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駅のトイレ。【結・後編】

 夏の日差しが照りつける草原の中を、僕と銀は走っていた。小学生くらいか。手には捕虫網を持ち、虫かごを首から下げている。

 銀は捕虫網を素早く振り回し、地面に伏せた。僕らは網のそばにしゃがんで、中に獲物が捕らえられているかどうか、ワクワクしながら確かめる。
 銀は蝶や蝉を捕まえるのが抜群に上手い。網の中には、透明な羽根の蝉が入っていて、ジジジッ!と鳴きながら暴れるのを手際良く虫かごに入れる。虫かごには既に、三匹の蝉と二羽の蝶が入っている。
「銀、すげーっ」
「えっへへー、網の振り方にコツがあんだよ!こう、シュッと振って捻るの。こう捻るんだよ。郁人、次、見つけたら網、貸してやるから、やってみ」

 僕らは夢中で走り回る。やがて、公園のスピーカーから、午後五時を告げる音楽が流れる。銀は虫かごを持ち上げて籠のフタを開け、中の虫を草むらの中に落とした。僕は慌てる。
「えーっ逃しちゃダメじゃん!」
「殺し過ぎると、虫が居なくなっちゃうだろ?そしたら虫捕りできなくなるじゃん。だから殺さない方が長く楽しめるよって叔父さんが言ってた」
 虫かごから落ちた虫達は、飛び去ってゆく。僕は納得のいかない気分でそれを見送る。
「持って帰って観察したかったのにー」
 銀は帰路につきながら、僕をチラリと見て言った。
「郁人はさあ、何かを作る人になったらいいんじゃない」
「何で?」
「そういうさ、色々観察する人は、モノを作る事に向いてるって母さんが言ってた。でも見え過ぎても良くないんだって。叔父さんはさ、見え過ぎる人だからさ、危ないんだって」
「よく分かんないんだけど」
「俺もわかんね」
 僕らは笑って駆け出した。蝉の声が大きな唸りになって辺りに響き渡る。


 僕は会社の薄暗い会議室で、四人のプロジェクトメンバーと一緒にスクリーンを見ている。壁一面のスクリーンに映るのは、コンピュータが計算した物理シミュレーションだ。
 スクリーンの中央に写っている、宙に浮いた半透明の立方体には、八本の短い足がついていて、簡略化された蜘蛛のような形をしている。蜘蛛の周りには、円柱の上に丸い球が載っている、簡略化された人体記号が六つ、蜘蛛を囲むように配置されている。蜘蛛は人体記号の半分くらいの高さだ。
 僕らは「スパイダー」という小型の半自律歩行戦車の開発チームだった。

「……だからさ、スパイダーが拘束されて、一定時間、身動きが取れなくなった場合は、自動的に爆発か溶解するようにしておく必要があるんだよ。敵軍に回収されると、そのまま転用されたりする。実際にそういうことが起こってるんだから」
 長野さんがボソボソと喋る。仲川が手元の端末に何か打ち込みながら
「溶解だと、確実性に欠けるんじゃないですか?爆破の方が確実じゃないかな」
 僕は口を開く。
「爆破だと、周りに危険が及ぶ可能性があるんじゃないですか。味方と行軍中にどっかに嵌って暴発する危険もありますよ」
 小泉さんが頭をかいた。
「近い場所に味方のタグを感知したら爆発しないようにするとか?……溶解中にガスを撒く手もあるが……万が一を考えたら爆発の方がやっぱり良いな。毒ガスよりは殺さずに済む」
 黒岩が手元を操作した。スクリーンのスパイダーは弾けて、細かい粒になり、周りの人体を貫いた。同じ動きを繰り返す。小泉さんはそれを見ながら
「死体より怪我人の方が、継続的により多くの人手を拘束できる。兵士は殺さない程度に動けなくする。戦力を削ぐにはそっちの方がベターだ」
 長野さんはスクリーンを見つめ、手元を操作した。
「地上八十センチまでの高さで、放射状に破片を撒くようにプログラム変えるか。頭か胸に当てると死んじゃうからな。吹き飛ばすなら脚だろ」
 スクリーンのスパイダーが弾けると、地面に近いところに粒を撒く。周りの人形の下半身を貫く。人形は倒れる。黒岩はぼやいた。
「正確なシュミレーションデータ出せって煩く言われそー。……ダメージ検証用の人形、いつ申請通りますかね」
小泉さんは苦笑いした。
「ダメージ計測、メンドイよなぁ。時間かかるし」
 僕は言った。
「大丈夫です。今のところオンスケジュールなんで。……あのー早めに昼休みにしません?A定食食べたいんですよ」
 長野さんはニヤリと笑った。
「A定か、いーよなあ。たまには弁当以外のモン食いてえよ」
「でたーさりげにリア充自慢」
 僕達は和やかに笑い合った。

