北海道の暴力団情勢

現在の暴力団情勢

・概況
2018年末の北海道の暴力団情勢は、団体数不明、構成員等約1,700人(構成員850人、準構成員等850人)である。
系列は、山口組、神戸山口組、任侠山口組、住吉会、稲川会、会津小鉄会、関東関根組の7団体に属する。北海道の暴力団の殆どが、全国的な主要団体と呼ばれる山口組、神戸山口組、任侠山口組、住吉会、稲川会の系列に属している(構成員等数ベースで96%)。
※出典:①

・全国における割合
北海道の暴力団構成員等は、全国の5.5%程度を占めている。北海道の人口、GDPが全国に占める割合と比較すると、暴力団構成員等が比較的多い地域であると推察される。

北海道比率

暴力団勢力の推移

北海道の暴力団構成員等の数は、1971年に7,427人とピークに達し、その後1980年~1990年代半ばまで5,000人程度で推移し、2000年以降4,000人程度に減少、2010年以降では減少傾向を強め2,000人を下回っている。
【構成員等数の抜粋】
1971年 7,427人
1981年 4,845人
1991年 5,000人
2002年 4,100人(構成員2,810人、準構成員1,290人)
2011年 2,830人(構成員2,230人、準構成員600人)
※出典:②、⑤

2011年時点で札幌市の暴力団構成員等は1,100人であり、道内の暴力団構成員等の38%程度を占めている。

暴力団構成員の推移の全国的傾向(青線)と合わせて比較すると、概ね類似して減少傾向にあると推定される。
※注 全国的傾向は、全国の暴力団構成員等の増減傾向を、1971年の北海道の暴力団構成員数に乗じて示している。(1990年以前に、準構成員数の統計は存在しない。)

北海道


団体数は、1971年の191団体がピークである。近年の団体数は不明であるが、構成員等の減少率を踏まえると40団体以下と推察される。

北海道団体

道内組織の変遷

・概況
1977年においては、道内の主要勢力はいずれも的屋系の源清田連合会(札幌)、飯島連合会(札幌)、丁字家連合会(旭川)、寄居連合会(道内)であり、それぞれが700人以上の構成員を抱えていた。当時、山口組(50人)、住吉連合会(19人)、稲川会(23人)、極東会(69人)と広域暴力団の勢力は僅かであった。

1980年代より、山口組の拡大が進み1984年には150人(3%)、1989年には1,200人(24%)と道内最大勢力となった。その後も拡大を続け1991年には2,150人(43%)、2004年には2750人(66%)に達した。

住吉会、稲川会も同様に拡大を続け、2000年代には主要3団体(山口組・住吉会・稲川会)の寡占化が完了した。
※出典:⑤

北海道主要3団体

・主たる勢力
現在、道内最大勢力を持つ誠友会は1985年に山口組の傘下に入り、現在に至るまで山口組二次団体として活動を続けている。
【動画:山口組最高幹部の誠友会組長訪問(1985年札幌刑務所)】

【動画:誠友会事務所への家宅捜索(2020年)】

・勢力の変化
現在、道内で活動する暴力団は昭和期から存続する組織が多い。昭和中期まで独立団体の力が強かったが、誠友会の山口組加入以降、地元独立系組織が広域暴力団の傘下に入るケースが続いた。

北海道暴力団の変遷イメージ

※変遷イメージについては、ブログ等の再引用により作成しており、参考程度に留められたい。

北海道の抗争事例

・1984年8月 稲川会星川組×一和会加茂田組花田組(北見抗争)
・1989年1月 山口組誠友会× 全日本飯島連合会系安達一家
・1989年11月 山口組誠友会× 稲川会越後家一家(札幌抗争)
・1990年1月 山口組誠友会×共政会系暴力団(札幌事件)
・1993年7月 山口組山健組×極東会(山極抗争)
※出典:③、警察白書。
※時期は抗争勃発時点を指し、筆者が補足を加えている。

