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結局れいれいって何してる人なん?②

こちらの続きです。
まだ読んでない人は①を読んで何をやってるかまず知ってもらった方がいいかも。

何してたん?(職歴)

正味自分でもかなり遍歴なのでここで書いたことはあんまり役に立たないと思うし、全然意味不明だと思う。
他人の人生がなんとなーくわかる軽い読み物ぐらいにおもってもらって。

幼少期の将来の夢

何の役に立つ情報かわからないけど、小さい頃の将来の夢は野球選手でした。毎週末野球に出かける父親に連れられて自分もやりたいと感化されたけど、性別の壁や能力の差によってその考えはなくなった。
その結果、球団のオーナーになると言い出したのを覚えている。
作る人になれないなら作る人たちを買ってしまえというなんとも純粋で浅はかな発想。
その後、弁護士になったきょうだいを見て自分も高学歴になり親を喜ばせないといけないと思うようになって、国際弁護士になる!とか国連の職員になる!とか言ってた。

元々ダンサーになりたかった

中学生のころ、イギリスにいた時に人生を変える出会いがあった。
ブレイクダンスができる友達ができて一気にダンスに興味がわいた。
なんとも感化されやすい子供である。
しかしこの思いがなかなか冷めずついに芸能の世界を目指すきっかけに。
親の反対を押し切って芸能関係の学校に進学。

ダンススタジオに通ったりして色んなダンスに挑戦したけど、真剣にやっていたのはアニメーションとタップダンスぐらい。
実はあまり才能がなかった。

芸能の世界

その後ダンスのほかにモデル活動やテレビ、舞台のお芝居をしたり声優をやったり。
幅広く芸能の世界で一通りにやったけど、致命的な欠点があった。

セリフが覚えられない。

その事実に気づいてからは裏方に回るように。
脚本演出を手掛けて40人弱の劇団を運営したり、
音響照明、大道具や舞台設計などにも携わりほとんど知らないことはないと自負できるぐらいまで勉強していた。

音響さん

裏方の実績を作るために音響になる。
基本的には小屋付きといって、割り当てられた劇場に常駐するタイプのPAだった。
このおかげでK-POPの有名アーティストと友達になったり、色んなタイプの音響をやることで着実に自信はついていた。

スタント事務所

音響と同時にスタント事務所に入所した。
実は自分が書く作品は殺陣が多く、殺陣の演出を付けるなら自分も本格的にできないとだめだよねってことで殺陣師の勉強をしていた。
入所前までニコニコしていた人たちが、入所したとたん何でもかんでも理不尽に怒鳴って従える「悪しき風習」を見た途端、やべーとこにきちまったなと思った。
ここ防衛大学かと勘違いするほどに規律が厳しく、スタントの内容的には警察、軍隊、レスキュー隊の全てを総合したような訓練内容だった。

7階のビルから飛び降りたり、ラぺリング降下したり、アクロバットしたり、アクション中どさくさに紛れてガチで殴ってくる先輩がいたり。

ちなみに集合時間の一時間前集合なんだけど、一時間前は先輩が来る時間なのでさらにその一時間前に集合する二時間前集合がルールだった。
さっぱりわからん。

ロボットメーカー

小学生のころに大学生だった友人が起業をして数年経ったころに一緒にやらないかと声をかけてくれた。
自分は外国語ができることや海外生活が長いことから、主に海外法人の立ち上げから本社からのサポートまで幅広く任せてもらうことになった。
最初の海外法人はシンガポールだったため、人種、言語、文化が似ている香港をバックボーンに持っている自分にとってはとてもやりやすい環境だった。
経営を間近で学びながらそれを同時に海外法人で生かせるような経験ができたのは本当に感謝している。

またロボットにかかる製造に関しても海外絡みのため調達業務においても貿易も担当し、同時に海外輸出にかかるフォワーダーとのやりとりや税関の手配もしていた。

ロボットの性質は友人が大学で研究していたものが商品化されているようなものだったので馴染み深く、あまり機械に明るくない営業部と一緒に代理店やお客さんを巡り、フィールドエンジニアとSEみたいなポジションを同時に行っていた。

小さい会社だった分、兼業や体制の変化が目まぐるしかったけど、私が今やっているビジネスのルーツや学びはかなりこの会社で培われたものだと思うし、自分の力がどれぐらい社会に通用するか試したくなったきっかけでもある。
具体的に学びを得た社内エピソードはたまーにかけたらいいなと思ってます。

結局今やっていることに至った理由は?


・外国語が4つ以上できる。海外経験が15年以上ある。
・時間や人間関係、物事に縛られたくない。
・言われたこと淡々とこなすよりも自分なりのアイデアで計画を立てたい。
・世界を繋ぐ仕事がずっと憧れで海外貿易に興味があった。
・デジタルやハイテクが大好き。新ガジェットはすぐ買っちゃう。
・自分の能力がどれぐらい社会に貢献できるのか挑戦したい。
・地元が存在しないので定住意識がない。

上記の特徴があったことから、今の事業計画に至るようなイメージ。
独立したての頃はざっくりと「好きなことを仕事にできる。」と漠然と思っていたけど、それはとんでもない見当違いで、会社は筆頭になって誰かの良い未来を作ることが使命であり存在価値だと思う。
企業理念そのうち解説します。

あとがき

あまり詳しく自分の略歴を語ることがないので、自分の棚卸は新鮮。
たぶんインタビュー記事のなかでも一番詳細に書かれてると思う。

実はこの略歴3週間ほどかけて書いて消してを繰り返して、何度も構成を練り直していまして。
というのもここにかいてあることは本当はかきたかったことの4割ぐらいしかなくて、でもあまり長く書きすぎると1万字近くいってしまうという…。
人の歴史ってそんなにさらっとかけるモノじゃないよね。

こんな感じの人なんだな~と雰囲気つかんでもらってあとは話しかけるなりして埋めてください。笑

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