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同性婚とか別姓とかKotooとかで起こるすれ違いについて

※現在テキストのみですが、合間合間に図解したイラストを付ける予定です。それまで分かりにくい部分もあるかと思いますがあらかじめご了承ください。

ネット、特にSNSなどで拡散という行為によって「〇〇を実現したい!」と動いたり発信したりしている人を目にする機会が増えてきた。問題が存在しているという事はとても心苦しいが、変えたいものがあり、その問題がある事を周知したり、実現しようと努力している人たちが居るというのはとても素晴らしい事だと思う。

実際問題「やらざるを得ない」というのが実情だろうが、何か変えたいと思った事があっても自分でそういった行動を起こせるかと言えば自信は無いし、「自分が我慢すれば……」と思ってしまう。たぶん、多くの人がそうだろう。

何かを実現したいと言う時、多くはそれが「現在当たり前でない」事象なので、周りからは様々な野次や疑問、罵倒やマウントが浴びせられる。それは当事者からすると頓珍漢な発言が多いので議論にすらならず、そもそも"前提がズレていてお話にならない"ものが殆どだ。

私はTwitterで様々な問題とそれに連なるいわゆる「クソリプ」と呼ばれるものを何百件と眺めていて「何故こうも主題とズレるのだろうか」と常々思っていたが、最近その理由であろうズレを認識し愕然とした。前置きが長くなってしまったが、今回はそのズレについて言語化して整理したいと思う。

※但し「認知の歪み」や「差別」「嫉妬」などに起因する「主題と1mmもカスりもしない発言や罵倒」は今回は対象外なので、それについての情報を探している人は、きっと何処かで誰かが書いている該当記事に巡り合える様にお祈りさせて頂く。

目的【X】と それに対する 不利益【Y】

記事のタイトルでは分かりやすい様にいくつか話題になっている問題を上げさせてもらっているが、これは開放系のものであれば何でも当てはまると思うので、あえてどれかを例にとるという事はしない様にしたい。

「〇〇を実現したい!」と思う時、目的とは単純に「〇〇の達成」となる。この開放したい目的を、本記事では仮に【X(エックス)】とする。

【画像】「〇〇を実現したい!」という時の目的=「〇〇」=【X】

【X】を達成したい時、当然ながらそれには「不利益」が存在する事になる。何かがあって、それを解消したいので【X】を実現したい、という形だ。 それは「周囲を説得させる為にあえて言語化したもの」であったりもするが、言うならば「目的を達成したい理由」という事になると思う。この不利益や達成したい理由を仮に【Y】とする。

理由と言うのは、単に理由なだけであって、本当に実現したいのは【X】であり、【Y】の解消ではない。

また、開放の運動というのは「選択をさせて欲しい」という事がベースなので、【X】を実現したいという動きや内容には「蔑ろにされている権利を尊重して欲しい」という意味合いが含まれている。

【X】を達成したい理由は【Y】だけに起因するものではなく、「権利に対する圧力の開放」が含まれているという事になる。(そして、多くの事柄においては【Y】ばかりが問いただされたり、説得の鍵となったりするので、圧力の開放についてはあまり触れられない側面がある)

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つまるところ、「不利益」の解消が目的では無いので、全ての不利益が解消されても【X】が実現しなければ意味が無いという事である。

しかし、解釈のズレを起こす人は実は「不利益を解消すれば【X】は要らない」と思っている。

【X】と【Y】の目的の誤認で何が起こっているのか

開放運動をしている当事者達は「【X】の実現」を目的としている一方、それを見た一部の人が「【Y】の解消」が目的なのだと誤認してしまうというこの状況が、悲しいすれ違いの要因となっている。

【Y】が解消すれば良いと思っているので、【Y】を解消させる為の代替案を持ち出して来たり、こうすれば【Y】は緩和しますよ!と言ったり、いやいや【Y】は私達にもありますよと言ってくる状況が発生している訳である。

しかし【X】が目的の人たちは【X】を達成する事が目的であってゴールなので、【Y】が解消されるだけで喜ぶ訳がなく、「【Y】を解消すれば【X】は我慢でいいでしょ!」と言われている様に思い憤りすら感じてしまうのである。

【Y】を解消すれば良いと思っている人達からすれば、「折角【Y】を解決する為の対策を教えてあげたのに何で感謝しないんだろう」とすら思っている節がある。

目的を取り違えているのだから、相互理解など到底できるはずもなく、双方の溝はただ深まるばかりだ。

確かに【X】を達成するのが困難な場合、その場しのぎとして【Y】を解消したり、達成の中継点として緩和する事は大事であり有効でもあるが、決してそこはゴールではない。

「【X】を実現したい!」というのは、「【Y】の解決法を教えてください!」という事ではない。

その事実が理解される事が無い限り、このすれ違いは消える事は無いのだろうと思う。