見出し画像

ホワイトスノー・ホワイトストーン・ホワイトデス B・Part #パルプアドベントカレンダー2023

「納得いかーんッ!」

ジョッキビールをあおったレオは開口一番、そう言い放った。
彼の憤懣も当然といえるだろう。何せ楽しみにしていたサウナ浴で完全に脈絡のないデスサウナ・モンスターに襲われたのだから。なにもサウナに限らず、楽しみにしていた物に水をさされるのは誰だって腹が立つ。イカリングでも、ショートケーキのイチゴでもそうだ。

「さっきのデスサウナか」
「そうだよ、それ!だってさあれ、全然前振りとか伏線とかなかったじゃんか!あんなの許されるの!?」
「俺たちの人生はフィクションじゃないからな、まるで前振りのない災難に襲われることもある……かもしれない。リアルとリアリティは違うってやつさ。とはいえ」

レイヴンはお猪口を奥ゆかしく傾けたのち、目の前で煮え立つ牡丹鍋を取り分けたのち、自身の分をつついた。熊肉のほうは後日の提供、だそうである。
十分に火が通ったイノシシ肉をほおばると、牧場で丹念に育てられた豚とはまた異なる引き締まった赤身肉に、野趣あふれる油の香りが鼻腔へと抜ける。野生動物の味は食性と仕留めた時の血抜きの丁寧さで大きく変わるといわれるが、このイノシシはどちらも良かったことが伺えた。

「単に前兆がなかっただけで、まったく因果関係がないってわけでもないかもしれん」
「というと?」
「ここは宿泊施設だ、たまたまとはいえ、あのデスサウナのトリガーになるような何かとバッティングした可能性もある」
「じゃあ少し、ありえるパターンを考えてみるか。まずはここの亭主が犯人って線だけど、それは薄いと思う」
「もしそうだったらこの牡丹鍋も美味しく食べてるどころじゃないからな」
「そうそう。この雪中楼は50年前からある古い温泉宿だけど、実は3年前にリニューアルしていて、今オレ達が泊まっているのはそのリニューアルした施設だけど」
「動機はさておき、デスサウナが仕込まれるとしたらその3年前の改築時の可能性が高いな」
「ああ。でも3年前から週一で犠牲者が出ているとしたら、3年で150人は襲われていることになる。同じリゾート地で150人も行方不明者が出ていたら、さすがに都市伝説じゃすまないと思う。50年前からだったらなおさらだ」
「仮にリゾート地全体が警察込みでグルだったとしても、このインターネット時代でまったく外部に悟らせないのも難しいと考えられるしな。誰かがここに来ている履歴を残して行方不明になれば、どうしたって付き合いがあった周囲は不審に思う」
「そういうこと」

言葉を切って、双方牡丹鍋をかきこむ。上等な冬野菜の甘味がジビエのしっかりとした肉の味わいと合わさって絶品である。普段であれば、このような特別な食事に際して考え事をするなど無粋というものだが、今回はデスサウナ奇襲の原因が不明瞭なのもあって、二人の思考はそちらに引っ張られていた。
 
「次、一番有力な線。オレ達と同日に泊まっている宿泊客に犯人がいる、ないし原因となった物品が持ち込まれている」
「同感だ、狙ってかたまたまか、どちらにせよ宿泊客のいずれかに原因があるなら、ここのご亭主がデスサウナのことなんて知りもしないことにも合点がいく」
「でも問題は動機かな……さすがに暗殺されるほどの恨みは買ってない、と思いたい。たぶん」
「そりゃそうだ。それに、無防備になる浴室での急襲ってアイデアは悪くないが、いかんせんあれは派手にすぎる。そもそも、俺達が今日この日にここに泊まるって知っている奴は、あの日バーメキシコに居た連中くらいだろう」
「そうなんだ、別に当日になるまでSNSでつぶやいたりしてないし、それにライバル減らすために暗殺~なんてオレ達の間では定番のジョークで、本気でやる奴がいるとも思えないし」
「ハッハッハ、その通り。一応あの場にいたメンツを振り返ってみても、デスサウナにつながるタイプのスキル持ちもいなかったはずだ。どちらにせよ、その線も優先度下げていいだろう」
「じゃあ行きずりだけど何かオレ達に殺す動機がある宿泊客がいるってことになるけど」
「そこなんだよな、その場合に考えられるのは、俺達が持っている物品に殺して奪うほどの何かがあるってことだが……宿泊セットと執筆セット以外に何か持ってきているか?」

