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はずれまくった日と「次行こ、次」の話


予想外のことが起こりまくり、全然予定通りに行かなくて、笑っちゃうくらいの土曜の夜があった。

21:30
音楽関係の仕事をしている男友達から
「今日21時からの仕事が、先方のブッキングミスで飛んだ。暇になったから遊ばない?」
と連絡がある。

彼は、2時ぐらいにクラブで友人に会う予定があり、それまで眠気を飛ばしつつ時間を潰したいようだ。
私は私で、久々に夜遊びしたくなったので、二人でひとまずコーヒーを飲みに行くことにする。

日本の居酒屋文化と異なり、ベトナムはカフェ文化。
チェーン店のコーヒー屋は軒並み22時まで開いているし、ちょっと探せばもっと遅くまで営業している店もある。
私は、ホーチミンの一等地、ドンコイ通りにある店を思い出した。
ココナッツコーヒーやリキュール入りコーヒーや生クリーム乗せコーヒーなど、コーヒーのラインナップが随分豊富でメニューを見るだけでワクワクしてしまう店だ。
GoogleMapを見たところ、23時まで開いているようなので、そこへ向かう。

22:20
店に着いたら「イタリアンコーヒーは豆が切れた。今日はもうベトナムコーヒーしか出せない」と言われる(はずれ1!)
豆が切れたなんてことは無いだろうから、おそらく早く帰りたい店員がコーヒーマシンを洗ってしまったのだろう。ベトナムではよくあることだ……。

「ベトナムコーヒーなら道でも飲めるよー。ここまで来た意味無いよ-」
と思いつつ、路上価格の7倍のベトナムコーヒーを飲む。
(ちなみに、実は現地に住む外国人はあまりベトナムコーヒーを飲まない。ブラックだと苦すぎるし、練乳入りだと甘すぎるからだ)。

しっかしこれがびっくり。今まで飲んだベトナムコーヒーで一番おいしかった。(一番高くもあるのだが……)感動が「もうこれ以外は飲めないな」と粋に達してしまう。

22:50
店員が、そろそろ帰りたい雰囲気を出してきたため、察して退店。

男友達が
「せっかくの土曜の夜だから景色の良いルーフトップバーに行こう。ホーチミンのホテルの屋上はだいたいルーフトップバーだし、この界隈は高級ホテルがたくさんある」
と提案してくる。

ここから目と鼻の先にあるホテルは、東南アジア一と名高い「六ツ星」と言われるホテル・レヴェリーサイゴン。
ネットで調べたところ、ホテル内にバーもあるようなので、行ってみる。

しかし着いて確認したら、バーはあったものの、一階の屋外なのだった。
乾期の屋外は、高層階でもない限り暑い。
そして何より、ネットの情報と違い、サッカーの映像が大映しのやかましいスポーツバーになってしまっていたので、断念(はずれ2!)。

23:10
気を取り直してこれまた目と鼻の先のホテル、ミストドンコイへ。
しかしロビーに入ったところ、様子がおかしい。
受付にスタッフがいない。
レセプションにはTシャツ姿のお兄さんが座っているけど、スタッフかどうか分からない。
(ベトナムでは、休憩中の店員が店内でごろごろしていることはよくあること。しかし五つ星ホテルでは……)

このホテルは4年前にオープンしたばかりで、コロナ以前は「ホーチミン一のブティックホテル」と言われていた。
以前は接客も含めて大好きなホテルだったのに、コロナで客足が途絶えたからか、ここまで落ち込んでしまうなんて……。
お兄さんが何も言ってこないので、勝手にエレベーターに乗り最上階へ向かう。
すると、ルーフトップバーは真っ暗で、無人。
土曜の夜という一番の稼ぎ時なのに、バーを閉めているのだ(はずれ3!)。

あまりに暗くて足元がおぼつかないほどだったが、せっかく来たので泥棒気分で忍び込んでみる。
14階からの夜景と、真っ暗なプールの水を眺めながら、プールサイドチェアで一服する。
警備も施錠も無いし、お酒も何もかも出しっぱなし。
「これだったら盗み放題だね」
と言いつつ、何も盗まないで帰る。

