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第16球 「キレる」

「チヂミどうですか~?コリアン風お好み焼き!あのアイドルの髪の毛も入ってますよ~!!」

素通りしていく人たちに無理やりにでも注目させてやろうと、奇抜な宣伝文句をひたすら叫んでいる。


今日はD大学の学園祭だ。俺は違う大学だが、留学同では各大学の出店ブースを盛り上げるべく可能な限りみんなで手伝っている。

昨年はから揚げだったが、今年はチヂミで勝負することになった。から揚げは原価がどうしても高くなるため、売り上げを相当伸ばさなければ満足な利益を得ることができなかった。

他方、チヂミは原価が安くて手間もかからない。

しかも民族の代表的料理!少しでも売り上げを伸ばし、朝鮮学校へ寄付できるようにみんな一丸となっている。

前日の夜に寄宿舎でひたすらニラを切り、小麦粉を砥ぎ、下地を寸胴いっぱいに作りまくった。

みんなでしゃべりまくりながら作ったので、俺たちの唾液が入ってることは確実だったが、「熱消毒でなんとかなるやろう!」という理論を根拠に今日を迎えた。

「先輩!まだ売り上げが伸びてないので宣伝お願いします!」

後輩がさらに上の奇抜な宣伝を要求してきた。

伊達に3年以上も呼び込みやってきてないぞ!見てろ!という勢いで俺は店の前へ出た。


「それでは皆さん!今から私たちが曲芸をします!うまくいけば拍手喝采&チヂミの購入をよろしくお願いします!」


俺はそう叫ぶと、後輩を前に呼び、往年のゴールデンコンビ加トちゃんケンちゃんのひげダンスを口でBGMを奏でながら踊りだした。

そして、箸で焼きたてのチヂミを掴んで3m離れた先にいる後輩へ向かって放り投げた。これは賭けだった。

なんとか口に入れろ!と願った。

しかし賭けは外れた。

中を舞っていたチヂミは後輩の頬に乗っかり「あちちちっ!」という声とともに、そいつの手の中に納まった。

これではダメだ!俺はそう思い、目で「今度は俺にやれ!」と合図した。

普段鈍感な男であったが、さすがに気づき箸を持って手の中に納まっていたチヂミを俺に向かって放り投げた。

俺は生きてきた中で三番目に入るぐらいの集中力を発揮し、見事に口の中へ入れることに成功した!

周囲は拍手喝采!おかげで注目も高まり、売り上げが一気に伸びた。


満足のいく内容で午前中の呼び込みを終え、交代制なのであまり時間がなかったが、とりあえず腹が減ったので学食へと一人で向かった。


「ふう、学生最後の学園祭やけどなんとか利益も残せそうやな。有終の美を飾ることができそうや。うーん、やっぱり俺って宣伝広報能力高いのかしらん♪」

とひとり悦に浸りながら、学食で一番安い「ワカメうどん」の食券を購入した。


うどんを受け取り、席に着き、ひたすらうどんをすすっていると、後ろの席の話し声が耳に入ってきた。男子学生3名が話しているようだった。

「日本にも民族団体ってあるじゃん?あれってなんかうざくない?」
「あー、総連とか民団とかの組織!」
「なんであんな団体が日本にあるんかな?」

俺は一気に気分が高揚した。


あ、すごい!話には聞いてたけど、こんなに身近に歴史を全く知らない無知な学生がいるなんて!僕ちゃん大好物!

さぁ、どうやって議論していこうかしら?と孫悟空なみにワクワクしだしたのだが、同時にとりあえず面白いからまだ手を出さずに聞き入ってみようと考え落ち着かせた。

「日本は昔のこととか謝罪してるのに、結局足りないとか言ってくるじゃん?一生謝らないとダメなの?」
「中国と韓国はほんまにそれ顕著やね。北朝鮮も似たようなもの。ほかのアジアを見習えって話。」
「在日にもそういった主張してくる人多いやろ?ほんまに疲れるわ。」

きゃー!!やばい!反論したくてたまらんっ!どうしよう?そろそろ行こうかな?

だが、ちょっと待てよ。ここで彼らに俺の貴重な時間をつぎ込んでいいのか?俺は朝鮮学校のためにチヂミを得るという聖なる役職を果たさねばならないのに、こんな奴らに関わっていていいのか?

俺はそう考えて、とりあえず今回は不本意ながら聞き流しておこうと決めた。

「でさ、最近話題になってる従軍慰安婦っていうのあるじゃん?あれって本当はなかったんでしょ?」
「らしいな!韓国とかがやたらに主張してくるけど、日本からお金ほしいだけやろ?」
「証言も食い違いが多いらしいし、裁判でも負けてるらしいで」

いったん、聞き流そうと決めたとはいえ、ここまで来ると徐々に俺の中で興奮よりも怒りが湧いてきた。

このままでは彼らと喧嘩してしまうかもしれない。やばい!はやくこの場を離れよう!それが最善の選択だ!