レイヴンの問いかけに、レオはたてがみを揺らして首を傾げた。ふわふわとした毛並みが思案にくれる。

「いや……あとはスマホとTCGのデッキくらい。メインとサブ、あとはカードライブラリも持ってきたけど、オレのデッキはそんな超高額のカードは入れてなくて、全部ひっくるめても数万いくかどうかってとこ」
「決してはした金ではないにせよ、殺人のリスクをおかしてまで手に入れるものか、と言われると疑問符が付く。有名なパワーナインならまだわかるが」
「パワーナイン、知ってるのか?」
「そりゃ、有名だからな。ゲーム黎明期に制作側もカードのパワーバランスよくわかってなくて出してしまったバランスブレイカー。初期の発行数の少なさと芸術性、そして強すぎて再販されることもない希少性から市場価格はうなぎのぼりの最レアカード群。合ってるか?」
「だいたい合ってる。もっとも、本当に強すぎて制限されているから投入できるルールも限られるか、そもそも使えない。今となってはコレクターアイテムって立場が強いカードだよ」
「フムン。TCGの事情はイマイチよくわからないが、理解した。こちらの所持品もせいぜいが電子書籍と自衛用の装備くらいで、強盗殺人に見合うようなものはない、な。俺達の視点では」

しばしの沈黙、のち鍋をつまむ。推理にかまけて煮えすぎてしまうのは本末転倒というものであろう。

「俺達の視点では?」
「一般的な価値観では不当に見えても、犯人の立場と当人の価値観次第では殺して奪う価値があるかもしれない。例えば、原稿とか」
「原稿、ねぇ。オレデジタル派なんだけど」
「俺もデジタル&クラウド保存併用だ、紙の束じゃないから殺して奪うってわけにはいかないな」

肩をすくめるレイヴン。

「これ以上は判断材料が足りないとして、残りの線は……あのデスサウナが本当にたまたま俺達が入ったタイミングで待ち構えていた通りすがりのサウナモンスターで、特に誰も関係してない事故って線。しょうじきすごい納得はいかないけど」
「世の中、意外とありえないと思うような奇跡的な事故も起きはする。とはいえ、その線と判断するのは、あらかた調査してからにしよう」
「調査というと?」
「この雪山だ、犯人は数日なら雪中泊も不可能ではないだろうが、どちらかというと何食わぬ顔でここに宿泊している可能性が高い。そのほうが俺達の動向も探りやすいしな。というわけで、食い切ったらロビーに戻って他の宿泊客を観察しよう」
「了解だ」

ーーーーーーーー

「いないね」
「うむ」

食事を済ませたのち、ロビーに戻って何食わぬ顔でTCGの対戦をしているかのように振る舞う二人の視線には、自分たち以外は無人のロビーが寒々しく存在するばかりである。

「まあ、年の瀬から年始年末の谷間、しかも平日とくれば宿泊するには中途半端な時期ではあるが……」
「ということはやっぱり、あのデスサウナは通りすがりの野良デスサウナ……?」
「一通りの可能性をつぶしたあとでなら、そうなる」
「いやだ……何か因果関係あってくれ頼む……」

レオの祈りが天に通じたか、その時二階につながる階段から、足音が響いてきた。
彼は顔を上げたのち、ネコ科の表情筋でも一目でわかるほどうんざりした表情を見せた。下りてきた宿泊客はカップルだったのである。

