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第62回講談社児童文学新人賞受賞作のご紹介

昨年の講談社児童文学新人賞の受賞作が、続々と出版されています。
大賞の鳥美山貴子さん『黒紙の魔術師と白銀の龍』と佳作の林けんじろうさん『星屑すぴりっと』はすでに好評発売中。もうひとつの佳作受賞作、東曜太郎さんの『カトリと眠れる石の街』も9月末に発売予定となっています。

選考委員としてわずかでも受賞作の応援ができればと思い、紹介記事を書くことにいたしました。過去最高の795作の中から選ばれた3作品は、どれも素晴らしく魅力的なものばかり。興味を惹かれる作品があったら、ぜひ手に取ってみてください。

まずは先月、いちばん乗りで出版された林けんじろうさんの『星屑すぴりっと』のご紹介から。

『星屑すぴりっと』林けんじろう
小学校高学年から・208ページ

主人公のイルキは広島・尾道に暮らす中学1年生。難病を患っている従兄のせいちゃんが、「映画が観たいのう」とつぶやくのを耳にしたイルキは、大好きなせいちゃんの願いをかなえてあげたいと考えます。
親友のハジメの力を借りて、せいちゃんが観たい映画が、彼が大学時代に脚本を書いた自主制作映画であることを突き止めたイルキ。しかもその映画は、現在京都の映画ミュージアムで上映中とのこと。自由に外出もできないせいちゃんのため、イルキは映画ミュージアムの監督に直談判して、映画をダビングさせてもらうべく、親にも内緒の京都行を決意します。
旅費を抑えるために青春18きっぷを使い、広島から京都まで日帰りの弾丸旅行。いっしょについてきてくれることになったハジメも、なにやら胸に抱えているものがあるようです。果たしてイルキは、目的の映画をせいちゃんに観せてあげることができるのでしょうか。
 
単行本の帯に、選考委員の安東みきえ先生が、「レンチンされたくらい心が温められてしまった!」と書かれていますが、まさにそのコメントどおりのハートウォーミングな正統派児童文学です。主役のイルキとハジメだけでなく、彼らの家族や旅の途中で出会う人々も、みんなやさしく善良で、読んでいるこっちまでやさしい気持ちになれます。
主人公のイルキは中学生にしてはあまえんぼで幼い印象で、そんな彼がせいちゃんのために、勇気を出して京都まで旅をする姿は、自然と応援したくなります。広島弁のイルキと、大阪弁のハジメの会話もとてもいきいきとしていて、彼らの肉声が聴こえてくるようです。
 
実は最終選考のとき、私はこの『星屑スピリット』を推しませんでした。選考中は厳しいこともかなりいってしまったので、選考会の後にジュニア冒険小説大賞の受賞仲間でもある林さんの作品だということがわかって、「うわあ、気まずい」と顔を覆ったりもしました。
しかし出版にあたっての改稿で、選考時に私が気になったところは、すべて見事に改善されています。応募時の原稿が単行本の内容だったら、選考会のときに、「もう3作全部大賞でいいんじゃないでしょうか」と提案していたかもしれません。

林さんはジュニア冒険小説大賞を受賞した『ろくぶんの、ナナ』に続き、この『星屑すぴりっと』が2冊目の作品となります。
ファンタジー要素のあった1作目と違い、『星屑すぴりっと』は完全なリアリズム作品ですが、物語を包みこむあたたかな空気は、どちらの作品にも共通しています。3作目以降も心温まる作品を期待しています。


続けて大賞を受賞した鳥美山貴子さんの『黒紙の魔術師と白銀の龍』をご紹介。受賞時の『黒と白の対角線 ~おりがみおとぎ草子~』から題名が変わっています。
装画は『星屑すぴりっと』とおなじ、いとうあつきさん。作品にあわせて温かな印象だった『星屑すぴりっと』の表紙とは異なり、こちらの表紙は怪鳥と龍が激突する格好いいイラストで、「これほんとにおなじ画家さんの絵なの!?」と最初に知ったときはびっくりしてしまいました。

『黒紙の魔術師と白銀の龍』鳥美山貴子
小学校高学年から・208ページ

主人公の小学生・悠馬が、神社の裏でとかげのおりがみをひろったことから、物語は動きだします。まるで生きているかのような、黒いとかげのおりがみ。
その晩、悠馬が家に持ち帰ったとかげのおりがみが、ひとりでに動きだして悠馬に襲いかかります。危ないところで箱に閉じこめると、おりがみは再び動かなくなりますが、不気味に感じた悠馬は、そのとかげを近所のおりがみ教室の先生に預けることにします。
それから数日後、悠馬はおりがみ教室の先生が行方不明になったことを知らされます。あのとかげのおりがみが先生に取り憑いて、姿をくらませたんじゃないか。責任を感じて先生を捜すうちに、悠馬は1000年の時を超えて人々に災いをもたらさんとするおそるべき存在と対峙することになります。
 
