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【長編】奇しき世界・一話 鬼ごっことかくれんぼ(前編)

〇 男の名は……

 その屋敷は、明治大正時代辺りの富裕層が住むような印象を伺える木造の屋敷であった。
 外壁も木の板を並べたような造りである。しかし見た目はつる草が生い茂って壁を覆いつくし、”緑の外壁”と言わんばかりの有様である。

 屋敷では、誰かが革靴で歩くようなコツコツという音や、話声がどこからともなく聞こえ、窓も開けていないのに風が吹いたり、突然床や壁が濡れたりと、奇妙な出来事が相次いで起きた。

 物取りの犯行と思われ、家主は警察に報せた。
 屋敷付近では連続窃盗事件がここひと月の間に起きており、それが絡んでいるとの事で捜査が行われ、一人の男性が後に逮捕となった。
 しかし男性の証言からは、屋敷に忍び込み宝石は盗んだものの、屋敷で起こる奇怪な現象とは無関係だと言われた。

 家主は知人の伝手で、こういった奇妙な事件を生業としている人物に取り次いでもらい調査を依頼した。

「大丈夫でしょうか光博(みつひろ)様。千堂様があの部屋に入られて一時間は経ちますが」
 屋敷の使用人は、家主の息子に訊いた。
「僕にも分からない。とにかく入るなと言われたんだ、黙って待つことにしよう」

 それからさらに三十分後、千堂と名乗る人物が入室した部屋から男が出てきた。
 光博と使用人は並んで出迎えた。

「千堂さん、どうでしたか?」
 千堂は訝しい表情のまま、「まいった」と言葉を漏らした。すると、善からぬことが今後も続くのだと心配している二人に、不穏な空気が訪れた。
「この問題は随分とたやすいものだ。おそらくあの部屋に飾ってる絵の置き場所がお気に召さなかったらしい。明るい所、もしくは陽光が注がれる部屋にでも飾れば万事解決する」

 そんな簡単な事で解決すると思っていなかった二人は、呆気に取られた。

「え……っと? そんな幽霊みたいなモノが憑いていたので?」使用人が訊いた。
 続いて光博も訊いた。
「馬鹿げてる。文明の進んだ時代を前に幽霊だ妖怪だ等、冗談も大概にしてほしいものだ」
「誰が言いました? 幽霊や妖怪だなんて。そんな固有名詞は関係しない。単に”奇怪な事が起きた”、現象の問題だ。件の絵画が引き起こした奇異な現象だが、今現在この屋敷の者達は記憶に曖昧さが残り、現象が与える余波を受け続けている。別にこのままっていうならそれでも構わないが、奇怪な場所に何年も居続ければ身体に何かしらの影響を及ぼしかねない。嘘だと思って俺の忠告は受けた方がいいぞ」

 命令されたと感じた光博は、顔を赤らめて怒鳴り返そうとしたが、使用人が制止して鬱憤は千堂にぶつけられずに済んだ。

「では後日、仲介人が連絡して来るから、解決したなら請求金を支払ってください」
 帰ろうとした矢先、大事な事を思い出して振り返った。
「ああ、解決したなら素直に仲介人に伝えてくださいよ。こんな現象を引き起こした存在が近くにいるのに噓偽りなど口にすれば、新たな奇異な現象を引き起こしかねない。請求額も法外じゃない、俺の見積もった所で八千円か一万円程だ」
「分かった。用が済んだら帰れ」光博は苛立ちを露にしている。

 千堂も長居したくないのか、再び帰ろうとしたが、また大事な事を思い出した。

「ああ、最後に」
「まだあるのか!」
 千堂は指を立てた。
「あの絵は捨てない事。最低でも十年は俺の言った場所に飾っておいた方がいい」
「御爺様から受け継いだ大切な絵だぞ、捨てるわけがない。言いたい事が済んだらさっさと行け!」

