第六回: 「自分で自分の脳を騙す」

前回、「ファーストタスク」という言葉が登場しました。

この言葉は、『マニャーナの法則』という本で紹介されている概念で、その肝は次の三点にあります。

・する(Do)
・一番はじめに(First)
・毎日(Every Day)

一日の一番最初の時間に、今最も進めたい仕事に着手する。それも毎日。

これはきわめて有効な手法なのですが、前回の最後に佐々木さんが書かれたこととも重なっています。

・大事なことは一番最初に
・大事なことは小さく分けて

「大事なこと」を小さく分ければ、必然的にそれは複数回の行動を要求し、ある程度のスパン内で達成したいなら、毎日かそれに近しい頻度で行う必要があるでしょう。よって、この二つは、基本的に同じことを言っていると考えられます。

では、なぜこの手法が有効なのでしょうか。

第四回では、「明日は休みなので、普段はなかなかやれていないあれをやろう!」という意気込みある計画ほど進めにくいという逆説を紹介しましたが、そこで触れなかった話が一つあります。

それは「慣れ」です。

毎日少しずつでも繰り返していると、人はそれに慣れてきます。習熟という言葉は大げさでも、実行するために必要となる「脳の体力」は確実に減少します。

逆に、「普段なかなかやれていない」ことを、休日に一気に片付けようとすると、当然慣れは発生しません。

この話は佐々木さんの『仕事の渋滞は「心理学」で解決できる』でも書かれていますが、極めて重要なポイントです。少しずつでも繰り返せば、慣れるのです。

「面倒さ」とは不思議な心の状態です。

その言葉を使うとき、人はその行為の結果にメリットを感じています。どんなメリットも感じないなら、その行為は「無駄」だと断じられ、面倒とは言わないでしょう。何かしらメリットはあるのです。

しかし、そのメリットを得るために、支払わなければならないコストが高すぎると感じるなら、その行為は「面倒だ」と思えてきます。

その行動から得られるメリット < その行為のために支払うコスト

この不等式が成立している間は、人はその行動を取ることはまずありません。

ここで二つの行動を比べてみましょう。

片方はいまだやったことがない行動で、もう片方は普段から繰り返している行動です。

前者は未知なる存在であり、状況にうまく対処するためには、コストを高く見積もっておいた方がよいでしょう。足りなくなったら大変です。

対して後者は、コストの見積もりは余裕で、しかも慣れているがゆえに小さいと想定できます。

この話を、一番極端に表現してみます。

前者:その行動から得られるメリット < ∞
後者:その行動から得られるメリット > 0

もちろん、コストが無限になることはないでしょうし、0になることも(おそらくは)ないでしょう。しかし、限りなくコストがゼロに近づけばメリットが小さくても人はその行動を取りやすくなりますし、逆にコストが計算不能な程度大きくなるなら、どれだけメリットを提示されてもその行動を取ることはなくなるでしょう。

だからこそ、大切なことほど毎日・小さく繰り返すことが有効になるわけです。

さて、心理不等式の評価は、当然のように脳内で行われています。

前回、佐々木さんは次のように書かれました。

この計算はかなりすばやく行われるため、本能的とまでは言えないかもしれませんが、本能の判断との違いをハッキリさせられないほどです。トイレットペーパーを最後にするというのは、本能とは言えませんが、本能的と言っていいくらい、すばやく確実に判断されます。

たしかにこの評価(≒計算)は、すばやく確実に実施されます。だからこそ人は俊敏に動けるのです。でも、だからといってその評価が「正確」だとは言えません。

わかりやすいのは、貯金やダイエットです。中長期的に見て自分にとって利得が高い行動があるにしても、そのときの自分を満足させる行動を選択してしまう。これは愚かしさではなく、単に人類の黎明期には「20年後の自分の健康を考えて、今の行動を決定する」というニーズがなかっただけの話でしょう。

ともかく、脳のすばやく確実な決定は、「あるコンテキスト」における適切な決定であって、その決定会議においては「コンテキスト」そのもの検討は行われません。それを行うのは、脳のもっとゆっくりした部門です。

この辺りのお話はダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』に大量に出てきますが、とりあえず自分の行動を何かしらの方向性を持って制御するには、この「すばやく確実な決定」といかに付き合っていくかに焦点を合わせることが必要となります。

たとえば、「ブログを更新する」というやや取りかかるのに気が重いタスクがあるとしても、そのタスク名を「ブログの下書きを準備しておく」にしておくと、結局着手して完成原稿まで書き上げ、更新してしまう、ということがよく起こります。

これは心理不等式の右辺にくる項目を変えることで、着手しやすくするというテクニックで、あえて露悪的に言えば「自分で自分の脳を騙している」とも言えます。スローな自分が、ファストな自分の決定を先回りして制御しているのです。

つまり、脳の瞬間的な判断がワンコンテキストであるからこそ、そこには介入(ハッキング)する余地があると言えます。

馬は気難しい動物だと聞きますが、それでも彼らは「なぜ自分は生まれてきたのだろうか」とか「競走馬としては隣の白馬の方が優れているのではないか」などと考えたりはしないでしょう。だからこそ、人間は彼らに走ってもらうことができます。

少なくとも、人間に対して同じようにはできません。そうしようと思えば、人をワンコンテキストに閉じ込めて、ゆっくりな思考が顔を出さないように仕組む必要があります。カルトな集団や詐欺ビジネスが得意としていることです。あるいは、ほとんどのプロモーションがこれと同じ側面を共有しているとも言えるでしょう。

話が広がってしまいましたが、要点は以下の二つです。

・脳の一部は瞬間的に確実に評価を下す
・しかしその評価は「正確」であるとは限らない

ここにセルフコントロールの鍵があります。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます!
11

倉下忠憲

働く人のMP戦略

倉下忠憲・佐々木正悟からお届けする働く人のためのMP戦略マガジン。毎週2回、更新予定。無料で読めます。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。