよね)
そもそも繊細だったのか?
(環境が変わる度に朝ごはんは食べられなかったけどな😂)

良かれと思って編集された母の処世術を受け入れたことで
そのままのわたしは蓋がされたわけです。
お互い無意識に母2号の誕生です👏テッテレー


というわけで、わたしは本来の自分で生きてこなかったし
失敗も少なく生きてきました。
母の言うことに従ってれば(世間から)怒られず
傷つかず大きくなりました。

わたしはそれを幸せと思っていたのですが
これはわたしの物語ではないのです。

それを氣づかせに来たのが
「娘」
アンタ、それ違うんじゃないの?
ストレートにぶっ込んでくるので
その度にわたしの中の蓋の下にいる
子どもの頃のわたしがうずうずしてたんですよね。


で、今日はその蓋を外してもらって
新しい設定にしてもらったわけです。


母にしてもらったことを否定したら
大好きなお母さんを否定することになるかも
と、思ったら「補助輪はありがたいもの」って
無意識で思うのは当然だと思う。

だけど、それを第三者の目で
「本当にそう?」って
投げかけてもらえるのは本当にありがたいです。

「補助輪は、なくていいよ」
過去のわたしが決めたら
今のわたしも今まで以上にもっと自分の人生を自分の足で(タイヤで)踏みしめていけそうです。

この握っているもの
蓋しているものは人によるし
向き合えるタイミング
今は違うとか
変化が怖いなど
それぞれなんですね。

その準備としても
「勾玉セラピー」を自分で日々やれると
下地作りができていると
早いと思います。

だから自己探求してる人のほうが早いです。
集合意識の講座を受けに来る人も
変わるタイミングの人
自分で自分の人生を創るって決めた人
です。

決めたら変わる。

今日受けたセッションをわたしもブラッシュアップしたいので
モニターセッションとして経験を積ませてもらおうかと考え中です。

ご興味ありましたら
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