23:30
男友達が
「すぐ近くに、画家の友人がやっている画廊がある。24時までカフェバーになってるから行こう!」
と言うので、これまた数百m移動する(男友達の提案の幅は広くて驚く)。

明かりが点いていることを確認して入ってみたら、画家はいたものの、床には画材やらゴミやらが散らばっており、とてもカフェバーとは思えない。
聞くと、明日から始まる個展の追い込み作業をやっているところで、カフェバーは閉めていた。
邪魔をしては悪いのでそそくさと去る。(はずれ4!)

しかし、そこに架かっていた出来かけの絵がとても気になった私は、翌日に再びそこを訪れ、ポスターを3枚買ってしまうほどに魅了されたのだった。

24:20
「次こそは絶対やっているところに行こう! 俺が行ったことがある23階建てのルーフトップレストランは2時まで営業してる。今フェイスブックで確認したら、今日はイベント日で2時までDJが回してる」
と彼が言うので、更に更に数百m移動。
エレベーターでビルの23階までのぼったら、がらんどうのレストランが現れた。
屋内席にも屋外席にも誰一人客がいなくて、屋外席の端っこでDJが粛々と音楽を流している。

私達がポカンと佇んでいると、店員が現れ、
「あと10分で閉める」
と言う。
2時までの予定が、客が来ないから0時半で閉めることにしたのだ。(はずれ5!)
あまりに客がいないし、せっかく23階まで登ってすぐに帰るのもしゃくだ。しかし飲み物一杯だけというにも10分は短い。
せっかくなので、レストラン内を一周し、博物館に来たような気分で高級なインテリアを眺めつつ帰った。


そんなこんなでいろんなところを巡っているうち、男友達は体調が悪くなってしまい、深夜2時からの予定もキャンセルし、そそくさと帰宅したのだった。
(慣れない濃すぎるベトナムコーヒーを飲んで腹を壊したようだった)。

この日のホーチミンは、私達が行く先々に人がおらず、まるで「誰か要人が死んで、酒を飲むのを自粛する日だったのか?」というほどだった。
しかし路上には人が溢れていたのだからそんなはずはない。本当に不思議だ。

数えたら、男友達のブッキングミスを含めたら、6件も「はずれ」が続いた日だった。でも、「はずれ」と言えない面白さもある日だった。

まず、普段は見られない光景を見られた。
泥棒気分で忍び込み、夜の屋上の景色を独り占めしたできた、ミスト・ドンコイ。

一度は来てみたい、しかし高級だしなかなか踏ん切りがつかなかった23階の高級レストランに足を踏み入れることができたし、無料だった。

無料といえば、こんなに色々見て回ったのに、お金はコーヒー一杯しか使わなかった。

更に、私よりベトナム在住歴が長い男友達から楽観を学んだ。

日本に比べ、ベトナムはドタキャンや予定変更が頻繁だし、ネットの情報が古いことも多い。
予定外のことが起きても気にせず「次行こ、次」と言って代替プランをすぐ出す彼のスタンスは、ベトナムに向いている。

日本式に予定をガッチリ組んでも、ベトナムではあまり意味がない。
「予定をガッチリ組む」というのは、地震、津波、冷害が多発し、毎年冬の越し方を計画しないと生き延びられなかった土地の人に特有の考えだ。

ベトナムは違う。
毎日いつ降るか分からないスコールが、うんざりするほどの渋滞を発生させる。しかしその雨によって果実がたわわに実り、まさに「果報は寝て待て」るほどの豊かさをもたらす。
予定通りにいかないことは日常茶飯事だし、しかし気楽に構えていれば果実はすぐに転がってくる、それが南国だ。

閉店の連チャンに出くわしても不機嫌にならず、むしろ「今日はこういう日なんだな」と思って逆に楽しめた私達は、着々とベトナム人になっている。



渋澤怜(@RayShibusawa

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