———僕があの時、考えていたこと。

 チームは上手くいってる。僕達は結果を出せる。
 結果を。

 行方不明者の親族控室。隅に臨時の霊安室が設けられ、パーテーションで区切られている。
 救命士と警察官が忙しく走り廻り、離れた所では消防士達が緊迫した口調で何か話している。まるで野戦病院だ。その中で僕らだけは、じっと床を見つめて座っている。

 僕と銀の両親、もう一人の消防士の親族は、パイプ椅子に座り、パーテーションの向こうの啜り泣きを聞く。遺族に消防士が呼びかけている声が聞こえる。
「脚の方は。現在、捜索しています。……現場はまだ相当混乱しています。おそらく時間がかかります。申し訳ありません」

脚か、脚が無いのか。片方か。両方か。
銀は。銀の脚は、命は、無事なのか。

(吹き飛ばすなら脚だろ)
(殺さない程度に動けなくする方が)

 破片を撒き散らすスパイダーのCG画像。スローモーションで倒れる人形記号。
……あれは人間なのだ。いずれ本物の人間を殺す。分かっていて目を逸らしている。僕は。

———-ひとごろしだ。


「みかみさん!未神さーん!」
 僕は我に帰った。暗闇の中、目の前の亀裂から光が漏れ、そこから逝上さんの顔が覗いている。
「い……きがみ、さ……」
 僕は、身体中にゴツゴツした木の根っこのようなものが巻き付いて、がっちりと拘束されていることに気がついた。
「なん……これ……」
 逝上さんは苦笑して
「良かったー生きてる!ってこのやり取り、デジャヴっすねえ。痛いとこあります?五体満足ですか?」
 僕は身体を動かそうとしてみる。右手は肘から先が動く。左手は手首から先が可動。脚に力を込める。殆ど動かせない。首を出来るだけ回すと、右肩の後ろに手と顔の上半分が見えた。僕は目を剥いた。
「銀!!逝上さんっ、銀がここにいます!銀!おいっしっかりしろっ」
 銀は目を閉じている。僕は必死に呼びかけた。銀の瞼が震え、眉間に皺が寄る……生きてる。
「生きてるみたいっすね。けど急いだ方がいいかな。時間が経つと同化が進むかもだし。ちょっと待ってて下さい」

 逝上さんの顔がそこから見えなくなる。僕は銀の方に出来るだけ顔を近づけ、呼びかけを再開する。
「銀、おい銀!俺だ、郁人だ。わかるか。……くそ、どうなってんだコレは。銀!目を覚ませ!」
「……っ」
 銀がうっすらと目を開けた。何度か瞬きし、くぐもった声で
「……いく……おれ……ここは……」
 銀はまだ朦朧としている様子だ。僕は、千葉の工場の火災のこと、爆発のこと、銀が行方不明になっていることを話した。しばらくすると、銀はゆっくり話し出した。
「……爆発は……覚えてる。……そっからずっと……夢を、みてた」
「夢?」
「……お前と、よく遊んだ……原っぱが……俺は……ガキの頃の俺たち……色んな人達を……見てるんだ、ずっと」
「……」
「……気分が、良かった……ヒト以外の生き物は……あんな風なのかな……周りの空気と同じになった、みたいな……」
「逝上さんは同化って言ってた。お前、ヒト以外のモノになりかけてるんじゃ」
「……ダメか、な……」
「駄目!なあ戻ってくれよ、銀。俺は……俺、仕事辞めるわ。お前が言ってたこと、やっと分かった。武器以外のモノを作るよ。……俺は、お前に人でいて欲しい」
「逝上……本当に、叔父さん……」