 千堂は三度程小さく頷くと、使用人達に見送られようやく帰っていった。

 後日、この屋敷で奇妙出来事が起きなくなった。そして屋敷の者達は気付いていないが、屋敷が現代風の外装に石積みの土台と鉄柵の外壁へと、元の姿に戻った。

 本件を解決に導いた男の名は、千堂斐斗(せんどうあやと)である。

1 語り・夏澄と面妖な女

「へぇ、珍しい事もあるもんだ」

 第一声でそう言って、女性は突然私達の前に現れた。街中を歩くには辛そうな着物姿で私達に気付かれず、見晴らしのいい公園に突然だった。
 とても奇妙な女性。碧を基調とした模様の着物を纏い、雰囲気は面妖で何か陶酔しているように穏やかでも見定めるような怪しい目つき。客人を誘惑する遊女の映画に出てきそうな雰囲気を醸し出している。

「何か気になる事を話していたじゃないか。なんでも、夢の中で子供達と鬼ごっことか」

 この女性はかなり奇妙だった。現れ方も突然で、何より不思議なのは女性が現れた途端、他の人がいなくなったのだ。
 確かにこの公園は人通りが少ないし、平日の昼間だから尚更少ないのは当たり前だけど、本当に誰もいない。公園から見える道路側にも人が存在していない。それは絶対あり得ない事なのに。
 私と友人の桃花(ももか)は怖くなって逃げようと構えた。

「そんなに警戒しなくてもいいだろ? まあ、こんな“奇妙な所”にあたしが何の前触れもなく現れたんだから、警戒するなってのも無理な話しだろうけどねぇ」

 何もかも、私の考えてる事が筒抜けだった。それも怖いけど、喫茶店で桃花と二人で話していた内容が、なぜか女性には筒抜けなのかが不気味さに拍車をかけた。今すぐ逃げ出したい。

「おやおや。このままここで長話にでも感けてたら、あんた達が逃げてあたしが追いかけるなんてことになりかねないねぇ。まさしく鬼ごっこ。そっちのカワイ子ちゃんの夢の様だね」
「あ、あの……私達に何か用ですか?」
 私は強がって訊いたけど、内心では心臓が止まりそうな程怖がっていた。

「あたしはあんた達をどうこうしようって輩じゃないさ、安心なさい。あたしは助けようと現れた次第でねぇ。でも恥ずかしながらちょいと色んな用事が混み合っててあんた達を助ける事は出来ないんだよ」
「……じゃあ、結局何しに来たんですか?」
「助けは出来ないけど、助ける事の出来る人物を紹介してあげようじゃないか」

 桃花の悩みは普通の人間がどうこう出来る問題じゃないってのは話を聞いてて分かったけど、こんな『怪しい』の塊みたいな女が紹介する人なんて、もっと怪しいと思った。それに、赤の他人な私達を助けるって、絶対後で変な要求を迫るに決まってるんだから。

「邪推も勘違いもしなくていいよ。何も紹介した見返りなんて求めちゃいないさ」
 またも心の内を読まれてる。
「あの、他人の心が読めるとか、そういう類ですか? ……お姉さん」
 流石におばさんは言えない。年上っぽいし、悔しいけど美人だし。

「あたしは“レンギョウ”。変わった名だろ。一応3月4月辺りで咲く花の名だよ。別名はいたちぐさ。あちらさんの国ではゴールデンベルなんて洒落た呼び名らしいね」
「聞いてませんよそこまで。レンギョウ……さん、ですね」
「ああ。その名を紹介する相手に言えば、すぐにあたしが誰で、あんた達の悩みがどういった類かってのがすぐに伝わる。面倒な説明が省けていいだろ?」
「で、その人って誰ですか?」

 レンギョウさんはその名を教えてくれた。私は呟いて『千堂斐斗』と復唱した。昔からお使いを頼まれたら復唱するようにしてる。そうしたらしない時よりかは覚えているから習性になってしまったのだ。
 レンギョウさんは続けてどこに住んでいるかも加えた。

「――あんた達は問題解決だけを考えてればいいさ。別に見返りも何もいらないから。まあ、意味がないって言い換えた方が言葉的には正しいんだけどね。あ~、”言っても分からない”に、輪をかけて”分からなくなる”だろうから、その事はいいとしましょうか」