男性の方は一目見て心配になるほどよく肥えた人物で、いかにも不健康そうな肉体をゆすりながら上機嫌に振る舞っている。隣の女性はこげ茶色の髪をポニーテールにまとめた中背中肉で、どちらもこの旅館提供の浴衣を羽織っている。

男性の顔は赤く紅潮しており、足取りもややおぼつかなくはた目にも泥酔しているのが見て取れた。一方で女性のほうは平静で、歩調もしっかりとしたものだった。

階段の半ばほどで、こちら二人がTCGのデッキを広げているのに気づいた男性の方がドスドスとでも形容するのがふさわしい足音を立てて近寄ってくる。ワンテンポ遅れてついてくる女性。

「どうもこんばんは、あなた方も宿泊客で?」
「ええ、今は食事も温泉も済みまして、のんびり過ごしているところです」
「それは奇遇ですねぇ、私達もこの日程でしか宿泊が取れなくて。ところであなた方もTCGをおやりに?」

男性の言葉が続いている間に、レイヴンはレオの方へ視線を流した。
どうもシチュエーションがよくないのか、普段ならこのくらい笑顔で対応できるはずの彼が懊悩しているのを確認すると、レイヴンが引き続き男性を応対する。

「はい、もっとも自分は最近復帰したばかりでして、お詳しいのでしたら是非お時間ある時にでもご教授いただければ」
「ええ、ええ!なんでも聞いてください。私もそこまで強いプレイヤーではないのですが、せっかくですので少し珍しいものをお見せしましょう」

男はそういって、浴衣姿にもかかわらず厳重なつくりの革製カードケースを取り出した。それは定期入れのような一枚のカードを重点的に保護するためのケースであり、通常のカードを保護するスリーブやデッキケースなどと一線を画す代物であることがレイヴンにも理解できた。

そしてケースの中には、煌びやかなキラ加工のいかにもなレアカード。しかしその絵柄は華やかな印刷に似つかわしくない、人骨が折り重なった不吉な室内を描いた代物。レイヴンが怪訝な顔をする後ろで、そのカードを見たレオは思わず声をあげた。

「『万骨の伽藍』……!実物を見るのは初めてだけど、実在したのか……」
「おおっと、そちらのライオンの方はご存じなんですね。初期のころに少数印刷されたきりで数も出ず、半ば都市伝説のように扱われているこのカードを」
「WEBで稀に取引履歴が付くのは見たことあるけど、それすら見る機会がない本物のレアの一、ま、い……」

最初こそレアカードの実物を見た興奮であがっていたテンションが、みるみるうちにしぼむのを見れば、レイヴンはそれとなく会話を引き継ぐ。

「これは珍しいものをどうもありがとうございます。最近復帰したばかりですと、もう過去のレアカードの実物を見る機会も限られるものでして」
「そうでしょう、そうでしょう、話題の一助になれば幸いですとも。それでは、相方を待たせてしまっているのでまた後程」

男性はそれで満足したのか、ロビーの片隅に併設された貴重品金庫に件のカードをしまい込むと、会話の間ずっと黙していた恋人を伴って温泉につながる通路へと去っていった。

「ああ~……」

まるで使い古されたぬいぐるみめいてシオシオになっているレオ。

「そんなに気になる?」
「だってさ~……同じTCGプレイヤーなのにあっちはカップルで温泉旅行でレアカードまで持ってるんだよ?すっげー負けた気がしてさぁ。そういうレイヴンは気になんないの?」
「気にしてたら、今頃渋谷でナンパでもしてるだろうな」
「そっか、確かにそうだ」
「まあ、異性のパートナーについては俺からアドバイスできることはないな。ちゃんとした妻帯者に聞いた方がいい」
「聞いてもぜーんぜん参考になる気がしない」
「まあな」