全選考委員が絶賛した文句なしの大賞受賞作です。過去の受賞作とくらべても、選考会でこんなにスムースに大賞に決まった作品はめずらしいのではないでしょうか。

内容は冒険あり友情ありかわいいヒロイン(蟹)あり大怪獣バトルありの欲張りセット。エンターテインメント性抜群で、これはもう子どもたちが夢中になること間違いなしです。
盛りだくさんの内容でありながら、ページ数は約200ページと、比較的コンパクトな長さのなかにおもしろさがぎゅっと凝縮されていて、長いのは苦手という子も手に取りやすいですし、いったん読みはじめればぐいぐい読み進めさせるだけのパワーがあります。

おりがみという身近なアイテムが物語の鍵となっているおかげで、日常世界からファンタジーへのシフトにもリアリティが感じられます。美しく、おぞましいおりがみに彩られた物語世界の映像が目に浮かぶような描写も見事で、読みながらCG満載の実写映画を観ているような感覚をおぼえました。

大人が読んでももちろんめちゃくちゃおもしろいですし、女の子が読んでも確実にたのしめるはずですが、この作品は特に小学生男子のハートをぐっとつかんで離さないのではないかと思っています。
身近に小学生の男の子がいて、「なんかおもしろい本ないの?」ときかれたら、ぜひこの『黒紙の魔術師と白銀の龍』をおすすめしてみてください。

 
最後にご紹介するのは、佳作を受賞した東曜太郎さんの『カトリと眠れる石の街』。私の最推しの作品です。
9月末の発売ですが、私は単行本の帯にコメントを書かせていただいた関係で、改稿を終えた原稿を一足早く読ませていただきました。役得役得。
単行本の装画を担当されたのはまくらくらまさんです。物語のイメージにぴったりな、翻訳ファンタジー作品を思わせる魅力的なふんいきの装丁になっています。
 

『カトリと眠れる石の街』東曜太郎
小学校高学年から・240ページ

物語の舞台は 19 世紀後半のエディンバラ。勝ち気で正義感の強い 12 歳の少女カトリは、金物屋の養子として、学業のかたわら家の仕事を手伝いながら暮らしていました。
街には原因不明の眠り病がはびこっており、やがてカトリの養父もその病に冒されてしまいます。カトリは養父を救うため、偶然知りあった良家の娘リズとともに、眠り病の原因を調べはじめます。
眠り病の患者が旧市街の人々ばかりであることから、ふたりは旧市街の地下に、なにか秘密が隠されているのではないかと推理しますが、そこには恐るべき真相が待ち受けているのでした…!
 
単行本の帯に、私は「選考委員の立場を忘れて夢中で読みました!」とコメントを寄せました。このコメントは決してお世辞でも誇張でもありません。
そのことは昨年の最終選考にあたって、はじめてこの『カトリ』を読んだときの、私の選考メモからも伝わるかと思います。以下、私の選考用メモの文章をほぼそのまま抜粋。

普通に今年読んだ児童書のなかでも最上位レベルにおもしろいんだけど。なにこれ。難点を挙げるとすれば誤植が多いのと題名もうちょっといいのがあるんじゃないかな、ってくらい。キャラもしっかりしてるし展開も惹きこまれる。探偵風味で前半進んでいって、徐々に××&××にシフトしていくのもすごく好き。ていうか普通に構成プロじゃん。やばいやばい。ほんとにプロじゃないの?

当時の私の興奮具合が伝わるでしょうか。ほかの候補作は初読のときももっと冷静に分析や指摘を記録してあるのですが、『カトリ』の読了時はもうそれどころではありませんでした。

19世紀エディンバラが舞台の翻訳ファンタジー風の物語ということで、なんかちょっと硬そう、玄人向けなんじゃないの、と思われるかたもいるかもしれません。
実は私も翻訳ファンタジーはあまり読まないので、送られてきた原稿をぱらぱらめくって舞台と時代をチェックしたときに、これは読むのにエネルギーが必要そうだから、ほかの候補作をすべて読み終わってからにしよう、と決めました。
けれど読みづらそうという最初の印象はまったくの思い違いでした。序盤からいっきに物語に惹きこまれて、するすると最後まで読めてしまったのです。

硬派で重厚な物語であることはたしかなのに、どうしてこんなに読みやすいのか。それは舞台となる街の空気にマッチした文体、血が通っていきいきとした登場人物たち、謎めいた眠り病の真相を追うわくわくする展開、それらすべての要素が飛びぬけて魅力的だからに違いありません。
普段ファンタジーを読まれないかたも、きっと私のように夢中になれるはずですので、ぜひ試しに読んでみてください。

しかもこの『カトリと眠れる石の街』、なんとシリーズ化も検討されているとのこと。いまからカトリとリズの新たな冒険がたのしみでしかたありません。
 

このようにバラエティ豊かな3作ですが、どの作品も選考委員として自信をもっておすすめすることができます。この3作がたくさんの方々に愛読されることを心から願っています。
また、今年度の講談社児童文学新人賞の最終選考も、いよいよ間近に迫ってまいりました。今年はどんな作品が賞に選ばれるのか、結果に注目していただけたら幸いです。

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