 何を長々と語ってるのかと思った。けど、さっきからずっと無駄な語りが多いから、そんな人だろうと割り切った。……人、なのかどうかは怪しいけど。
 言いたい事を言い終えたレンギョウさんは、一瞬にして姿を消した。
 私と桃花は怖くなって手を握りあって辺りを見回したけど、レンギョウさんはどこにもいなく、変わって今までいなかった一般人があちこちで姿を現した。

 まさしく奇妙な体験だった。


 翌日、休日を利用して私と桃花はレンギョウさんが教えてくれた人物の所へ向かう事にした。半信半疑だけど行動しないと桃花の悩みが解決しないだろうから。

 桃花の悩みもそうだけど、私はなぜかレンギョウって花を調べた。確かに別名と英名はレンギョウさんが言った通りで嘘はついてなかった。漢字も【連翹】で、なんかカッコいい感じがするのがちょっと嫌だと感じた。そして、花言葉は『希望』。

 偶然かどうかは分からない。けど、桃花の悩みを解決する希望は、紹介してくれた人だと信じたい。

2 お出迎え

 その家は街外れの森の中に立てられていた。瓦屋根で日本家屋、家の周りを塀で囲いしっかりとした木の門がある。
 森の中だが家の前には国道が走り、家の後ろには小高い山がある。
 家の佇まいは見るからに、そこそこ稼いでいる人物が住む格式ある名家であるとしか思えない。

「ね、ねえ夏澄(かすみ)、本当にここでいいんだよね」
「う、ん」
 夏澄はレンギョウに教えてもらった住所を記したメモを確認し、スマホで現在地も確かめた。
「ここ……で合ってる筈。“千堂”って表札もあるし」

 西城夏澄と日向桃花は、桃花の夢の件を相談するために千堂宅へ訪れたが、周りの空気感と家屋の臨場感に気圧された。桃花の夢、レンギョウとの出会いから、不気味と異様さが増幅し、二人は寒気を感じた。

 立ち往生している最中、門がゆっくりと開く。

 夏澄と桃花が半歩後退ると、見た目年齢的に五歳と思われる子供が二人揃って出てきた。
 門が重いのか、二人が出れる程に開き、それ以上開けずに門の前で横に並んだ。

 夏澄と桃花は気味悪がりながら二人を見た。なぜ怯えるかというと、子供達の顔も髪型も服も同じだからである。

「いらっしゃいませ」
 双子は同時に話し、同時に御辞儀した。そして顔を上げると、ジッと二人を見つめた。
「ちょ、夏澄……どうしよう」
「お、落ち着いて。相手は子供よ」

 二人揃って奇妙な状況に怖れている。
 夏澄は、怯えきって情けなくもある、なけなしの勇気を振り絞り、双子の前に近づき、中腰になった。
「えっと……あなた達は、千堂さんのお子さんかな? お父さんかお母さん、いる?」

 双子は一度顔を見合わせた。

「おとうさん、しごと」
「おかあさん、なか。いそがしいの」
「いちにいちゃんもしごと」
「あっくんおでかけぇ」

 声を聞き、何となくだが男女の双子だと思えた。

「へ、へぇ……」
 夏澄はどうしようか迷った。しかし、話して見ると普通の子供であり、先程までの気味悪さは若干だが薄れた。
「えっと、私達、千堂斐斗って人に用があって来たんだけど、あなた達のお父さんかな?」

 二人は頭を左右に振った。同時である。

「それ、あっく――」
 双子が同時に言い出した時である。
「凰士朗(おうしろう)、真鳳(まほ)、また悪戯か?」
 夏澄と桃花の後ろから声がした。
 二人が振り向くと、そこには茶色で革製のショルダーバッグを下げた短髪で黒髪の男性がいた。

「ちーがーうー!」
「マホ、オウシロウといっしょに、“おもてなし”してたの!」
 男が双子の傍まで歩みよると、それぞれの両肩を掴んで門の方向に向けた。
「それは”おもてなし”じゃない、”お出迎え”だ。“そっくりさんごっこ”で迎えたら相手は驚くだけだろ」二人の背をポンと叩いた。「ほら、お母さんにお客さんが来たこと伝えてきてくれ」

