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火災の被害にあったHDDを復旧する方法

水害、地震、火事――。災害は忘れた頃にやってくる。災害でダメージを受けたハードディスク・ドライブ(HDD)からデータを復旧できるのか。「水害」「地震」「火災」の3種類の災害を想定してHDDを損傷させ、そこからデータを復旧できるか検証した。

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 その結果、水に濡らした後に2日以上乾燥させたHDDからは、総ファイル容量の約67%を救出できた。100cmの高さから落下したHDDからはすべてのデータを復旧できた。200℃で30分間加熱したHDDからは、1バイトのデータも復旧できなかった。
 検証に利用したHDDは、米Seagate TechnologyのUltra ATA対応HDDの中古品で、容量は40Gバイト。これは3年ほど前のエントリ・サーバーに搭載されていたHDDと同等のスペックである。HDD内に画像(JPEGファイル)およびPDFファイルを計4475個(768Mバイト)保存して、復旧対象のデータとした。
 HDDは「プラッタ」「磁気ヘッド」「軸受け」「制御基盤」など複数の精密部品で構成されている。HDDが被災すると、これらの精密部品が損傷する。被災したHDDからデータを復旧するには、損傷した個所を特定し、交換/修理する作業が伴うため、一般的には復旧サービスを提供している専門会社に依頼することになる。
 復旧作業は、HDDが被ったダメージの大小により内容や工数が異なる。半日程度で済む場合もあれば、3カ月以上かかることもある。「破損がひどくても、時間を多くかけるほど復旧できる容量は増える」(データ復旧検証作業を実施した http://www.adte.jp/rec/ アドバンスドテクノロジーの金田龍介氏)。今回の検証では、作業日数を最大3日間と定め、その期間内で復旧できるデータの割合を調べた。
 アドバンスドテクノロジーの場合、復旧にかかる料金は「HDDの損傷状態」と「復旧対象のファイル容量」により定まる。実験AではHDDの損傷が比較的小さかったため、復旧料金は30,000円で済む。一方、実験Dは、HDDの損傷が激しく複雑な作業工程が必要だったため、復旧料金は90,000円となる。
 専門会社に復旧作業を依頼するにしても、被災現場でユーザーがやてとくべきことや、やってはいけないことはある。以下では、検証から分かった「HDDにダメージを与えると何が壊れるのか?」「ファイルの復旧率や復旧にかかる期間はどうか?」「現場で注意すべき点は何か?」を災害別に解説する。

火災編 200℃で30分間加熱したら全滅 3日間の作業ではデータを復旧できず

 最後に、火災を想定した二つのパターンで検証した。一つは、サーバー・ルームやその周辺でボヤ程度の火災が発生したことを想定し、200℃に予熱したオーブンレンジの中でHDDを5分間加熱した(実験H)。もう一つは、サーバー・ルーム全体が火の手に包まれるような火災を想定。HDDを200℃で30分間加熱した(実験I)。
 オーブンレンジで加熱したHDDは、素手では持てないほど熱くなる。レンジからHDDを取り出した後、部屋の中に放置。約半日かけて熱を冷まし、その後、復旧作業を開始した。
 結果は(H)はすべてのデータを復旧することができたのに対し、(I)は1個のファイルも復旧できず全滅してしまった。水没や衝撃ではHDDは段階的に破損したが、熱に対しては一気に全体が損傷を受けることが分かった。以下、(H)(I)の検証結果を具体的に説明する。