 隙間にまた、逝上さんが現れた。後ろにもうひとり、人間の形をした岩の塊のようなモノがいて、僕はギョッとする。岩人間の頭には、赤い糸のようなものがグルリと巻かれている。
「助っ人を作って来ました。ちょっと荒っぽいっすよ」
 逝上さんと岩人間は場所を変わった。岩人間がガシ!と、僕と銀が中に居る“何か”を掴んだ感じがある。
 ミシミシビキビキ……凄まじい木の裂ける音がして、“何か”が激しく震える。木の粉がパラパラと上から降りそそぎ、僕と銀に降り積もる。

 バキバキバキ!と盛大に音を立てながら、岩人間は”何か”を景気良くむしり取っている様子だ。隙間は忽ち広がり、僕の頭が外気に触れた。岩人間はスピードを落とし、慎重に僕の周りの根っこを剥いでゆく。
 ベリベリ、と派手に破片を撒き散らして、僕の上半身までが自由になった。下を見ると、身体を覆うように、幾重にも太い根っこが巻きついている。銀に至っては、右手の先と顔の上半分以外、隙間なく根っこに覆われていて、既に下半身は木になっているんじゃないかと、僕は心配になった。
 僕は、ようやく隙間から両足を抜き、木屑塗れになってそこから這い出した。見ると、太くうねった見事な根に支えられた巨木だ。小さな枝が周りに生えていて、葉っぱの形から銀杏だと分かった。

 僕は銀に向き直った。巻き付いていた枝を剥ぎ取られて、顔と、防火服を着たままの上半身が現れる。戒めが解けてゆくにつれ、虚ろだった銀の目つきが鋭さを取り戻してゆく。
 防火服のズボンを履いた下半身が現れて、僕は胸を撫で下ろした。銀は逝上さんをガン見して
「うわマジだ……叔父さん、若っか!」
と、笑った。逝上さんは苦笑する。
「義兄さんにそっくり。妙な感じっスねえ。ちなみにアンタの知ってる俺ってどんな感じ?」
「もっと年季と貫禄ついた感じ。けど飄々とした雰囲気は変わってない。母さんの言ってた意味がちょっと分かった。確かに怪しげだよなあ……けど、お陰で助かったのかな、ありがとう」
「どういたしまして」

 銀は根っこの隙間から這い出した。立ち上がり、身体についた木屑を払う。逝上さんは
「はいはい、おつかれさん」
と、岩人間の頭の糸をひょいと外した。とたんに岩人間はバラバラの石になって、その場に小さな山を作った。
「未神さん。お守り、まだあります?」
 言われて僕はポケットを探り、お守り板を取り出した。銀が目を丸くする。
「それ……」
 逝上さんは手を伸ばしてヒョッとそれを掴み、僕と銀が這い出した後の、巨大な穴が開いた切り株の中に投げ入れた。そして懐から真新しいお守り板を取り出して、銀に渡す。
「銀杏に随分と気に入られてたみたいだから、念の為、身代わりを残しておきましょ。未神さんを中に引っ張ったのはアンタっすね」
 銀はギョッとした様子で
「え?そうなの?!」と言い、気まずそうに僕を見て言った。
「んー何か、ごめん?」
 僕は何と言っていいか分からず、曖昧に笑った。

 逝上さんは手をパチンと叩いた。
「さーのんびりしてる暇はないっス。急ぎましょ。俺とアンタ達は」と、僕達を見て「本来なら一緒に存在できない筈なんすよ。マヨヒガのある異界とはいえ、こうしているだけで、時空に悪影響があるかも。二人は未神さんの来た道を戻って下さい。目印をつけておいたんで」
 と、せかせかした調子で僕らを行かせようとする。銀は慌てて
「ちょっと叔父さん!ひとつだけ。何で爆発の後、俺はここに?」
 逝上さんは一瞬、口を閉じ、また開いた。