 双子は揃って「うん」と言い、家の中へ駆けて向かった。
 男は二人の方を向いた。

「あー、君ら……西城さんと日向さん?」
 あまりにも普通な対応に、夏澄と桃花は戸惑いながらも頷いた。
「あの……レンギョウさんの紹介で……」
「まったく、面倒な女だ」男は呟いた。
「あのぉ……」
「ああ、失礼。俺が千堂斐斗だ。事情は中で」

 二人は家に案内された。

3 一風変わった同居

 夏澄と桃花は部屋に案内されて驚いた。
 桃花の悩み、レンギョウとの出会い、この家に辿り着き、双子の対応。一連の出来事が不可思議でしかなかったため、家の中も何かしら不気味な雰囲気が漂ているのだとばかり思い込んでいた。けど、フローリングの床、天井には円形の蛍光灯。花が下駄箱の上に飾られ、玄関から見える部屋は畳の部屋だったり絨毯が敷かれた部屋だったりである。

 空気清浄機や充電中のコードレス掃除機が置いてあったり、段ボールが三つほど置かれたり、子供の玩具が落ちていたり、普通の家の雰囲気である。

「凰太郎、真鳳、あっ君の邪魔しちゃだめよ」
 小声で女性が言っているのが聞こえた。
 夏澄と桃花は広めの書斎へ案内され、二人掛けソファに腰かけている。
 斐斗は、着替えてくると言って別室へ向かった。

「なんか、想像してた所と違うね」
「うん、なんか……普通」
 小声で二人が話していると、小顔で色白肌の女性がお茶を持ってきた。
 千堂斐斗の妻だと思った二人は、席にお茶が置かれると、不意にその事を訊いた。

「あの、千堂さんの奥様で?」
「え? ああ、いえ。斐斗君は家主です」
 どういう関係か更に気になっていると、廊下からまたも双子の声が聞こえた。
「いちにいちゃん、抱っこぉ」
「あ、まほ、ずるいぃ、ぼくも、ぼくもぉ」
 女性は「やれやれ」と呟き、二人に「ごゆっくり」と告げて部屋を出た。
「ほぉら、お客さんに聞こえるでしょ。あっちの部屋で遊んでなさい」

 双子が走る足音がすると、今度は千堂斐斗とは別の男性が入室してきた。今の状況から察するに、彼が双子の言う『いちにいちゃん』だろう。

「二人がレンギョウさんから聞いたってお客さん?」
 斐斗とは違い、笑顔で雰囲気が良く、平凡な顔立ちの男性であった。
「ごめんね。双子ちゃんが五月蠅くて」
「あ、いえいえ」桃花が言った。

 二人は双子が彼をいちにいちゃんと言った事と、お茶を運んできた女性の年齢から、もしや長男かと思ったが、彼の見た目年齢と女性の見た目年齢からどうしても矛盾が生じた。けど無理やりの結論から、女性が若く見えすぎか、彼が老けて見えすぎかと思った。

「あの……、御長男さん、ですか?」夏澄が訊いた。
 男性は、二人の向かいの壁にある本棚から一冊の本を取り、笑って近くの椅子に腰かけた。
「あははは。僕が美野里(みのり)さんの子供だと見た目的に無理があるでしょ。僕は五十嵐耀壱(いがらしよういち)。一応、居候の身。年齢は二十八」
 桃花がつい、タメだ。というから、耀壱はため口で話そうと言った。
「あの、ここってどういう家族構成なんですか?」率直に気になった事を夏澄が訊いた。
「ああ、気になっちゃうよねぇ。まあ簡単に言うならルームシェアってやつかな。家自体は千堂家の所有物だから家主は斐斗兄(あやとにぃ)になるんだ。で、僕は仕事の都合やら斐斗兄に世話になりつつの同居人。美野里さん、さっきのお茶持ってきた人と双子ちゃんと旦那さんの一家族が別の部屋で生活している。全員揃って気兼ねしないから、僕や斐斗兄は双子の兄貴みたいになってるし、美野里さんはお袋みたいな感じ」

 それで纏まっている事もすごいが、どうしてこんなスタイルをとっているか謎は残る。

「五十嵐君は千堂さんをどうして兄って? 腹違いの兄弟とか?」
 答えは部屋の入り口から返された。
「耀壱と俺は血縁関係ではない」
 着替え終わった斐斗が入室してきた。
 笑顔で斐斗を迎える耀壱を見ると、ついつい斐斗は溜息が漏れた。