(H):ICチップの全交換で100%復旧
 200℃で5分間加熱した(H)の復旧率は100%である。ただし、内部の精密部品は満身創痍の状態だった。
 カバーを外してみると、いくつかのICチップが損傷していた。「ICチップなどの半導体部品は、その製造過程で若干の水蒸気が混入しているケースがある。加熱すると水蒸気が膨張、破裂して、チップの内部が損傷する」(金田氏)という。
 制御基盤にICチップをハンダ付けで固定する際、ハンダゴテで加熱する時間は秒単位で指定されている。これも、ハンダゴテの熱により、ICチップの損傷を引き起こさないためである。ICチップ群については、内部が損傷している可能性が高いと判断。基本的にすべてのチップを交換した。
 軸受けも無傷では済まなかった。調べてみると、封入されているオイルが変質しているのが確認できた。昨今のHDDの多くは「流体軸受け方式」を採用している。検証で利用したHDDもこの方式である。流体軸受けとは、軸受けの内部にオイルなどの流体を封入することで回転軸の滑りをよくする仕組みのことだ。このほかに、金属製のボール・ベアリングで回転軸を支える「玉軸受け方式」などがある。
 一般に、オイルの粘性は温度に依存する。高温で熱すればオイルは変質する。オイルが変質すると、プラッタがスムーズに回転できなくなる恐れがある。つまり、流体軸受け方式のHDDが高熱にさらされると、軸受け部の交換も必要になる。
 磁気ヘッドも詳細に調べたところ、熱の影響を受けていた。これも交換が必要になり、ヘッドの位置情報を補正した。結局、プラッタ以外は、ほぼすべて交換したことになる。
 最後に、増幅器を使って磁気信号を増幅。バイアス・レベルおよびAGCレベルを調整して波形を整えた結果、すべてのファイルを復旧することができた。復旧作業にかかった時間は、トータルで丸3日である。
 結果としてすべてのデータを復旧することができたが、熱はHDDにとって大敵である。プラッタや磁気ヘッド、軸受け、制御基盤と、あらゆる精密部品が損傷することが確認できた。

(I):磁気信号が全く読み出せない
 一方、200℃で30分間加熱した(I) からは、たった一つのファイルさえも復旧できなかった。カバーを外すと、制御基盤上でICチップを固定しているハンダが溶融しているのが確認できた。ICチップの内部もかなり損傷していると考えられるため、すべて交換することにした。
 軸受け部もオイルの変質が激しかったため交換。同様に磁気ヘッドも交換した。作業内容は(H)で実施したものと同じである。
 しかし、データの復旧率は(H)が100%だったのに対し(I)が0%と、正反対の結果になった。(I)でデータが復旧できなかった原因は、主に二つ考えられる。
 一つは、核となるICチップが破損した可能性だ。汎用のICチップは別の部品に取り換えられるが、HDD固有の情報を格納しているICチップは代えが利かない。これが破損すると、専門会社でもデータは読み出せない。
 もう一つは、プラッタ上の磁気がほぼすべて焼失してしまった可能性だ。プラッタは磁石の性質を備えており、磁気により「1」と「0」のデータを区別して保持している。
 磁石の磁気は、一般に熱を加えると弱まる。火災の熱にさらされると、プラッタ上の磁気は失われていく。「放熱効率が悪い熱のこもったパソコンなどで、突然データが読めなくなる現象が起こる。これも同じ理由で熱により磁気が弱まったためだ」(金田氏)。
 加熱することで磁気信号が消失する度合いは、プラッタに使われている磁性体の種類によって異なるため一概には言えないが、200℃で30分も加熱した(I)の場合、プラッタ上の磁気信号がほとんど消失していても不思議ではない。
 わずかでも磁気が残ってさえいれば、増幅器で磁気信号を増幅することでデータを復旧できる可能性が残っている。ただし、磁気信号がここまで微弱だと、制御基盤上のICチップが発する通常のノイズに磁気信号が埋没してしまう。それでも「ノイズが極めて低いICチップ群をそろえればデータを復旧できる可能性は残っている。1カ月以上かけて原因や対処策を採ればデータを復旧できるかもしれない」(金田氏)。今回の検証は「3日間で作業を打ち切る」という条件で実施したため、これ以上の追及はしていない。

スプリンクラーが作動すれば水害に
 (I)は、特殊な条件下で行った実験だとも言える。実際にサーバー・ルームで火災が発生した場合は、火災警報機が作動してスプリンクラーが水を散布し始める。消防活動で放水すればサーバーは水浸しになる。つまり、火災はある意味、水害なのだ。
「以前、燃えたハードディスク・レコーダーのデータを復旧する依頼を受けたことがあるが、機器は水浸しの状態だった」(金田氏)。火災に直面したHDDは、結果的に水害時と同様の損傷を受けることになる。被災後にデータ復旧を依頼する場合には、HDDを濡れタオルでくるむなど、水害時の初期対応が必要になる点を忘れないようにしておきたい。

<参考文献>日経SYSTEMS 2007年4月号

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