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宗教研究の歴史【宗教の起源④ 第一章-②】

こんにちは、らるです。

前回に引き続き、
宗教の起源の第一章を見ていきたいと
思います。

宗教の研究の
これまでのアプローチ
…というのが
今日のテーマです。

どんな形で、研究が進んできたか
という話です。


学問的には、『人類学』というのが
一つ大きな鍵を握っていました。

宗教とその社会的機能に関心を寄せていた
…というのがこの人類学なんです。

人類学の形成に
大きな影響を与えた方が
二人紹介されていて

1人は、ウィリアム・ジェームズ
もう1人はエミール・デュルケームという人です。

ジェームズという人は
『宗教的経験の諸相』と言う本を書いています。

ここで言われたことのポイントとして

・宗教の起源と有用性は別もの
・健全な精神の宗教と、病んだの魂の宗教がある
健全な精神の宗教→満足と幸福を得られる
病んだ魂の宗教→深い苦悩の転化
・宗教体験の中心には神秘主義がある

こういったものが挙げられます。

「神秘主義」の話は
ダンバーさん自身も宗教のカギだと
言っているので、2章で詳しく語られるでしょう。


デュルケームの方は
『宗教生活の原初形態』という本を書いています。
(一部の方には懐かしい本かと思います)

私も以前にnoteを書いていましたが

集合的沸騰と言うのが軸になってくる
ということを言っています。

儀式によって作られる
興奮と畏怖…
それが、集合的沸騰ですね。

こんな風に書くとわかりにくいですが
要は、今でいうところの
ライブやスポーツ観戦での様子を
想像するとわかりやすい
と思います。

「人が集まって、沸いている」のが
集合的沸騰です。

こういう経験が、活力の元になり
宗教の軸になっていると言うんですね。


1980年代に出てきた
認知人類学から
宗教認知科学…と言われるものが
台頭してきました。

この中での宗教の見方については
立場が二つに分かれていて

一つは宗教は副産物だ、という見方です。

例えばこれは、『腰痛』みたいなもの
人類の祖先が、
四本足から二本足で歩くようになって
様々なメリットが得られるようになった反面
腰の関節の安定性を失って
腰痛に悩まされる
ようになりました。

宗教というのは、この腰痛と同じで
人間の精神が進化していく段階で
仕方なく出てきてしまった副産物だ

…という見方です。


もう一つの見方が
宗教は文化的進化の一例である
というものです。

どちらかというと、本書では
こちらの立場をとることになります。

人間が大規模な集団をつくり
生き残っていくうえで
宗教は重要な働きを持っていた

…という話です。

この辺りの話は
もう少し先の章で語られることになるでしょう。

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