「どうしてそこまでペラペラとお喋りなんだお前は」
「だって話のネタなかったし、絶対家族構成気になる状態だろ? 隠してもないのに」
「――まあいい」斐斗は夏澄と桃花の向かい、上座に腰かけた。
「では、改めまして。俺は千堂斐斗、この家の家主。あいつは五十嵐耀壱、一応は居候だ。さっきも言ったが兄弟ではない。あまり家の事を話す気もないし君らも暇じゃないだろ。早速本題に入らせてもらうが、どういった用件で?」

 二人は顔を見合わせ、夏澄が桃花に頷いて“話して”と合図した。

「あの、要件があるのは私の方でして、夏澄は付き添いで」
「それは構いません。珍しい事なので誰かと一緒に相談する人とかは良くあることだ」

 桃花は姿勢を正し、要件を話した。

4 語り・桃花の夢

 これは一言で言うなら夢の話になります。あ、ただの夢オチって事じゃないんですけど……。夢を見たのは三か月ほど前です。

 最初に見た夢は大雑把に言えば追いかけられる内容です。故郷の町にいる所から始まって、外を見ると町の色合いが……カラフルって言えばいいのでしょうか。屋根や壁が赤だったり緑だったり黄色だったり。
 え? いえ、私の故郷はそんなカラフルな町じゃありませんよ。グアナファトじゃ全くないです。

 ん? ええ知ってますよグアナファト。世界遺産ですよね。私も世界遺産に詳しいわけじゃないし、そこが世界遺産って言ってた事ぐらいしか知りませんが、好きな所には行ってみたいって夢があって。グアナファト、エアーズロック、ウユニ塩湖、アルベロベッロ。将来、絶対旅行で行ってみようと思ってます。

 話を戻しますが、カラフルな故郷で、変な子供に追いかけられるんです。
 どんな子供かっていうと、印象的なのは衣装とメイクです。メイクというと女性のお化粧と思いますけど、雰囲気的にはピエロに近いです。顔面白塗りなんです。衣装は羽衣の印象が強い服です。走ってる時に服が靡いてたからその印象から羽衣といいました。

 子供達は私の知る限りでは四……いや、五人だったかな? 違いは服の色で、皆笑ってたり焦ってるように追いかけたりと色々でした。
 夢で追いかけられる事ってよくあると思うから、初めは普通の夢だって思ってました。初めに見た時から二週間後に一回見て、一月半前頃からは八日とかに一回でしたっけ。よく日数は覚えていませんが。ですがこうも同じ場面、同じようなシチュエーションだと、怖くて怖くて。

 え? 最後に見た日ですか? 昨日です。ん? 何か最初と違ってる所ですか? えーっとぉ…………特にこれといったものはありませんけど……、強いて言うなら、風……かな?
 あ、はい。風です。風が強く感じるかなぁ~、とは思いました。記憶にある範囲では追い風や横風です。逃げるのに助けられたった感じが。あ、それと思い出しました。匂いです。はい。強くはありません。ただ、やたらと桃か梅かの香りがしました。他に変わった匂いはしませんでした。

5 可能性

 桃花の話が終わり、しばらく斐斗は考え込んだ。
 何が気になっているのか分からず、加えてちゃんと聞いていたのか気になった夏澄は、声を掛けた。

「……あのぅ……聞いてくれて?」
 その小声に反応したかは不明だが、斐斗は口を開いた。
「夢に関する事は、見た人間の潜在意識や顕在意識が関係したりする。奇妙な子供に何度も追われる夢、何かそういった映画を観たり、怪談話を聞いたりしなかったか?」

 桃花は突然の質問に戸惑いながら答えた。

「いえ。私怖いの苦手だから……そりゃあ、小学生の時、怪談話ブームがあったからいくつか話は聞いたけど殆ど忘れてるし、夢を見だしてからもその前も、怖いモノとは一切関わりがありません」
「なら、思い込みという線も考えられる」
 流石にそれは無いと思い、夏澄が割って入った。

