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スキ@小説 南木佳士『冬物語』

 こんにちは、redbanditです。スキ@自己紹介の第6弾。今日は私の好きな作家の一人、南木佳士(なぎけいし)さんの『冬物語』(2002年初版)を紹介したいと思います。

 南木佳士さんは信州で医者をしながら小説やエッセイを書いている人です。私が初めて彼の小説を読んだのは8年くらい前のことです。大学のある駅の近くにあった古本屋で偶然手に取りました。それが今回紹介する『冬物語』です。きっと、当時の私はこのタイトルが気に入ったのでしょう。私は電車での通学のときにこの小説を読み、読後には「平凡な人生なんてないな」と考えました。それからは、book off に寄ったときなど、な行の棚をよく見るようになりました。

 一昨年、私はインド旅行中に何気なくスマートフォンをいじっていて、「読書メーター」というアプリを見つけました。そこでは読書家の人たちが読んだ本の感想を投稿していて、興味を持った私はしばらく知っている本についての感想を読んでいました。そして、『冬物語』を検索して読んでいるときに、「きれいな文章」という言葉を見つけました。それはまさに私が『冬物語』を読んだときの印象と同じで、つい嬉しくなって「きれいな文章、同感です」とコメントをしたのを覚えています。インド旅行の終盤だったので、日本語での会話に飢えていたのもあるでしょう。でも、全く同じように思っている人がいることはやはり嬉しいことでした。それからその方とは、南木佳士さんの本を読んだ感想を投稿したときなどに、コメントで会話をして交流していました。基本的にコミュニケーションが苦手な私は「読書メーター」では他の方との交流はありませんでしたが、南木佳士さんを通じてのこの方との交流は私に読書の意欲をくれるものでした。最近、私はあまり読書が出来ていないので読書メーターに投稿することもなくなりましたが、元気にされているでしょうか。

 そう、南木佳士さんは「きれいな文章を書く作家」です。美しいではなくきれい。小説やエッセイのなかで、芥川龍之介が好きであることや、大学の講義に出ないでアパートで読書をしていたという話があり、だからこんなにきれいなのかなと思っています。南木さんは医者としての自身の生き方をもとに小説を書いている人です。毎日を死と隣り合わせの環境に居続けたため、心身の調子を崩してしまった南木さんの小説やエッセイには生来の性格からでもあるのでしょうが、とても気弱な医者の姿が書かれています。ただ、私はそこに救われるというのか、癒されるというのか。とにかく、読んだ後に温かさが残るところが好きです。

 この『冬物語』は、そんな気弱な医者の日常と、非日常的な話によって綴られた12篇の短編集です。個人的には、エッセイのような小説だなと感じました。

 群馬の農村で生まれ育った南木さんは自然にとても親しみを持っていて、この小説でもそれは伝わってきます。ワカサギ釣りの名人の話、健康回復のために山の稜線を眺めながら田畑の間を散歩する話。鮎を釣ったり、ヤマメを追い込み漁で捕ったりなど自然の美しさ、豊かさに触れた文章に心が癒されます。もちろん、ただ「鮎を釣った」、「散歩した」という話ではありません。そこには心温まる話や後悔、歯がゆさなどを含んだ過去の話などが絡まります。医者である作者の分身のような「私」は、年を取っても元気な患者さん、同僚の医者や看護婦たち、妻、二人の息子など身近な人たちに支えられて生きている自分を情けなく思いながらも、その関係を大切にしている姿が小説からひしひしと伝わってきます。

 育ての親である祖母との思い出や、父親との微妙な関係なども南木さんの作品にはよく書かれています。非日常的な話だと、国際医療団の一員としてカンボジア難民キャンプへ行ったときの話や、学生時代のアメリカへの短期留学の話などがあります。医療団の話では、カンボジア難民キャンプの過酷さやそこで生きる人たちの健気さ、それを直に体感した作家のリアルな心情が描かれていました。

 南木さんの小説は、きれいな文章と気の抜けた語り口が魅力だと私は思います。エッセイでは、小説を書くことは業の深い仕事で、医者との両立は精神的に辛いとこぼしています。それでも書かずにはいられないから書くのだとも。でも、読む側としては楽しく読ませてもらっています。たまに笑えるところがあるのも、好きな理由です。もし、疲れているけど小説やエッセイを読む余裕があるという方に是非おすすめしたい作家です。また、南木さんの趣味の一つである登山についての紀行文集、『山行記』(文春文庫、2006年)は書店でも目にするので、そちらもおすすめです。

 最後に、『冬物語』からの一カ所を載せさせていただき、今回の紹介を終わりにします。読んでいただきありがとうございます。

 よく晴れた春の日の、朝から夕の間にふいに吹く風に乗るように人の命がはかなく消えてゆく様を、医者になってから嫌になるほど目にしてきた。どんなにうららかな日にも風は吹く。今日の無風は明日の無風を保証しない。そもそも無風の日などというものは人の頭の中だけで創り出したおとぎ話の挿絵でしかなく、実際には存在し得ないのだ。

(南木佳士『冬物語』、「スイッチバック」より)

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