俺はそう思い、席を立とうとしたその時だった。


「お金がほしい売春婦のくせにさ。」



俺の中で何かがはじけた。


「お前らぁぁぁぁっ!さっきから黙って聞いてたけどちょっと待てやっ!ここにいるのが日本人だけやと思うなよっ!!」

俺は今まで「キレる」という経験をしたことがなかった。小中学生時期に喧嘩などはしたが、その時も「キレる」というところまでは達していなかった。

しかし、理性でさっきまで自分を押さえつけていたはずなのに、一瞬頭の中で何かが光り、怒号を知らぬ間に発していた。無意識に怒りが放出されていた。

食堂中に響いた俺の怒号は、時間を一瞬止めたかのようだった。

俺に言われた<センター分けくん>、<メガネくん>、<短髪くん>の3人も顔が硬直していた。明らかに動揺していた。

「あの…勝手に、話に入ってこないでくれます…?」

メガネくんが声を震わせながら俺に言ってきた。おそらく自分たちの話していた内容を振り返りバツが悪いと思ったのだろう。

しかし、それでも何か反論したいという気持ちから必死に絞り出したセリフのようだった。

「は?君は何を言ってるの?すぐそばで自分のことや関係ある人の悪口を言われてるのに入ってくるなとはどういうこと?逆の立場になって考えてみろよ?入ってこさせたのはむしろ君たちじゃないのか?あ、ちなみに俺は在日朝鮮人三世で朴って言います。」

メガネくんは黙りこくり目を伏せた。ほかの二人も状況を把握するのに必死で黙っていた。

そんな3人を見ながら、俺は自分が一瞬キレたことをやっとこの段階で気づき、冷静になろうと努めた。

だが、「拳を振り上げた」以上何かしら彼らに伝えたくなっていた。

「あ、あの、とりあえず、びっくりさせてごめんなさい。自分でもびっくりしてます。ははは。とりあえず言い方がよくなかったことは謝るわ。

ただ、君らのやり取りがどうも僕の耳に入ってきて気分を害したのは事実なので、それについて話したいです。


まず、総連とか民団がうざいとか、中国や韓国の歴史についての主張がめんどくさいとか言ってたけど、君たちは近現代史を勉強したことあるのかな?特攻隊のおじちゃんたちがこの国を守ってくれた戦争とかいうイメージだけで終わってないか?センター分けの君、あの太平洋戦争で日本人が何人亡くなったか知ってる?」

「え、たしか300万人ぐらいやったような。」


「そう言われてるよね。では中国人と朝鮮人の亡くなった人数知ってる?」


「500万人ぐらい?」


「違う。少なく言っても1000万人と20万人。人口比率で考えても明らかに日本人以外の戦没者のほうが多いねん。これがどういう意味か分かる?国を守る以上に、他国の人を直接的間接的に殺しまくったということなんやで。」


「いや、でもそれは解釈の違いで…」


「解釈の問題ではない。当時の日本軍の意図がどうあれ、それだけの人々を直接的間接的に殺したということは事実。その反省はいずれにせよ必要やし、なぜ僕のような在日朝鮮人がいまこの日本に住んでいるのかももっとしっかり知っておいたほうがいいよ。」

センター分けくんは不服そうだったが、これ以上言っても意味がないと思い黙ってしまった。

「あと、君らさっき従軍慰安婦のことについて話してたよね?売春婦やとか言ってたようやけど。まず確認するけど、君たちは慰安婦のハルモ二たちの生の声を聴いたことがある?もしくは証言集などを読んだことある?内容が食い違ってるとかも言ってたようやけど?」

すると、メガネくんがこのままでは押されてしまうと思ったのだろう。身を乗り出して口を開いた。

「いや、直接はないですけど、京大の先生が書いた本に書いてありました。食い違いばかりで真実味がないと。」

「え?直接被害者の声を聴いたことがないの?僕は少なくとも二人の方から直接話を聞いたことあるし、証言集も何冊か読んだことがある。たしかに記憶もあいまいな点はあるし、日本軍ではなくて親類から騙されて連れていかれた例もある。でも、それはあくまで手段についてであって、慰安所を設置し、管理し、女性たちを拘束し続けていたのはまさしく軍だったわけやんね?制度として運営し、彼女らを傷つけ続けたのは大日本帝国だ。

また、記憶違いということと嘘をついているということは似て非なるものでしょ。単純にお金がほしいからといって14歳そこらの女性が自己実現としてそんなことするのか?また、今になってお金がほしいから自分たちの言いたくない話を大勢の人に話して回るか?彼女らの生の証言を聞いたが、そんな邪(よこしま)であざとい感情なんて一切感じなかったよ。」

メガネくんが防戦一方になってきたのを見過ごせなかったのか、今度は短髪くんが口を開き始めた。


「ただ、最近、中学校の教科書から記述がなくなりましたよね?あれって議論が分かれているからではないのですか?」


俺はだいぶ冷静さを装っていたが、語気がところどころ強くなっているのを感じてはいた。もっと抑えなければと思いつつも、彼らへ反論しなければならないという意識もあり、理性と感情のコントロールに必死だった。