「憶測だけど。アンタが産まれた時に落雷があった銀杏は、この異界の銀杏と半分重なって存在してるんだと思うっス。アンタは向こうの銀杏に気に入られてて、その繋がりでコッチに引っ張られて助かったけど、銀杏はそのまま取り込むつもりだったんだろうね。

 けど、アンタの意識が全部同化する前に、未神さんがお守りを持った状態で、偶然、モノノケ道のポイントに入った。夏の時期はポイントが突然、どっかに出現したりする。駅のトイレの個室がポイントになってたんすね。

 銀杏はお守りに反応し、アンタは未神さんに反応した。二つの意思が重なって、マヨヒガの神を一時的に乗っ取ったのかも。ついでに俺もお守りを持ってたし、血縁もあったから、モノノケ道から時空を超えてこっちに引っ張られた。……そんなトコじゃないっすかね……OK?」

 銀はちょっとの間、沈黙してから、軽く息をついた。
「OK、ではないけど。……わかった。叔父さん、あんまり危ない事しないでくれよ。母さんも爺ちゃんも心配してる」
 逝上さんは困ったように笑った。
「これが俺の在り方。なるようにしかならないモンっす。ほら、あそこ。……糸が見えるでしょ。あれを辿って下さい。細いんで慎重にね。ほんじゃっ」
 逝上さんは片手を上げて挨拶すると、素早く森の中を駆け去っていった。

 僕たちは顔を見合わせた。銀はニヤリと笑った。
「じゃ、行きますか」
 逝上さんに示された糸は、蜘蛛の糸のようだった。森は来た時に比べると薄明るくなっている。夜明けが近いのかもしれない。
 蒼いもやが漂う薄闇の中、細く儚げな糸は、ぼんやりと銀色の輝きを放っている。糸は木から木へと渡されていた。僕らは糸に触れないよう注意しながら、それを辿ってゆく。

 しばらく歩くと、森の中に、唐突に黄色い扉だけが立っている所まで来た。縦に細長い扉はよく見ると、地面から数センチ浮いている。ドアの取っ手部分は、公衆トイレの鍵になっている。
「トイレのドアってこれだよな?」
 銀はドアの周りを一周して、僕に聞いてきた。見たところ、ドアの向こうには何もない。
「だろうね……トイレのドアのデザインなんていちいち覚えてないけどさ。“リアルどこでもドア”だな」
 僕は銀の腕を掴むと、ドアの金具をスライドさせて、ドアを開けた。不思議な事に、そこに闇が現れた。僕と銀はゆっくりとそこに足を踏み入れ……


 ……次の足を踏み出した。トイレの手洗い場が目に飛び込んできた。個室から男が二人──しかも片方は消防士──出てきたのを見て、居合わせたスーツの男性がギョッとしている。

 僕と銀はトイレの外に出た。朝の通勤ラッシュ時の駅内はサラリーマンで溢れているが、皆、一様に銀と僕を見て驚いている。無理もない。銀も僕も、災害現場から今しがた逃げてきたように、擦り傷と泥に塗れているのだから。駅員が僕らを見咎め、慌てて駆け寄って来る。
「どうしたんですか?近くで火事ですか?」
 銀はガシガシと頭をかくと、困惑のため息をついた。僕はスマホと財布の入った鞄を置いてきた事を思い出して気分が急降下する。
 ポケットを探ると紙の感触。引っ張り出すと、買ったまま忘れていた宝くじが一枚、折り畳まれて出てきた。逝上さんの声が蘇る。
(そう。お宝とか)


 逝上は二十センチ程の小さな釣竿を手に持ち、それをかざして森を歩いている。釣竿から糸が三本ぶら下がり、それぞれの糸の先には青く光る烏瓜(からすうり)が付いていて、足元を蒼く照らしている。

