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夏葉社日記

本というよりは書店が好きで,中学時代に初めて訪れた「神田古書店街」がこの世の楽園に思えた.
そのため,茨城県から神田に行きやすい高校,古書店街に最も近いお茶ノ水の公立大学に通い,勤務中に古書店街へ通える職場を選んだ.
このようなものだから,大学時代,同級生と昼食を共にすることはなく,昼休みはほぼ毎日古書店街を彷徨い,そのまま講義に戻らない日も多かった.

その後,各地を転々とする中でも,その街の書店を歩き回り,好みの書店を見つけては,休日ぶらり訪れるのが何よりの楽しみだった.

秋田では,歓楽街の外れにあるN書房へしばしば訪れていた.棚に並んでいる書名はほぼ頭に入れていても,毎回棚の端から端まで眺め,読みたい本が入荷されると速やかに購入した.無口な店主と言葉をかわすことも殆どなかったが,秋田生活も後半に入ると,読みたい本が入荷される頻度が増えていった気がする.

秋田を離れた後もN書房のSNSはフォローし,昨年,残念ながら店を閉めることになったこと,閉めた後にトランクルームに保管してあった大量の本を,洪水で全て失ったことも知っていた.

宇都宮に移り,心に響く書店はなかなか見つからなかったが,最近,書肆Hという,私より20歳も年下の元気な若者が営む書店に出会った.
秋田から来たんですよ,と彼に言うと,「N書房」ですね,と即答した.彼がN書房を知っていたことが無性に嬉しかった.

先日,秋田を訪れたとき,偶然古本市を見つけた.何気なく入ってみると,「N書房」が店を出しているではないか.
懐かしさと嬉しさで飛んでいって,「今,宇都宮に居るんです.HさんとこないだNさんのお話していたんです.心配しました」と,初めて長い言葉を交わした.
店先に並ぶ本を眺め,とっさに「夏葉社日記」を手に取り,購入した.文庫本サイズのハードカバーで,白地に青のフォントが美しかったからだ.題名から書店好きが書いた話だろうなと思った程度で内容は知らなかった.

その本を昨日JAZZ Barでセッションの間に読んでいた.JAZZやビールが良いスパイスとなって,残りの頁が少なくなるのがさみしく思えるほど.

その内容を公式サイトから引用すると,
“「師匠への長い長いラブレター」
出版社2社から「戦力外通告」を受けたぼくには行き場がなかった。藁にもすがる思いで、夏葉社に電話をかけ、手紙を書いた。
幸運なことに、憧れのひとり出版社・夏葉社で約1年間、代表の島田潤一郎さんと働くことになる。そんな宝物の日々をここに綴る。
第2の青春、再生の物語。”
https://shugetsuen.base.shop/items/84312216

たまらなく本が好きな「師匠」が営むひとり出版社に,惑う編集者が飛び込む話で,作中には各地の「有名な」書店が数多く登場し,その幾つかが「現在は閉店」と書かれていた.読みながら,書店を存続させるためには本を買い続けなければならないのだと思い,そのうち買おうと思っている中で高額な本をその場で注文することにした.
とはいえ,どうやって注文するのかわからず,とりあえず,書肆Hのインスタアカウントに「みすず書房の「長い読書」をそちらで買えますか?6月に伺った時に購入したいです」とDMを打った.
すぐさま,「発注しておきます!」と彼らしい返事が来た.

そんなやり取りをしながら, Liveの最終セット前に読み終えようとした.すると,あとがきの裏の頁に,

「二〇二四年四月,みすず書房から島田潤一郎「長い読書」という本が出版される.(中略)そのため本書は,「長い読書」の「あとがき」をもって完結とする.みなさんにもぜひ読んでもらいたい.ぼくはその本が楽しみで夜も眠れない」

とあるではないか.この文章を読むまで,私は先ほど思いつきで注文した本の著者が,今読んでいる本の「師匠」だということも知らなかった.

次回書肆Hを訪れるのは6月.
その日の晩はきっと眠らずに読み通すに違いない.

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