2006年以降、抗争事件は起きていなかったが、2015年の山口組分裂に伴い北海道でも抗争に伴う器物損壊事件などが発生している。

近年のトピック

・暴力団排除条例
2011年4月に北海道で暴力団排除条例が制定された。取引を通じて暴力団への利益供与を図る事などが禁止された。2017年7月には札幌のすすきの及び旭川のさんろく街が暴力団排除特別強化地域に指定され、みかじめ料授受により事業者と暴力団双方を罰する事が可能になった。
【暴力団排除特別強化地域】 
〇札幌市中央区の南4条から南7条までのそれぞれ西2丁目から西6丁目までの地域(すすきの)
〇旭川市の2条通から4条通までのそれぞれ5丁目から8丁目までの地域
(さんろく街)

解散事例
社会全体からの暴力団排除の流れを受け、解散が起きている。
【解散事例】※出典③④、警察白書
2017年11月 稲川会星川組(北見市)
2019年1月 山口組誠友会藤弘組(網走市)

いずれもオホーツク管内の暴力団であり、現在同地域では暴力団の拠点が確認されない。なお1977年時点では同地域に400名の構成員が存在していた。

オホーツク


密漁事件 ※出典:報道事例
近年、サケやナマコを対象とした密漁が摘発される事例が散見される。
2018年には石狩市におけるナマコ密漁事件に関して、いずれも札幌市に拠点を置く山口組系の誠友会、茶谷政一家、弘道会正道会の事務所に家宅捜索が行われている。道内の暴力団が組織的に密漁を行ってると推察され、北海道のような水産資源の豊富な地域に特有な事例となっている。

考察

北海道の暴力団は減少傾向にあり、今後も暴力団排除の進行とともに減少が進行することは確実である。特にオホーツク管内の暴力団が消滅したように、資金源の限られる地域では、暴力団が完全に消滅する可能性が高い。
一方で、札幌市に人口が集中し、資金源が同地域に集中することが予測される。場合によっては限られた資金源を巡って、組織問わず抗争が発生する可能性がある。札幌市の暴力団取り締まりを進める事が、治安上重要である。

※出典

①北海道警察HP暴力団の情勢よりhttps://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/info/keiji/bouryoku_taisaku/jyousei/bouryoku-jyousei.html
②(仮称)札幌市暴力団の排除の推進に関する条例」案の策定に関して設置した部会資料(平成24年7月27日)

③「ヤクザ生きられぬ時代…北見唯一の暴力団解散 市民は安堵」
北海道新聞 2017年11/22(水) 10:27配信
【記事要旨】
・北見市内に唯一残っていた暴力団、稲川会系星川組が今夏解散した。
・「今般、長きにわたり地域社会の皆様方に多大なるご迷惑をおかけ致しましたこと、慚愧(ざんき)の念に堪えず心よりお詫(わ)び申し上げます」8月9日、星川組の組長が北見署に提出した「解散届」には、筆書きでこう記されていた。組長は「ヤクザが生きていける時代ではない。金輪際活動はしない」と署員に誓った。解散時の組員は4人だったという。
・北見署によると、露天商の流れをくむ星川組は1982年ごろ発足。組員は100人を超え、繁華街を集団で歩く姿が頻繁に見られた。
・85年には星川組と一和会系花田組の抗争が北見で激化。スーパーマーケットやキャバレーなどで銃撃事件が相次ぎ、双方の組長ら計4人が死んだ。事件は全国的な注目を浴び「北見戦争」と呼ばれた。

④「網走市唯一の暴力団が解散」
NHKNEWS WEB 2019/01/31
・網走市に唯一、残っていた指定暴力団、山口組系の暴力団、「藤弘組」が解散した。
・警察によりますと、31日午後、組長が「地域社会の皆様に多大な迷惑をかけた。心からおわび申し上げます」と書かれた解散届を網走警察署に提出しました。解散届には、組長の手書きで「警察の取り締まりの強化や、地域の暴力団排除の気運の高まりで、組織の維持が不可能になった」などと記されていたということです。
・この暴力団は、20年近く前から組員10人ほどの規模で活動していましたが、資金源を絶つための法律や条例による規制の強化や、市民の間で暴力団追放の動きが活発になったことで、勢力が縮小していたということです。
・オホーツク海側では、おととし8月、北見市に唯一あった暴力団も解散していて、地域にあった暴力団はすべて解散したことになります。
⑤北海道会議録抜粋



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