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「ひとの役に立ちたい」という思いが湧いて来た時は(双極症)

2023.10.23の再掲・加筆です。
 家にいて何もしていないと「ひとの役に立ちたい」と思う時があります。その時に心を観察してみたら一番の感情は「さびしい」でした。
 
 以前は「ひとの役に立ちたい」は仕事やボランティアで解決すると思っていました。けれどそうではないようです。「さびしい」が解決しない限り、行動しても的はずれになる気がします。

 「さびしい」というのは、どんな時なんでしょう。その時の私の場合はこうでした。
・誰かをケアしていたのに、もうケアしなくてもよくなった
 それをもっと深く考えてみました。つまり、私は「誰か」をずっとケアしていればさびしくないわけです。自分のことを見なくて済んでラクなのです。けれど、ケアする対象がいなくなってしまったとしたら…。

 そのとき、「ずっと心配し続けている自分自身」のことを思い出すのではないかと思いました。良くならない自分のことを繰り返し思い出すし、それはとてもつらい。しかも自分のことをケアし忘れていた。誰か助けてくれないのかな。さみしい…。

通いなれた場所、慣れ親しんだ人、
なじみのある何かの元に
戻ってみることをおすすめする。

『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』クルベウ
 
 
 

 心の感情が「さみしい」だったらしばらくその感情と一緒にいて、「役に立ちたい」はちょっとだけそばにずれていてもらおうと思います。
 自分の心を見ないでいると見当違いな行動に出て、具合を悪くすることも多いです。
 色んな心の動きが渦巻いているのを見つめる時と思って医師やカウンセラーと話してみようと思います。


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