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明日への逃避行 第1話「Lovers sing⑩」

「ホントにいいんでしょうか?お邪魔してしまって。」
「いいですよ!自分の家だと思ってのんびりして下さい!」
申し訳なさそうな美咲をよそに紗枝はきびきびと動いている。遠慮がちな美咲は彼女の勢いに圧倒されているようだ。
「でも・・・。」
「はい、これ着替え。私のなんですけど着れるかな?美咲さん、背高いですよね~。あ、でもこれ元々オーバーサイズだから大丈夫かも。」
「あ、はい。すみません、色々。」
「気にしない気にしない。で、これが布団ね!母が泊まりに来た時用に買ったんですけど、一回も使ってないから!」
「え、そんな、布団まで。申し訳ないですよ。」
翔はベランダでタバコを吸いながら、紗枝と美咲の会話を聞いている。紗枝はとにかく圧が凄い。元々そうなのだが、初対面の人と話すときは一層凄くなる。関西のお節介おばちゃんが出るのは母からの遺伝だとよく言っている。本人曰く、家族の女性陣の中では自分が一番大人しいというが、実際その通りだった。
一度、彼女の実家のカフェに遊びに行ったことがあったが、お母さんを始め、お婆さんもお姉さんも、本当によく喋る。反対にお兄さんは凄く無口な人だったが、この家庭に男兄弟が一人で育ったら無口にもなるだろうと納得してしまった。
「じゃあ、ゆっくりしててくださいねー、あたしお茶入れてきますから。」
「あ、そんな。お構いなく。」
「いえいえ~」
紗枝がキッチンに向かったのと同時に、翔も煙草を消して部屋に戻った。
「ほんまによかったんか?」
「いいやん、一人にしとくの心配やし。」
「それはそうやけど、迷惑ちゃう?」
「大丈夫やって、楓出てったばかりで寂しかったし。」
「そうか。」
紗枝は先月まで友達とルームシェアをしていた。
と言っても、元々紗枝が住んでいたところに友達が転がり込んできただけだ。同棲していた彼氏と喧嘩して家に帰りたくないからと言って泊まりに来て、結局2か月住んでいたらしい。
翔なら3日で追い出すが、紗枝は本当にお節介が過ぎる。
そして今度は翔の頼みを聞いて美咲を部屋に泊めようとしてるのだ。
「ごめんな、今度何か埋め合わせするから。」
翔はそう言って紗枝の部屋を出た。時刻は22時になっていた。
明日から、本格的に探偵業が動き出す。
言ったからにはやらなきゃならないと和樹に言われて、その時はそうだと思ったが、冷静に考えてみれば何でだ?
俺はただの大学生だぞ?と思ってしまう。やはり明日、信哉も含めて3人で話し合おう。
翔はそう思いながら駅へ向かった。
紗枝の家の最寄りは春日野道だが、ここからなら三宮まで歩いても10分強だ。翔は何となく歩きたくなって、三宮方面に向けて歩き始めた。

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