慰めている間にも、刻一刻と時間が過ぎるものの、他の宿泊客の姿はこれっぽっちも見える気配もない。

「あのカードは高いのか?聞いたおぼえがないが」
「『万骨の伽藍』ね。マイナーなカードだけど高いよ。絵柄が不気味なのと出た時点での評価が低かったせいで市場在庫は少ないけど。でもあのカード、ちょっといわくつきでさ」
「いわくつき?」
「なんでも、手に入れたプレイヤーは数日から数か月の内に死んで、市場に放出されるんだとか」
「フーム……一般的に印刷されたカードでそれは、いくらなんでも死者数がとんでもないことになりそうだが」
「オレもそうおもう。でも事実かなんなのか、妙に高くてさ。あのFoilも確か100万はするんじゃないかな?」
「100万ねぇ。芸術品の市場価格原理は摩訶不思議だが、何より札束常時身に着けて持ち歩いているような物で、小市民な俺は落ち着かないな」
「わかる。オレもデッキに入れるのは精々数千円のにしたい」

二人は小市民感覚を共有し、苦笑しあった。

「しかし、あのペアも特段俺達のことを知っているわけではなかったし、他の宿泊客がいる様子もない。これはひょっとしてひょっとするのか?」
「うえー勘弁してほしいなぁ」
「まあまあ、まだ一組目さ。他に宿泊客がいないとも限らないし」
「それなんだけど、入浴時間の枠を聞いてみれば、他の宿泊客の有無を亭主から聞き出せないかな」
「それだ!完全に失念していたよ」
「いやあそろそろ食った分も落ち着いたしいいサウナだったから入り直したいなぁってのも」
「それはいいが、じゅうじゅう気をつけろよ?第二第三のデスサウナが出てこないとも限らない」
「流石にあれが最後だと思いたいけど、そこは気をつける。とにかく、亭主に聞いてみよう」

気がついたが早いか、立ち上がっては宿の主人を探す二人。そう広くもない宿とあって、すぐに見つかる。

「やあご亭主、もう一度入浴したいんだけど、温泉の入浴枠は空いているかな?」
「ええ、今確認します。ちょっとまってくださいね……ええ、今の男性風呂は先程入られた方一名のみとなっておりまして、後一人お入りいただけます」
「後一名ね……気が向けば俺も入りたいんだが、この後のスケジュールはどうなっているかお伺いしても?」
「この後は今のところ全て空きとなっております。いかんせん平日でしょう?クリスマスと年越しを目前にした平日なもんで、お客様といえば今日は貴方がたを含めて二組だけですよ。いやあもっと繁盛させたいものですが、自分の力不足でして」

亭主の言葉に、ほんの僅かに眉を曲げるも表情にはおくびにも出さず笑顔で返す。

「いえ、いい宿ですとも。きっとこちらのサウナライター殿が客を呼び込んでくれますよ」
「ははは、力不足ですが少しでもお役に立てるよう頑張ります」
「そうしていただけると実に助かります、先程お伝えしました通り、この後はずっと空いておりますので利用枠の登録さえしていただければいつでもご自由にお入りいただいて構いません」
「ありがとうございます」

促されるままに、亭主から差し出されたタブレットに入力を行うレオ。
両者とも怪訝な感情などこれっぽっちも表に出さないままにロビーラウンジへと戻る。

「まいったな、俺達以外にはあのカップルだけとは。情報が増えた結果返って判断しにくくなったな」
「オレもあの二人には完全に初対面だし、もしやオレ達の断筆を狙うパルプ・アサシンが本当に雪原に潜んでいて……とか」
「仮にそうだとすれば、次に仕掛けてくるのは今夜俺達が寝静まったタイミングでの夜襲が考えられるが、あるいはレオが一人で入浴しているときに襲ってくる可能性もなくもない」
「望むところだ、さっきは完全に無害なサウナだと思って装備がなかったから遅れを取ったが、心構えさえできていれば迎えうてる」
「あえて虎子を狙うかね、オーケー。であれば俺のナイフを持っていけ、装備は他にも持ってきているし、スリーブに入れただけのカードを浴室に持ち込みたくないだろう?」
「それはまあ、そう。その通り。他に入浴客がいないなら、デッキは更衣室に忍ばせて、すぐ取りに戻れるようにする。なにかあればすぐ呼びかけるから、レイヴンはいつでも駆けつけられるように外で待機していてくれ」
「了解だ、幸運を祈る」

