6歳:ムックとの思い出

りゅうちゃんの家に飼い犬がきた。
ペットを飼ったのは、後にも先にもこの一度だけだ。

小学生にあがってばかりの頃のある日、学校から帰ってくると綿毛の塊のようなものが居間にいた。
それはぬいぐるみのように可愛いらしい、真っ白な子犬だった。

その脇でりゅうちゃんのお兄さんと本家のおばちゃんが結託して、お母さんを相手に「コイツをウチで飼おう」というプレゼンをしていた。
動物ぎらいなお母さんは首を縦に振らずに何度も拒否していたが、りゅうちゃんもそのプレゼンに加勢したものだから、根負けして最終的には飼うことになった。

実は、本家筋のある家で大量に子犬が産まれ、本家のおばちゃんがブローカーとなり、その飼い手探しに奔走していたのが背景だった。
なにぶん田舎の話なので、親戚付き合いはないがしろにできず、本家のごり押しに抗えずに犬を飼わざるを得なくなったというのが真相だった。

ひどい話ではあるけれど、りゅうちゃんは我が家に犬が来たことが嬉しかった。その犬はムックと名付けられた。

なんせ可愛いので、散歩をしていると、すれ違う村の人たちがみな「あら、かわいい犬だこと」と撫でていく。わざわざ、りゅうちゃんの家まで見物に来る人もあって、ムックはちょっとした村のアイドル的存在だった。
飼い主も鼻高々に散歩に出かけたものだ。

しかし子どもというのは飽きっぽいもので、我が家で犬を飼う条件だった「ちゃんと面倒を見る」という責務を兄弟そろって早々に放棄してしまった。

朝昼夕の残飯ネコ飯の配膳はお母さんまかせで、散歩もお父さんが暇を持て余した日曜日に気まぐれに行く程度となってしまった。

ムックの散歩には専用の赤いリードを使って出かけた。
子犬の頃は毎日のように出かけたので、散歩好きのムックはその赤いリードを見ただけで待ちきれないように小躍りして喜んだ。それは散歩に行かなくなって何年経っても変わらなかった。

りゅうちゃんにはそれが面白く、たまに赤いリードを見せ、ムックを喜ばせるだけ喜ばせて、赤いリードをひょいとしまってそれっきり家に戻るということをした。
大人になって思い返すと、「なんて残酷なことをしたんだ」と申し訳ない気持ちでいっぱいになることも知らずに。

そのムックはりゅうちゃんが中学2年の寒い冬の朝に死んでしまった。
あんなにムックを飼うことを反対したのに、結果的に全部の世話を押し付けられたお母さんがいちばん寂しがって泣いた。
ムックは車庫にあった段ボールに入れられて、お父さんの運転する車で札幌のペット火葬場に連れていかれた。

もっと世話をしていたら長生きもできたし、いつまでも可愛く幸せな思いもたくさんさせてやれたろうにと後悔した。

慙愧の念からか、大人になったりゅうちゃんはいまでも足元にじゃれついてくるムックのことを3日にいっぺんくらい思い出すらしい。
そして、なぜか真っ白い生き物やヌイグルミが大好きなのだけど、きっとムックに似てるからなんだろう。

死んでから20年以上も経つのに、こうもしょっちゅう思い出されては死んでも死にきれず、いい加減メイワクしているかもしれない。

(完)

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