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冬眠していた春の夢 第26話 恋焦がれていたもの

 その夜、私はお風呂にも入らず、やっとの思いで着替えて、ベットに倒れ込んだ。
 ドッと疲れが出た。
 あまりにも多くの情報に触れすぎて、いっぱいいっぱいだった。
 何も考えたくない。
 もう何も思いたくない。
 そう思いながら、私は深い眠りに落ちていった。

 朝になって、母が起こしにきたけど、薄目を開けるのがやっとで、母の「今日は学校を休みなさい。学校には連絡しておくから」という言葉に微かに頷いて、私はまた目を閉じた。

 二度目の眠りは浅かった。
 あ…また…あの神社の鳥居だ…。
 夢を見ながら私は思っていた。
 …誰かが出てくる…。
 3人じゃない。1人だ。
 それに…子供じゃなく…大人だ。

 ゆっくりと近付いてくるその人の顔が認知できた時、私は小さく叫んでいた。
 「おじいちゃん!」
 祖父は笑顔だった。優しい優しい笑顔。
 大好きだった、あの優しい笑顔。
 「おじいちゃん!」
 私はもう一度呼んだ。

 祖父は両手で大事そうに何かを持っていた。
 そしてゆっくり近付いてきて、私の前に両手を差し出した。
 それは、赤いトウモロコシのような小さな実だった。
 私が受け取ろうとすると、「ダメダメ。触るとかぶれちゃうかもしれないからね」と祖父が言った。
 私は慌てて手を引っ込めて、
 「…これは何…?」と聞いた。

 「おじいちゃんは、やっと探しに来れたんだよ。やっと連れて行かれるよ。大きな楠木の根元にこの実がある。探しておくれ」

植物図鑑 植木ペディアより


 そこで目が覚めた。
 気づくと枕が濡れていた。
 自分が涙を流していることに気づいた途端、私は子供のように声を上げて泣いた。
 もういい。我慢しなくていい。何も気にしないで泣いていい。
 そう思った。
 「おじいちゃん!おじいちゃん!」

 いつの間にか母がそばにいて、私の髪を撫でていた。
 私が一番欲しかったもの。幼い頃から欲しくて欲しくて恋焦がれたもの。
 母の温もり、母の手の優しさ、頭を撫でられるということが、こんなにも自分を肯定してくれるものなのだと知らなかった。
 私は生まれてきて良かったんだ。
 私は愛されていたんだ。
 私は、この家に存在していいんだ。
 私は起き上がって母の膝に抱きついた。
 「…お母さん…」
 母は黙って私の頭を撫で続けてくれた。
 「…お母さん…」
 母の膝が、微かに揺れているのを感じた。


 第27話に続く。

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