拳を突き合わせ、レイヴンは意気揚々とサウナへ向かうレオの後ろ姿を見送る。

ーーーーーーー

「レイヴン!ちょっと来てくれ!」

見送ってから数分、良い覚ましにミネラルウォーターを傾けていたレイヴンへ、救援の声が届いた。
迷わず立ち上がると、黒い影を伴った色付きの風となって浴室、その手前の更衣室へと向かう。

「無事か!」
「オレは無事、なんだけどこっちのオッサンが浴室で倒れてて……重いのなんの!手を貸してくれ」
「わかった」

なんとか一人で更衣室まで、宿泊客の男……これがいざ持ち上げようとすると見た目以上にボリュームがあり、持ち上がりにくい巨漢をなんとか持ち上げてロビーラウンジまで運び、ソファーに横たえる。極寒の露天風呂で昏倒したとなれば、一刻の猶予もない。

「頭部を含めて目立つ外傷はなし……倒れ方が良かったな、運が良い」
「症状を見るに、ヒートショックに脱水症状と低血糖を併発しているんじゃないかと」
「さすがサウナマン、入浴時に発症しそうな不調を抑えてる。まずは俺達で応急処置をしよう」
「了解!」

ーーーーーーー

「それでは、こちらの方は我々救急隊でお預かりいたします」
「よろしくお願いいたします」

吹雪の中、荒天を物ともせず四脚人型救急機がその特徴的な四脚を飛行機めいて折りたたませ、猛スピードで飛び離れていく。
発見が早かったことと適切な応急処置が幸いし、発見された男性は一命をとりとめて病院へ搬送されていった。

「お二人共、本当にありがとうございます。もし発見が遅かったら、当施設はじまっていらいの死亡事故になってしまうところでした……」
「いえ、緊急事態なので当然のことをしたまでです」
「ええ、その通り。それにこう言っちゃなんですけど、彼は泥酔していましたし、あの体型とあっては入浴で体調不良を生じるのも必然といったところで、ご主人がお気にされることはないと思います」
「そういっていただけると幸いです、ですが、起きてしまったのは事実なので最低限なんからの注意喚起は行いたいところですね……」
「こちらでも、記事を記載するときに注意喚起を載せておきますね」
「重ね重ね、ありがとうございます」

会釈して業務に戻る宿の主人と別れ、二人はどちらからともなくため息をついた。

「人命救助出来たのはいいが、さて」
「そこなんだけど、アレさぁ。人為的に誘導された事故では?」
「俺もうっすらそれを考えていたんだ。確かに体調不良を起こしやすい環境ではなるが、彼の症状は明らかに複数の不摂生が重なったものだ。救急隊が来るまで、彼らのスケジュールをご亭主に聞いてみたんだ、体調不良の原因として伝えるからってな」
「どうだった?」

