唯一の飼い犬ムック

後にも先にも一度だけ、ペットを飼ったことがあった。
小学生にあがってばかりの頃と記憶するけれど、ある日、学校から帰ってくると綿毛の塊のようなものが居間にいた。それはぬいぐるみのように可愛いらしい、真っ白な子犬だった。
その脇で兄と叔母が結託して母を相手に「コイツをウチで飼おう」というプレゼンをしていた。動物ぎらいな母は首を縦に振らずに何度も拒否していたが、最終的には飼うことになった。
いま思い返すと、本家筋のある家で大量に子犬が産まれ、叔母がその飼い手探しに奔走していたのが背景だった。なにぶん田舎の話なので、家の付き合いはないがしろにできず、叔母のごり押しに抗えずに犬を飼わざるを得なくなったというのが真相だろう。
ひどい話ではあるけれど、子ども心には我が家に犬が来たことが嬉しかった。その犬はムックと名付けられた。
なんせ可愛いので、散歩をしていると、すれ違う村の人たちがみな「あら、かわいい犬だこと」と撫でていく。わざわざ我が家まで見物に来る者もあって、ムックはちょっとした村のアイドル的存在だった。飼い主の私は鼻高々に散歩に出かけたものだった。
しかし子どもというのは飽きっぽいもので、我が家で犬を飼う条件だった「ちゃんと面倒を見る」という責務を兄弟そろって早々に放棄してしまった。
朝昼夕の残飯ネコ飯の配膳は母まかせで、散歩も父が暇を持て余した日曜日に気まぐれに行く程度となってしまった。
ムックの散歩には専用の赤いリードを使って出かけた。子犬の頃は毎日のように出かけたので、散歩好きのムックはその赤いリードを見ただけで待ちきれないように小躍りして喜んだ。それは散歩に行かなくなって何年経っても変わらなかった。
私にはそれが面白く、たまに赤いリードを見せ、ムックを喜ばせるだけ喜ばせて、赤いリードをひょいとしまってそれっきり家に戻るということをした。いま思い返すと、なんて残酷なことをしたんだと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そのムックは私が中学2年の寒い冬の朝に死んでしまった。あんなにムックを飼うことを反対したのに、結果的に全部の世話を押し付けられた母がいちばん泣いていた。
もっと世話をしていたら長生きもできたし、いつまでも可愛く幸せな思いもたくさんさせてやれたろうにと後悔する。
慙愧の念からか、いまでも足元にじゃれついてくるムックのことを3日にいっぺんくらい思い出す。
私はなぜか真っ白い生き物やヌイグルミが好きなのだけど、きっとムックを投影しているのだろう。
死んでから20年以上も経つのに、こうもしょっちゅう思い出されては死んでも死にきれず、いい加減メイワクしているかもしれないが。

(完)

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小説:おーい、りゅうちゃん!

北海道の新篠津村という田舎で過ごした少年時代を自叙伝みたいな感じで綴ってます。
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