 突然、肩にカラスが舞い降りた。足が三本あり、そのうちの一本に赤い輪が嵌っている。逝上はチラッと鳥を見て言った。
「狗蜘蛛(いぬぐも)を連れてきたのは上出来。色々助かった」
 カラスはカア、と鳴いてから
「ホウシュウ ハ ギュウニク ナマ」
「生の牛肉?」
「マツザカギュウ」
「はあ?……どこで覚えたん、んな言葉」
「コーべギュー」
「はいはい、牛肉ね」
 肉はアメリカ産にしよう、と内心、考えながら、そのまま歩き続ける。周囲はかなり明るくなり、足元を揺蕩う朝靄の中、下草の間に咲く小さな花の色も見えた。既にモノノケ道に入っているようだ。烏瓜の輝きが強くなる。
 カラスは肩から飛び立つと、逝上の少し先の枝に飛び移った。逝上がそこまでゆくと、また少し先の枝に飛び移る。
 カラスの案内で道を辿るうちに、森が途切れるところまで来た。明るい光の中に一歩、踏み出す。

 目の前には、早朝の田園が青々と広がっている。既に気温は上がり始めていて、逝上は額の汗を拭った。今日も暑くなりそうだ。あれからどれだけ時間が経っているだろうか。烏瓜を懐に仕舞い込む。カラスは飛び立ち、ねぐらの森へと飛び去ってゆく。

 逝上は歩き慣れた田舎道を歩いて、ちょうど開店したパン屋に入り、顔馴染みの店員と言葉を交わしながらパンを求めた。三日の時間が過ぎていた。パンを齧りながら、歩みを再開する。

 逝上の住居は寺に隣接した大きな平屋だ。現在は父親と二人で寺の住職を務めている。逝上があちこちで気ままに仕事できるのも、父親がここで寺の運営を担っているのが大きかった。
 その父親は、確か町内会の温泉旅行に出ている筈だ。冷蔵庫の扉にマグネットで書き置きが留めてある。
『十日の夕方に戻る。十一日のスケジュール要確認。電話応対。本堂の掃除。冷蔵庫のゼリーは客用食うな』
 彼はシャワーを浴びて着替え、自室の布団に倒れ込んだ。

「呼ばれる」
 耳元でごく小さな声がする。逝上は目を覚ました。既に夕方になっている。今日は運良く、一日中電話は無かったらしい。
「呼ばれる」
 また声がした。目の隅に、小さなトカゲのようなモノが素早く逃げていくのがうつる。
スマホが鳴り出した。表示は姉からだ。
『もう!晃、どこ行ってたん。何日か帰らない時は連絡してって言ってるっしょ。父さん明日まで居ないんだよね?晩御飯作るから食べに来な』
 一方的に捲し立てて通話は切れた。姉は嫁に行ってからも、自分と父の事を気にかけて、こうして世話を焼いてくる。面倒だなとも思うが、腹の具合に思い至り、ありがたくご相伴に預かることにした。

 姉夫婦は隣町に住み、トマト農園を営んでいる。日が沈む頃合いに訪ねると、義兄はまだ帰宅前だった。姉は弟の顔を見るなり
「ちらし寿司にしたから、手伝って!」
と言い放った。

 逝上は手を洗い、台所に戻る途中で居間に寄った。ベビーベッドの上で赤ん坊の銀が眠っている。覗き込むと、銀はぱっちりと目を開けた。目が合う。
 逝上は人差し指で幼児の手にそっと触れた。銀はそれを小さな手でギュッと握った。逝上の、死者を見慣れた眼には、赤ん坊は生命力の塊、明るく燃え盛る焔のように映った。

 異界で見た、逞しい消防士の顔を思い出してみる。二十九年後には、この赤ん坊がああなるのか……。 
「ま、なるようにしからならねぇよ。なあ」
 逝上はうっすら微笑み、半ばひとりごとのように話しかけた。赤子の手は柔らかく熱く、握る力はなかなかに強かった。



(結・後編/完)


☆    ☆    ☆    ☆    ☆

「起承転結プロジェクトPart2」
お楽しみ頂けましたでしょうかー?長くなっちゃってすみません。しかし、思いもかけないところに着地しましたねー。主にあんこ様のせいですねー。【転】で時空の旅人ネタをブッ込んできたのあんこ様なんで(笑)

あんこ&カラス第二弾、これにて完結!!
で、ごさいます〜

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