レイヴンは手元のスマホのスケジューラーを元に、カップルの行動を記述していく。

「まず、朝の9時にここにチェックイン。荷物を置いたら、近隣のスキー場へすぐにスノースポーツに向かって、夕方の16時に戻ってきた。そして17時に部屋で用意された夕食をとった後、18時半ごろに一階に降りてきて、俺達と対面。そのまま入浴となった」
「普通の……うう、普通のデートスケジュールに見える、これだけなら」
「まあな、表面上はただのスノースポーツだ。そこでご亭主には合わせて聞いたんだよ。彼らに今日、スポーツドリンクやミネラルウォーター、その他水分補給になるドリンクをもっていったかと」
「ビールやアルコール類しか注文されなかったんだな?」
「その通り。細かい注文はすべて女性側でオーダー、付け加えると、宿の予約を入れたのも夕食の献立について相談したのも女性側だそうだ」
「それも、話だけ聞くなら女性の方が率先してデート旅行の準備をしたように思えるけど」
「話だけなら、な。でも、そこまで甲斐甲斐しくセッティングするような人間が、彼氏が倒れてるのに姿も声もしないってのは少々おかしい。レオの声は外の俺にまで届いたし、男湯と女湯はここは併設だ。仮に騒動に気づかなかったとして、外に出て様子を確認しないにも時間が経ちすぎている」
「つまり、これは状況と入浴に至るまでの体調管理をコントロールすることによってヒートショックを誘発させた誘導型殺人、?」
「具体的な証拠に欠けるが、意図的な行為なら未必の故意として有罪になることもあるかもな。事故として処理されなければだが……デスサウナだけでも面倒なのに、どうも今日は二人そろって厄日のようだ」
「しかし、もしそうだとしても、動機は?」
「それはまあ、おそらくアレだろう」

レイヴンは、持ち主が搬送されたためにロックされたままになっている貴重品ロッカーを指した。

「趣味にいくら使うかは個人の自由だが、結婚前のパートナーが100万もカード一枚に費やして、周囲に見せびらかして回っているというのはいい気分ではないだろう」
「ふむぅ……でもそれで別れるんじゃなくて事故死に誘導なんてねぇ」
「ストレスが溜まっていると、脳の認知機能も下がって、とんでもない行動をとってしまうのはままあることだが、まあ推論ばかりでは邪推になってしまうし、それとなく探りを入れて」

ふと、レイヴンはそこで会話を切る。レオも露天風呂行き通路の方へ振り返った。
ひた、ひた、と素足での冷え切った足音。がくりと肩を落とし、うつむいた件の女性。
どうみてもまともな状態ではないのを踏まえた上で、レイヴンは言葉を切り出した。

「ああ、今お出になられたんですね。お連れの方ですが、浴室で昏倒しまして」
「……おしや」
「はい?」
「くぅちおしぃやぁあああああ……!」

女性の変貌に、油断なくバックステップから間合いを取る二人。ばさりと髪を振り乱して顔をあげた女性の姿に思わず息をのむ。
顔はまるで腐乱死体めいて頬がこけ、つぶらな瞳があった眼孔はがらんどうの虚ろとなり、喉奥からは暗がりから響く地鳴りめいた憎悪の声が響き渡る。

「貴様!そして貴様も!余計な邪魔をしなければ穏便に奴を抹殺できたというのにいいいい!」
「そいつは悪いことしたが、率直にいって別れるために殺人は良くないぜ?」
「違う!そうではない!我は、我を刮目してみよ!」

まるで亡者となった女性は猛然と貴重品ロッカーへ駆け寄ると、あの、レアカードを収めた棚を強引に引き開けた。すると、驚くべきことに『万骨の伽藍』がひらりと宙に舞い双方の間に立ちはだかるようにとまったではないか!

それどころか、女性が倒れ伏すとあたかも冬虫夏草めいて巨大な骸骨がずるりと抜け生え、その節くれだつ骨身を広げ二人を威嚇する!

