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「コメンテーター」奥田英朗

 奥田英朗は面白い。
 もちろん、奥田英朗「の小説」は面白い、という意味だが、トンデモ精神科医・伊良部シリーズ17年ぶり(!)の新作という本書を読んで、改めて感じたことだ。
 本書は表題作の他4編、計5編の短編で構成されており、ひとつは2007年、あとの4編は2021年~2022年の間にすべて「オール讀物」に掲載された作品である。
 奥田作品にはこの伊良部シリーズの他にも短編があり、それらはいずれもユーモアがありコミカルなテイストで楽しく読める。加えて奥田英朗の面白いところは、これらとは対照的な硬派・犯罪ものの長編小説も多くあるということだ。長編の最新作は「リバー」(2022年9月、656ページ)で、今回この2冊を続けて読んだのであるが――「リバー」も面白く読み応えがあり、一気に読み進めたのだが――、「コメンテーター」などの短編の方がより奥田英朗の真骨頂が発揮されているのではないかと思い、ここでは「コメンテーター」を取り上げることにした。
 トンデモ精神科医・伊良部一郎は、世田谷にある伊良部総合病院の神経科の医師である。ちなみに、父親が院長で、母親はユニセフの会合に出席するほどの何かしらの立場ある人のようだ。物語は、現代の生活の中でちょっと気持ちを病んでしまった人々が伊良部のもとを訪れ、そこでキテレツな診療を受けるというもので、そのやりとりが単純に笑えるものであり、かつ、実は核心をついているのでは?とも思える一面もあり、これが人気の要因だと思う。
 それぞれの患者の症状は、面白おかしく描かれているものの、多くの読者が何となく自分にも当てはまると感じそうな、絶妙のさじ加減になっている。また、シリーズ全体の主人公は精神科医・伊良部なのだが、各話単体で見ると、患者が主人公というような書き方になっているので、そうした点からも読者が患者の気持ちに共感しやすくなっているのかなとも思った。一見メチャクチャな伊良部の診療が、最終的には患者の症状を和らげるというハッピーエンドが私にとっては心地よく読めるポイントなのだが、もうひとつ重要なのは、読後に自分も何らかの治療を受けたかのようなある種の爽快感があるということかもしれない。


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