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この日々を宝箱の中に

娘があっという間に乳児を卒業してしまった。

0歳と1歳の間に何か境目があるわけではなく、娘は娘だ。
それでも日一日と成長していて、昨日の娘はここにはもういない。
成長が喜ばしい、と同時に寂しい。

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人間は進化の過程で脳が大きくなり、その頭の大きさのせいで産道を通れないから、動物的に言うと1年早産で産まれてくる、などと言われている。

この世に産まれ落ちたその日から、赤ちゃんは重力と闘い、重力に抗いながら力をつけていく。
胎盤からの自動的な供給が無くなると、自ら酸素と二酸化炭素を交換し、おっぱいをパクリと咥えて自分の口から栄養をとる。
要求をアピールする方法だって、ちゃんと身につけている。
やがて曖昧だった自分と、自分の外の世界との間に境界線を見つける。
目で物を追い、頭を動かせるようになり、手を発見し、足に気付き、頭を持ち上げられるようになり、転がり、自ら座り、手足で進むことを覚え、立ち上がり、そして歩き出す。
それは目の前で進化の過程を見ているのであって、遺伝子の中に組み込まれたプログラムで、誰が教えることもなく赤ちゃんは自らその行為はじめる。

こんなにも感動的なことがあるだろうか。

産まれてからしばらくの赤ちゃんは、たしかに守られお世話されなければ生きてはいけないのだけれど、ただ一方でこんなにも生きる力を持っているのだとまざまざと見せつけられる。
乳児の生きる1年はドラマチック以外のなにものでもなく、私はこの先自分の子どもでなくともその過程を見ると、きっと心が揺り動かされるのだと思う。

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そしてまた、守られお世話されるようにこの爆発的な可愛さを併せてプログラミングしたのだとしたら、人間の進化は大成功だったと言わざるを得ない。

黒目がちの澄んだキレイな目も、もちもちふわふわの柔らかいほっぺも、ムチムチになってきた手足も。
それまでギャンすか泣いていたのに、抱っこすると目に涙をたたえながらもすぅと眠っていく姿も。
お腹や耳の後ろなんかを、スンスンくんくんスリスリむぎゅーとしているとキャッキャと声をあげて笑ってくれるところも。
こちらが話かけると、話の内容わかってるよねえ?と思うくらいタイミングよく発せられる「あいっ」という言葉も。
いつの間にか襟足のところでカールするまでに伸びた柔らかい髪も。
気になるものを見つけるとハイハイから急にズリバイに切り替え、走ってるよねえ?という速さで目的物に向かっていくところも。
何でも舐めて確認がデフォルトで、飲み込んでしまいそうなものを取り上げると「まだそれのちぇっくすんでましぇーーーん!」とばかりに怒ることも。
「おっぱいちょーだい」とハフハフすり寄ってきては、襟元を引っ張って覗き込んでいるところも。
トイレに行く時にドアを締めると、「おいていかないで」とばかりに後を追いながら扉のところで立ち上がって泣いているその顔も。
ご飯を前に「はやくたべさせてー」と机をバンバンと叩き、手をパチパチと合わせて「いただきます」と催促する姿も。
夜中にお腹が空いて、暗闇の中泣きながらちょこんと座っているところも。

何をしていても、どこを切り取っても、可愛いとしか言いようがない。

過敏で繊細なところがある娘だし、大変だと思うことは書ききれないくらいにたくさんある。正に昨日もひどい夜泣きと夜遊びに、こちらが眠過ぎて発狂した。
でも喉元を過ぎればなんとやら、今朝も私達がご飯を食べているのを下からキョトンと見上げる姿を見て、思わず抱き上げてスンスンした。

大変さを凌駕するほどの愛おしさが、ここにある。

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もしも子どもの一瞬をタイムカプセルに入れて将来に残せるのだとしたら、残すのは今なんじゃないかという気がしている。
でもきっと、その最高記録はいつの間にか塗り替えられて、明日も「やっぱり今だ」と言っている気がする。
これからは今まで以上に個性が溢れ出てくる時期で、どんな個性が出てくるのだろうかとワクワクしてしまう。

そう思うのは、手放しに可愛いだけでいられる時期にも限りがあることを知っているからなのかもしれない。
息子も、それはそれは可愛いかった。
今より要領も諦めも悪く、小さなことにクヨクヨ悩み、明らかに寝不足の日も多かったのだけれど、やはり息子の乳児期は輝かしくて愛おしい日々だと私の中に刻まれている。
大きくなっても同じように可愛いのに変わりはないけれど、際立ってきた自我と向き合っていると、これまでとは違った難しさに頭を抱え、いろんな問題にぶつかり、それだけでは居られなくなることを息子が教えてくれている。
それがひとりの人間として確立されていくということなのであろうし、みんなそんな道を通っていくのであろう。

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これからも目の前の息子と娘に向き合っていくだけだ、けれど、時々しんどくなったらこの宝物を引っ張り出して眺めてみてもいいだろうか。
おかあちゃん、きっと元気が出ると思うんだ。

娘よ、1歳おめでとう。

ここまで読んでくれたあなたは神なのかな。