「これが、我である!この小娘ではなく!『万骨の伽藍』と名付けられし我だ!」
「おいおい、都市伝説じゃなかったのか……おっかないなあ」
「フムン、レアカードと信奉され、都市伝説を付与されたために短期間で付喪神化したか。しかし何故こんなまどろっこしい殺し方を狙う?直接殺せばいいだろう、今までもそうしてきたんじゃないか」

レイヴンの煽りに対し、骸骨は骨を揺らして笑った。

「ふ、ふ、ははははは。それが出来ればこの様な苦労はせん!我らカードの精霊たるもの、いかな邪道で入手したとはいえ主人は主人、直接手を下すことはできんのだ……」
「が、周囲の人物をそそのかしたり、闇墜ちさせることはできる、と。ご苦労なこった」
「でも、どうしてそこまでして?カード屋の棚に並ぶよりはいいような」
「キモイからだ」
『ハ?』
「キ・モ・イ・か・ら・だ!」

二人をよそに、骸骨は全身の骨をカラカラ鳴らし、憤怒のままに喚き散らす。

「あやつときたら我を枕元に置き、朝は口づけするは日中はトイレまで持ち込むは、挙句の果てには(放送規制)や(報道規制)!それどころか(プライバシー配慮規制)まで!手放す時といえば見ての通り風呂に入る時くらいよ!カードにも尊厳を!ノーモアセクハラ!」
「セクハラっつっても骨だけどな」
「だまらっしゃい!骨も元はと言えば人間!遺体の尊厳は守られてしかるべきであろう!」
「カードのお前が言うの、それ」

レオとレイヴン、それぞれの煽り返しに、骸骨……いな、『万骨の伽藍』の精霊は怒りが頂点に達したか、大仰にかぶいて見せると、辺り一帯を自身があがかれたイラストレーション同様の骨がうずたかく積まれた納骨の伽藍へと変えて見せる!

「もはや許しがたい……貴様らはじきじきに縊り殺して持ち主に見せつけてくれる……!」
「……やってみな」
「フンッ!」

大骸骨の号令一声と共に、伽藍全体が振動したかと思えば乾いた衝突音を立ててスケルトン兵が立ち上がる。手には種々のファンタジー武装を持ち、四方八方から殺到!

「レイヴン、こいつはオレがやる。さっきはあまりいいとこなかったし」
「なら、俺はタンクだな。任せてくれ」

レイヴンは柏手を打って開き、溶鉄の大鉄杭を引き出したかと思えば、まるで黙示録の蝗禍めいてうなりを上げ振り回す!仁王立ちしデッキをつかむレオの周囲を香港アクション映画周遊したかと思えば、ゴブリン殺戮ルンバのごとくスケルトン兵を貫き、砕き、なぎ倒す!

「オレのターン!『逆巻く白亜の重脚』を召喚!」

レオの宣言と共に、光をまとって絢爛なる婚礼衣装に身を包んだ長毛三尾の妖狐人が出現!

「させるものか!しねぇい!」

撃ち抜かれる大骸骨の右ストレート!だが、妖狐人とレオには届かない!眼前に立ちはだかったレイヴンの一撃に打ち払われる!

「トランプル無しじゃダメージは通らないぜ、知らなかったのか?ま、そもそもパワー不足だが」

煽り文句と共に、レイヴンは鉄杭を骸骨の手の甲に打ち付け縫い留める。使い手を離れてなお灼熱する溶鉄が骨身を焼く!そしてカードを引くレオ!

「オレのターン!ドロー!『霊道龍脈』を起動し重脚にエンチャント!そして『逆巻く白亜の重脚』の特殊効果発動!『確たる権力』をライブラリからサーチして起動!これも重脚にエンチャント!」

レオの宣言とカード起動と共に、婚礼衣装の妖狐人の尾は五尾、七尾と増え、外観はより絢爛となり輝きを増す。彼のデッキが、重脚と呼ばれた妖狐人を集中強化するタイプなのは明らかだ。

「こざかしい……!貴様らが我が領域にかかった羽虫であることを思い知るがいい!」

大骸骨の宣言と共に、天井高い伽藍の堂の壁面に詰め込まれた骨々が波打ち起き上がれば、即席の弓兵となって無数の矢雨を放つ!二人に降り注ぐ矢群!

