見出し画像

許せないこと



随分の間、「どうかお幸せに」と思えない人がいた。それにはいろんな理由があって、私よりも先に幸せになってもらっちゃマズイ訳じゃないけど。どうにも心の淵でいつも呪いをかけるようにしていた。それは「不幸になれ」というわけじゃなかった。けど、できれば私の痛みに気づいたり、間違った時には反省できる人になって欲しかったんだ。
こんなことを言うと私の方はとても明白みたいに聞こえるが、そんなこともない。そいつは決して悪いやつじゃなかったし私たちの間にはたったひとつ、許せないことが起きただけだ。たったひとつ、起きただけだ。
地獄のようにずるずると痛みを引きずり続ける私はとてもとても小さい人間だったのだろう。

その「許せないこと」は思い出すといつでも鼓動が速くなるような、手にしょっぱい汗をかくような悲しいことだった。あの時は、ある日とつぜん頭を殴られるような、身体中を憎悪が駆け巡るような痛みがあった。怒りで手が震えたり、言葉を失ったりした。私というやつは長いこと根に持つタイプの人間なので、本音を言うとまだ許していないのかもしれない。身体にはよく染みこんでいるし、なかったことにはならないものね。

ただ歳を重ねて、自分にも良くないところや薄汚いところや相変わらずなところがあると知って、他人にも可哀想なことや羨ましいことがちゃんとあることを知って。あとはやっぱりみんながみんな悪い人じゃなかったと思い出して。「許せないこと」はいまでも許せないのだけど、そんな怒りのかわりに「感謝」ができるようになった。私という者が少しだけ、あの時の経験に「私を傷つけてくれてありがとう」と言えるくらいまで大人になったのだと思う。

思えばそうやって怒りを感謝に変えたり、とても酷いことをされたのに思いやりを持てたり、真似できないような懐の広い人のことを私はとても尊敬する。ぽわんとして、てきとうで、自分をよく見せようと盛ったり守ったりもしない。赤ちゃんのような明るさがある人のことをみるといつも心がはっとする。自分の醜さや幼さに気がつく。きっとみんな時が経つから大人になるんだけど。ことあるごとに私もそうして明快に生きていける人生にしたい。

この記事が参加している募集

今日の振り返り

今週の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?