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蝋梅、もうすぐ春が来るよ

久しぶりにはしりがきの日常を。

ある詩人さんの美しい家に招かれ、「今住んでいる家を目の喜ぶもので満たしなさい」と助言いただいてすぐ、家具を変え始めた。テーブルを骨董屋で買ったイタリア製の猫足のものにしたり、味気なかった台所の照明の傘を赤色に塗ったりして、そのうちに詩人さんをお招きして朗読会をひらける部屋にしようとしているうちに、わが子の愛らしい狼藉がはじまって部屋にキャラクター・グッズがあふれてしまって、計画はさきへさきへと流れている。

それから、本当はパソコンに向かってこんな日記を書いている暇があったら、わが子の狼藉を申し立てるより先に、ご飯を食べる机も兼ねているこの上に私が散らかしっぱなしにしている歌集や辞書やノートや鉛筆削りや、ほうっておくと唇の皮を血の出るまでむしって食べてしまう癖のある私に同居人(かわいそうなことに、私は夫にムッとすることがあると「夫」ではなく「同居人」と呼び始める)がくれたよーじやのゆずの香りのするリップスティックやら、なんやらかんやらを、毎度片付けてしかるべきところに置かなければならない。もの書き机が欲しいのだが、この小さな部屋にはそろそろ限界がある。しかし本当に目の喜ぶもので満ちてきて、そこへきてこのコロナ禍で、わが子の送迎を別にすれば、基本的に小さな木のうろに満足しながら住むリスのように居心地よく引きこもっている。この部屋に住み始めて十数年になるけれど、私はこの町が基本的に嫌いなもので。いつかはあの詩人さんのように、部屋だけでなく景色の良い出歩きたくなる町に住みたいものだけれど。

冬鬱も冷え性もあって動けなくなることも多い冬は苦手だ。ことしは冬鬱緩和に効果があるとされるビタミンDのサプリメントを飲んで少しマシな気がしたけれど。--でもおととい、幼児服を売っている大型店に歩いて行ったら、晴れていて、あたたかくて、土の溶けるような春の匂いがした。秋に落ちて甘い匂いをさせて発酵した葉が、冬の間もっと熟成されて甘い香りを放つ春の香りだ。あの香水を作って冬にもつけていたら、小さな紅葉のある小さな裏庭にやってくる猫たちが、春と勘違いして発情するかもしれない。なーお、なーお。

春の香りに浮かれて足早になって歩いていたら、梅の花が咲いていた。黄色い蠟梅だ。長く琥珀色の冬の中にいて、あの鮮やかな黄色に目を打たれると心が躍る。

蝋梅とはよくいったもので、ほんとに、華やかな黄色い色の蝋燭をガラスの作業机にでも垂らして、あったかいうちに銀色のスプーンで薄くつぶして花びらの形を作ったのを丁寧にくっつけて作ったといわれても納得するようなツヤがある。それでいて梅の香りはしっかりするから、もし家に持って帰ったら美しい飾り物になるだろう。大きいガラスの壺に堂々と生けたい。いえ、そんな隙間もない狭い我が家なのだけれど。日本には八百万の神様がいるから、春を告げる蠟梅作りの神様もいらっしゃるかもしれない、きっと若者の職人のような気がする。それか童子らが遊びながら作っているかもしれないね。

 蝋梅だ春のわらべの指先が黄色に染まって夜更けの香り

短歌も書きたいな。これは短歌になってる? 血の巡りがよくなって脳内まで沸き立つみたいだ、そう、春にひとがものぐるうのは、きっとこういう理由なんだろう。

その次の日の夕暮れ時に細かなかたい雪が降って夜には雨に変わったのだけれど、そんな激しい寒暖差も含めて、もうすぐ春が来る。

さて、机の上をスッキリと片付けて、ゆうごはんの準備をしようか。台所をもう少し使いやすくする方法はないかと妄想をめぐらせながら。それだけで家の中で過ごす時間がまた、楽しくなるのだから。

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