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幸福な王女 と、彼女が経た「幸福」の意味

昔かいた小説が出てきたので、だします。

オスカー・ワイルド「幸福な王子」のオマージュです。


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町の空高く、高い高い円柱の上に、幸福な王女の像が立っていました。
純金の箔がレースのように敷き詰められているドレスの上に、いくつもの宝石が星空のように散りばめられ、肌はぴかぴか、まだあどけなさの残る少女の笑みを浮かべ、こぼれんばかりに大きな目としてきらきらしたダイヤモンドがふたつはめられいました。
王女は町中の人の賞賛の的でした。


「なんて美しいんだろう、苦労なんか知らないみたいだ」
「天使みたい。多分天使みたいに、歳をとる前に死んだんだ」
「ああ、本当に幸福な人間がこの世にいるというのは嬉しいことだ。同じ世とは思えないよ……」


「実際私は幸福よ!」
幸福な王女はそんな群衆に向かって、心の中で声高に叫んでみるのでした。
「みんなが私を見てくれる、私は可愛い私は美しい私は幸福私は憧れの的! もっと私を見て! もっと、もっともっと!」


静けさに包まれたある夜。ひとりになった王女の元へ、一羽の小さなツバメが飛んできました。
「お前さんよう、王女さんよう!」
(けがらわしい)
王女の肩にとまった柄の悪そうなツバメを、王女はダイヤモンドの両目で睨みつけましたが、ツバメはまったく怯みませんでした。
「王女さまよう、幸福な王女さま、だってよう?」
「そうよ私は幸福な王女!」
「ほほうそりゃ大したこった。でも、その、『幸福』ってのは、誰のおかげなのか、考えたことがあるのかよう?」
「ハッ?」
王女は無視したかったのですが、とても暇なのでちょっと考えてみました。実際脳を使うのはすごく久しぶりな気がしました。
「そうねえ、しいて言えば、私をここに置いてくれた、それとこの高い高い円柱を造ってくれた造型師さんのお陰かもね。みんなが私を見てくれるから、私は幸せよ!」
「はあ、やれやれ。結構なこった」
ツバメはわざとらしい溜息をついたので、王女はますますイライラしました。
「何よ、私が生きていて人間の心を持っていた時から、私は幸福だったのよ。無憂宮(サン・スーシ)に住んでいて、そこには悲しみが入ることは許されなかったのよ。
昼は仲間とお庭でお菓子を食べて、夜は毎晩違うドレスを着て舞踏会三昧。お庭の周りにはとても高い塀が巡らせてあって、その塀の向こうには何があるのか、まったく見られなかったけれど、どうでもよかったわ。だって、私は見られるための存在で、見る必要なんて無いんだもの。今だって、高い円柱の上にいるのはそう。みんなに見られるため。私はけっして下を見ない。それが私の王女たるゆえんなのよ! ホーホッホッホ!」
王女は十二月の透き通った寒空に響き渡らせるように高らかに笑い上げました。
「ははん、てことは王女さんは、知らねえんだな。そのしもじもが、あんたのことをどう思ってるのか、を、よう」
「知る必要も無いけど。ただ見上げてくれれば」
「それが蔑視でも?」
「はあ?」
ツバメは王女の肩から鼻先に飛び移って、まるで両目を突かんばかりにまくしたて始めました。
「王女さん、あんたが死んでから200年。もう時代は変わった。旧王政の存在は再定義されたんだよ。つまり、あんたの歴史上の意味が。王族さまってだけで崇拝してくれたのは過去の民。キレイ! ゴージャス! と憧れてくれたのも過去の民。今の民は質素倹約を旨とする、とくらあ。王女さまのきれいなおべべも、高貴なお顔立ちも、現代の民が見れば、逆にむかついてくるってわけ。誰のお陰でおまんま食えてると思ってんだこらあ、ってな!」
そこでツバメはさっと身を翻すと、王女のドレスの裾に嘴で食らいつき、純金で出来たレースの一端をぺりっと剥がしてしまいました。
「キャー!」
「げっへっへ。少しは民に還元しやがれ! 2世紀分のツケ払ってんだ!」
純金の切れ端をがっしりと嘴にくわえたまま飛び立とうとするツバメは、去り際に決め台詞を言い放ちました。
「安心しな、目だけは狙わないでやる、目だけはな。それはお前さんが自分の恥ずかしい姿を最後まで見届けるためにだ。ぐっへっへ……」
「目だけって……」
命の次に大事なお気に入りのドレスを損なわれた怒りもさることながら、王女はそれ以上の怯えに支配され、寒さを感じないはずの金属の身体をぶるぶる震わせ続けていました。


恐ろしいことに次の日も、その次の日もツバメはやって来て、王女にいやらしいことを言ってはドレスの純金を剥がしとっていきました。王女の膝丈だったドレスはいつの間にかミニ丈に。谷間無いつるぺたの王女の胸だってだんだんとツバメの嘴によって露わにされていくのです。


ツバメは、その純金のかけらを、町の貧しい人々に配っていました。
熱を出した子供に井戸の水しかやれない、と嘆きながら夜なべするお針子、劇場支配人のために戯作を書き上げないといけないのに暖炉に薪もくべられず手がかじかんで一文字も書けない青年作家、マッチ売りの少女、聖堂で死にかけている犬を連れた少年、姉弟の幼い乞食……。
「墓に飾る金きらなんか、必要無えぜー! 生きてる者のパンが優先!」
そう叫びながらツバメが落とした純金のかけらを見つけると、皆、淀んでいた目がまるでダイヤモンドになったようにきらきらと輝きだすのでした。