「教科書に載っていなければ歴史的出来事はなくなったことになるのか?では聞くが、アメリカの教科書にはどこにも原爆の悲惨さや被害者の言葉なんて書いてないぞ。君の理屈からすれば原爆は戦争を終わらせたすばらしい爆弾ということで終わってしまうけどそれでいいと思う?それに議論なんてわかれてないよ。裁判で負けてるとかも言ったけど、あれは事実としては認定されていて、単に賠償金が日韓条約で解決済みだから請求できないとかいう理由やしね。まぁ、これはこれで問題あるけど。


そもそも、君の歴史観は教科書で決まるのか?文部科学省が決めた内容が君の歴史観なのか?違うでしょ?」

短髪くんは顔を紅潮させながらも黙って聞いていたが、俺がいったん話し終えると再び口を開いた。

「でも教科書の内容にまで口を挟んでくるのは内政干渉ではないのですか?その国の歴史観はその国が作るべきで、他国がとやかく言うものではないような気がしますが」

「いやいやいや。そうではないよ。たとえば君の好きな食べ物がかつ丼だとして、俺が「君が好きなのは天丼だ!」と言ったぐらいで怒ったりまではしないよね?他方で、君が僕に殴られたとして、俺が「いや、殴ってないよ」と主張したら君どうする?違うやろ!て怒らないか?この違いわかる?」

「僕はどっちも怒りますけどね…」


短髪くんはふてくされながら反論した。

「ははは、それはそれで君の勝手やけど、見逃せることと見逃せないことがあるということです。内政干渉の問題はそこが一番重要。少なくとも同じ歴史的事実を加害者と被害者という立場で共有している限りは、双方に関わることであり内政干渉でもなんでもないよ。裁判制度がいい例でしょ?」

ここまで話してきて、やっと自分が冷静になってきたことを感じていた。このやり取りをどのように終わらせるかと同時に考えていることが、それを証明していた。

「あ、ごめん、いろいろ話させてもらったけど、決して君たちと喧嘩しようと思っているわけではなくて、その、こういった考えもあるからもう少し幅広く知っておいてほしいというのが本音です。ちなみに君たち3人は何学部ですか?」

急にトーンが低くなり謙虚になった俺に呆気にとられたのか、三人とも無言だったが、センター分けくんが口を開いてくれた。

「法学部です。三人とも。」

法学部かいっ!それやったら余計に被害者の声とか双方の主張とかの重要性を日々学んでるはずじゃないのか!こういった認識のまま裁判官や検察官や政治家になっていくこと考えたら怖いなっ!

と心の中の嘆きがのど元まで来ていたが、あえて口には出さなかった。

「そうなんやね。ではこれからは法律を学んでいる者として外国人にも優しくしてください。言い方がきつかったのは謝るけど、内容については僕も譲れないものがあるし、また反論あれば議論しましょう。ただ、今は売店を手伝わなあかんのでこれにて失礼します。では!」

俺はそう言うと、なぜか無性に恥ずかしくなりそこから急いで売店へ戻った。怒りがあったのは間違いないが、しかし同時になんとか俺の気持ちや考えを彼らにうまく伝えたいという欲求のほうが強くなっていた。

数週間後、俺はボックスで行われる下級生への朝鮮語講座のために再びD大学へ訪れた。

その時だった。大学の通路の向こう側から見覚えのあるセンター分けの男子学生が歩いてきた。


「あ、あの時の!朴さんでしたっけ?」


俺から声をかけようと思ったが、向こうから声を掛けてきた。


「おぉ!先日はどうも!」


俺は驚きながらも返事した。


「あの、実はあれからいろいろ考えることありまして、今度会ったときにお話ししようと思ってたんですが…」


センター分けくんが以前とは打って変わって謙虚に話すので、逆に俺は緊張しだした。


「え、え?ひょっとしてあの時の内容について反論とかそういうやつかな!?」


「いやいや!そうではないです!もちろん全部を受け入れたとかそういったことではないのですが、確かに周囲のことも考えずああいった話をしてたことは非常に申し訳なかったという気持ちがありまして。また、僕らの視野も偏っていたし、もっと幅広く知っていかなければだめだ、ということも痛感させられました。前は、どうもすいませんでした。」


彼の意外な言葉に俺は驚いたが、同時に彼の素直さに心地よさを感じた。


「あ!そういうことなんやね!いやいや、わざわざそんなふうに言ってくれなくてもいいのに!あの時は内容は置いておいて、僕も大人げなかったとちょっと反省してたんやけど、君のそういってもらえるとしっかり主張するということも大事やなぁと思えるよ。ありがとうね。ははは。」


「それでは失礼します!」


彼は笑顔でそういうと校門の外へ出て行った。


俺は高揚した気分で、このことを仲間に伝えたくてウズウズしながらボックスへと駆け足で向かっていった。



そして、今年のクリスマスを迎えるのだが、

おれはとうとう「サンタクロース」に出会う事となる。


今日もコリアンボールを探し求める。

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