9歳:O(オー)さんの森 その2

絶対に立ち入ってはならない禁断の森。
そこを取り仕切るのがOさんだ。

「O(オー)さんはとにかくコワイ」
りゅうちゃんだけでなく、田舎の子どもたちは皆そう認識していた。

ところがそのOさんが何者なのかは、誰一人として知らなかった。
なにせ名を口にしただけで殴られるくらいなのだから、姿を見た者がいようはずもなかった。

そもそもOさんと呼んでいるが、それがアルファベットのOなのか、漢字の王なのか、はたまた別の漢字なのかあるは記号なのか、それさえも謎だった。

そして不良学生なのか、マジモンのヤクザなのかもわからない。
でも、たしかに彼は存在しており、恐怖の森に立ち入ったら殺されるということは事実であると信じられていた。

「隣町の中学生が何も知らずに森に入って、Oさんに殺されたらしいぞ」
「えぇ、本当かよう。怖いよう」
そんなヒソヒソ話が田舎の小学校のあちらこちらで囁かれた。

このミステリアスさが村の子どもたちの恐怖を助長させていたのだろう。
Oさんとその恐怖の森のことは子ども心の記憶に深く残っており、りゅうちゃんは大人になってもふとした時に思い出したりもしていた。
だが、依然としてその存在は謎に包まれていた。

ここから時計の針はずっと進んで30歳も目前に迫ったりゅうちゃんの話になる。
思いがけずOさんの謎が解ける出来事があったのだ。

なんとか大人になったりゅうちゃんは、札幌の出版社に勤めて、雑誌を作る仕事をしていた。
その頃、とあるレストランの取材に出かけると、シェフがこんなことを言ったのだ。
「ウチの野菜は特約農園のものしか使っていないんです。たとえばこの立派なカボチャなんかは、新篠津の“大田ファーム”から仕入れていて---」
農園、オータ‥‥。瞬時にピンときた。

ファームの所在地を訊いたところ、あのOさんの森の位置とほぼ合致したのだった。
そして、りゅうちゃんはOさんの森の話をそのシェフにした。
「あぁ、大田さんならあり得ますね。昔は相当なやんちゃだったって聞いてますよ。いや、今は真面目ですよ。あはは」

これは間違いない。積年の謎が氷解した思いだった。
つまりOさんとはかつて不良で名を馳せた大田さんであり、周囲からはオーさんと呼ばれていたのだろうか。そしてオーさんが所轄していた森…というか大田家の所有地が恐怖の森の場所で、誰言うとなく“オーさんの森”と名付けられた。
そして、その森は十数年経った今は代変わりしてオーさんが農園主となり、大田ファームとなっている、と。

その数年後、帰省した折に村の広報紙にオーさんこと大田氏が掲載されており、はじめてそのご尊顔を拝むことができた。
うっすらとリーゼントの名残ある髪型で、カボチャを両脇に抱え屈託のない笑顔を浮かべる中年の農家オヤジであった。

(完)

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