「それは無いんじゃないでしょうか。だって半年も同じ夢ですよ? どんな思い込み何ですか」
「思い込みは誰にだってある。今し方、君ら二人も思い込みで怖がってただろ?」

 二人は何の事かと迷った。

「君らは奇妙な夢で恐怖心が植え付けられた。その状態でレンギョウに会い、自分達は奇妙な出来事の只中にいると思い込んだ。違うか?」
 まさしく。と思い、二人は頷いた。
「そしてその状態でこの家へ訪れた時、双子の出迎えで更に自分達は奇妙な世界へ入り込んだ意識が強くなったんじゃないか?」
「え、ええ。だって、こんな人気のない所にお屋敷があって、そっくりな双子の出迎えですよ」
「そこだよ思い込みの力は」
「どこがですか?」

「夢は奇妙な現象。レンギョウも、あの人の事だから人知を超えた現れ方をしたんだろ。この二つはまさしく奇想天外といっていい。しかし屋敷からそっくりな見た目の子供が出迎える事は不思議だろうか? 真鳳と凰太郎は二卵性だったが、一卵性双生児という双子もこの世に存在する。男児と女児だから遊びで同じ格好、同じ外見を装って大人を揶揄うなんてことはあって当然だろ。そしてひと気のない屋敷、これもどこにだってある」
「……えっと、何が仰りたいので?」
「つまりだ、状況は偶然であれ、現実的に起こりえる事なのに、不安や恐怖心で現実的な出来事も奇妙な出来事だと思い込んでしまう話だよ」
「じゃあ、桃花の夢は、偶然が重なった現実的な出来事って事ですか?」
「可能性の一つだ。俺がこういった件を見るなら、現実性や合理性を真っ先に理解しないといけないのでな」
「じゃあ、桃花が嘘をついてると言うんですか!?」
「感情的になるな、それも可能性の一つ――」
「もういいです! 帰ろ、桃花」

 夏澄は桃花を引っ張って立たせた。

「ちょっと待て、一つ教えろ」
「なんなんですか!」
 答えたのは夏澄であった。しかし、斐斗は桃花を見て訊いた。
「夢を見る前、普段行かない所へ行ったか?」
「えっと……」
 桃花は、パワースポット巡りにと、アニメ映画で有名になった神社へ行ったと告げた。

「もういいですね! 行こ」
 強引に夏澄が桃花を引っ張って玄関へ向かった。
 玄関では、美野里が怒った夏澄を宥めながら見送った。夏澄は斐斗に対して怒っているだけで、美野里の応対にはふくれっ面ではあったが丁寧に、そして美野里に対して怒っていないむねを告げて帰っていった。


「斐斗兄はさぁ、直球すぎなんだよ。もっと優しく、遠回しに寄り添った説明したら」
「知らん。してやる義理もない」
「そんな憎まれ口叩いてるけど、気になってるんでしょ。でなきゃ最後にあんな事聞かないし」
「ああ、あの人がしゃしゃり出てる事が一番だが、あの子が告げた神社、どうも気になる」
「なんで?」
「これは俺の奇遇であってほしいが、テレビであの神社が映し出されると、何か違和感がある。調べてみる価値はあるだろ」
「じゃあ、二人誘って一緒に行けば?」
「行かん。二人から報酬を得る訳じゃなし、かといって夢が解消されたかなどどうでもいい。縁があればまた来るかあの人がどうかするだろ」
「レンギョウさん任せですか。怒られるよ」
「知るか。元々あの人が勝手に首を突っ込んだ事だ、そこまで俺が関するモノでもない」

 ふと部屋の入り口に視線を向けると、真鳳と凰太郎が中を覗き見ていた。客も帰ったから遊んでほしそうな様子である。

「僕、小説書かないといけないから、斐斗兄、よろしく~」
「な、耀壱! 卑怯だぞ」
 聞いてすらいないのか、耀壱は無視して部屋を出しな、双子に斐斗が遊んでくれると伝えて出て行った。
「あっくん遊ぼぉ」
「遊ぼぉ」

 双子は斐斗に駆け寄った。仕方なく斐斗が双子の遊び相手となってしまった。

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