王女は、連日ツバメに凌辱され、ついに一糸纏わぬあられもない姿へと貶められてしまいました。純金のドレスを穢され、土色の身体があらわになりました。でもそこだけが異様に輝くダイヤモンドの目をちかちかさせながら王女は叫ぶのでした。
「だめー! 見ないでー! 見ちゃだめー! こんなの恥ずかしいよ、なんでこうなっちゃったの、誰か助けて、怖い、見ないでー!」
鉛でかためられた身体では一切ポーズを変えることもできず、仁王立ちのまま全裸で絶叫する王女、そしてその悲鳴を聞きながら、にやにやと王女を遠くから眺めるツバメ。
しかし意外なことに、王女の傍に群がる人々はそんな侮蔑のまなざしではなく、妙に熱いまなざしを王女に投げかけているのでした。


「王女たん萌えー!」
「つるぺたつるぺた」
「けしからんですなあ!」
「プライド高そうな養女がイタズラされて公衆に視姦されるのおいしいです大変ありがとうございます」
「なにこれ新手の村おこし?」


そして皆一様にカメラを構えてぱしゃぱしゃと、あらゆる角度から舐め回すように王女の写真を撮りまくっているのでした。
「ざまあみろ! あばずれが!」
ほくそ笑むツバメに、しかしさらに意外な光景が飛び込んできました。
王女は、愉悦の表情を浮かべていたのです。
「なんか……ちょっと、いいかも……? 今まで無かったくらい熱い目で、みんなが私を見てる……? 土色の肌、みっともないと思ってたけど、私のありのままの姿、思ったより良くって……? 私のつまんないぺったりなボディライン、でもそれがいいの? 逆に? ああ、気持ちがいい、私を見て! もっともっと私を見て!!」
あまりにも高い円柱にしつえられた王女には、町の人々の言葉がよく聞き取れないのです。届くのはただ、ひりつくように熱いまなざし。


そこへ、町の市長が、役人数人をひきつれて、ものものしく登場しました。
「うむ、幸福の王女の様子がおかしいぞ。もう純金のドレスは剥がれ落ち、金ぴかでもない。一体どういうことだ」
「誰がやったんだ?!」
とりまきの役人のひとりが声を荒上げ、カメラ小僧達を威嚇しました。しかし無論誰もが俯いたまま、名乗り出る者もいません。上空で様子を伺うツバメも同じです。
「こんなみすぼらしい像を町の真ん中に置いておくことは出来ん。こいつをひっこめて、溶かして、その金属で代わりに私の像を……」
「それはいけません!」
カメラ小僧のひとりが突如声を上げました。
「この王女さまの像は芸術作品です。昔のきらびやかなお姿も良かったけれど、今の方が素直で、真に迫っていて、人間らしいんです!」
王女の像を壊されたくないカメラ小僧達は口々に弁護を始めました。
「市長、この者たちの言う通りです。昔から裸婦は芸術作品の一大モチーフですよ。それは、女性の、人間の本来の姿を真に表現するものなのです」
「ドレスの俗っぽい派手さより、こちらの方が高尚です! これは純粋芸術なのです!」
「この像を保存し末代まで残せば、市長は芸術を解する風流な為政者として、後の世まで語り継がれますよ!」
財政が逼迫し市長の像の鋳造の予算なんか出しどころがない、冗談じゃないと思っている役人達も必死に加勢します。
「ふうん、じゃあ、ま、いいけど」
市長は急に興味を失ったようにとりつくろって、その場を後にしました。


夜になり、誰もいなくなりました。ツバメさえも。
ツバメは事の始終を見届けるとさっさとエジプトに旅立ってしまったのです。この町の寒空の下で凍え死ぬのはごめんでしたから。
「ねえツバメ、私けっこういけてるんじゃない? あんたもなかなかやるわよね。まっ初めはロクでも無い奴だと思ってたけど。このヘンタイのゴロツキ! ってね。でもなんか逆にモテるようになったっていうか? どう? ねえ! ツバメ! ツバメ聞いてる?! あんた毎晩来てたのに今日に限って! もー!」
ひとりでピーピー言ってる王女の足元で突如物音がしました。
「ヒッ、何。ツバメ、今日は下から……?」
しかし現れたのはツバメではなく人間でした。ずんぐりむっくりとして、コートは着ずに布を何重にも羽織って防寒している、ぱっとしない感じの、ちょっと変なおばさんです。この高い高い円柱にはしごをかけて、わざわざ登ってきたようです。
「王女さま王女さま、市長さんは芸術作品だなんて言ってたけど、年頃の女の子だもの。恥ずかしいわよねえ。分かるわよ。だって私だって昔、そうだったんだもの。え、見えない? うふふ。さあ、これをおかけ」
おばさんは手編みと思われる暖かそうなニットのワンピースを、王女にずぼっとかぶせました。
「あらあ似合うわあ」
おばさんはしばし王女を眺めすがめつして、その後満足げにはしごを降りていきました。
「ちょっと! 何この貧乏くさい布! やめなさいよ! ツバメ! ツバメいる?! このきったない布外してよ! ツバメ! ツバメ!!!」


朝になると男達の手ですぐその手編みのワンピースは脱がされたものの、もはや表情に高貴さが失われドヤ顔で仁王立ちし続ける王女の像は、しだいに飽きられ、誰にも見向きもされなくなり、そして王女は溶かされ、新たに市長の像が立ったのでした。


(了)

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