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笑えるものは笑うけど憎しみまで許容はしない、あの頃はよかったとか未来でわたしが微笑んだ瞬間殴ってくれ



   職場がある街のことを「おしまいの土地」と勝手に呼んでいる。労働への憎しみが土地にまで及んでいるがための呼称なので、土地そのものへの恨みはないはずだが思い入れもない。でも職場近くの鉄板料理屋は好きだ。すこし凍らせたジョッキででてくるビールがめちゃくちゃうまいから。駅前のイタリアンも好きだ。アヒージョの具が3つまで好きにえらべるから。

   新卒のころからずっとつづいていた駅とその周辺道路の工事がやっとおわった。ぱっと見は子綺麗になった。道路のほうは、てっきり歩道を拡げてるのかとおもったら花壇なんて造っちゃって花なんかも植えちゃってる。一方で、駅構内はあいかわらず壁がうす汚れ、下水の匂いがたちこめ、剥きだしの配線が天井にびっしり通り、電車が来るたびにバカげた強風が改札口まで吹き荒れる点はまっったく改善されていない。ので、バカ風に押されて改札を抜け、花壇のカラフルなパンジーを見るたびに「取り繕ったところで性格ブスは変わんねえな」とおもう。わたしの性格も悪い。

   客層の悪い業種なのか、業種のなかでも客層が悪いのかはわからない。上司や先輩によると、ここ10年ほどでかなりマシになったらしい。店内で怒鳴る客を見るたびに これでマシかあ〜〜 と自分の知らない10年をおもって遠い目になる。
   以前、上品なやさしい先輩が、秒で終わるような要件で入店してきたあきらかに酔っ払ったがゆえの上機嫌なおっさんに「これ捨てといてくれるか」と空の缶ビールを渡されそうになったとき、にこりと笑って「向かいのコンビニにゴミ箱がありますので」と返していたのはおもしろかった。おっさんは「おっそうけえ!おおきに!」と元気に退店していった。

   わたしが「おしまいの土地」近くの病院に検査に行ったとき、付き添いで来てくれた恋人がコンビニ前の横断歩道で信号待ちをしていると、とおりがかったおっさんに「兄ちゃん、煙草1本くれんか」と言われた話もめちゃくちゃ笑った。「おれが小汚いからかな」と恋人が言うのを「いやそいつとあなたを一緒にすなよ」と真顔で否定した。労働への嫌悪が土地の人間にまで及んでいる。煙草はあげたらしい。

   出勤があまりに嫌で、なんでもいいからモチベーションをあげようとオレンジのシャドウを塗りたくり滅多にしないマスカラをしてパープルのアイラインを引いて出勤した昨日、駅に着いた瞬間に帰りたさがピークに達した。駅真横の松屋に入っていく人間を見るのがなんとなくめちゃくちゃ嫌で、顔を背けた先に花壇があった。花壇にはチューリップが咲いていた。それを見て、すこしだけ心が軽くなったことに心底むかついた。


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