「チィ……!」
「レイヴン!重脚の影に!」
「おう!」

 二人は矢が落ちきる寸前に、すでに成人男性二人をあっさり覆うほどに巨大化したふわふわ婚礼衣装の妖狐人の影へと滑り込む。そして、矢が、一面に降り注いだ。

「グハッハハハハハ、威勢は良かったがすでに場が整った我の敵では……何っ!?」

しかして、放たれた矢は一本たりとも妖狐人に届いてはいなかった。
彼女のまとう神気の輝きに阻まれた朽ちた矢は、全て塵芥へと分解されていく。

「オレのターン!ドロー!『地のふわふわはすべて獣』を起動!重脚にエンチャント!」

そしてレオの宣言と共に、妖狐人の尾は九尾へと達し一面を彼女の神気が満たしていく。

「『逆巻く白亜の重脚』から『万骨の伽藍』に攻撃!『万象万難を排す婚礼儀』!」
「なっ、バカな、この我がこんな、バカなアアアアアアアッ!」

レオの号令と共に、妖狐人は胸に抱いた神鏡を天高く掲げたかと思えば身にまとう神気もまた鏡へと集約、大骸骨へと照射!途方もない光量が跡形もなくすべてを灼き尽くす!

「テメーの敗因は……サーチ妨害も全体除去も入れてなかったことだぜ」
「バニラウィニーで押し通すのは、さすがに少々時代遅れだったな」

ーーーーーー

後に残されたのは、元通りのロビー・ラウンジに、被害者兼加害者の気絶した女性、そしてあの『万骨の伽藍』が一枚。

「負けた……完膚なきまでに……これで我はあのキモイ主の所有物のまま……」
「俺達に勝っても別に状況は変わらなかったと思うが……ま、飽きたら手放してくれるって、コレクターってやつは」
「ヌオオオオオオォォォン……そんなこと耐えられぬぅ……はっ、そ、そうだ。もふもふの貴様!貴様が勝者である以上、我の持ち主になる権利がある!義務もある!買収ではなく勝利で勝ち取った正当な所有者だ!どうだ?我も貴様のカードにしないか?」
「お断りします」
「な、何故だー!わ、我レアカードぞ?型落ち?知らんなぁそんなことは。高いのは正義!違うか!?」
「いや、オレ、ケモノデッキメインだし、お骨の方はちょっと……」
「そもそも、持ち主が決闘に参加していないのに持ち帰ったら窃盗だろうが」
「我は納得している!我は納得している!」
「人間様の法秩序は納得しねぇんだよ!あきらめな!」
「そんなぁぁあああ……」

さめざめと泣く?カード。
二人は少々気の毒に思わなくもなかったが、それでも所有者の了承を得ないまま持ち去れば完全に窃盗である。レアカード窃盗、ダメ絶対。そして、二人は『万骨の伽藍』の効果テキストをマジマジと見つめてあることに気が付いた。

「それにしてもこのカード、アーティファクトをクリーチャーとして扱う能力あるんだな」
「あ、なるほど。そういえば確かに。それじゃあれか、デスサウナもお前の仕業か!」
「えっ、なにそれ」
「えっ」
「えっ」
「いやマジで我は知らん……うまくいけばあのキモ主が頓死するとウキウキでおとなしくしていたからな……何もしていないぞ」
「じゃああのデスサウナは、アレ、マジで通りすがりの野良デスサウナマン……?」
「だ、誰じゃ、誰なんじゃ一体……そのデスサウナは……」

呆然と立ち尽くす二人+一枚。

その後も、レイヴンとレオの必死の調査にも関わらずデスサウナが何者かの刺客である証拠はみつからなかったのであった。

なお、レイヴンが後日オークションサイトにて『万骨の伽藍』の姿を見かけたのは、また別の話である。

【終わり】

現在は以下の作品を連載中!

弊アカウントゥーの投稿は毎日夜21時更新!
ロボットが出てきて戦うとか提供しているぞ!

#小説  #毎日Note #毎日投稿 #毎日更新 #パルプアドベントカレンダー2023 #アドベントカレンダー


ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL