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▼日常▼膨大な数があるシミュレーターの世界には、なんと電子レンジでマカロニが温められる2分半をただ待つシミュレーターもある。『microwave simulator』【月の裏側のビデオゲーム】

【月の裏側のビデオゲーム】とは、メインストリームと外れた場所で、ビデオゲームの可能性を追求するタイトルを特集するものです。

▲シーズンテーマ『日常』に参加しているテキストです


多種多様な要素から構成されるビデオゲームを「時間の体験」という尺度から捉えた際、ある種の極北とも呼べる作品がいくつか存在する。最低限のインタラクティブ性は担保しつつ、プレイヤーが操作可能なインタラクションを「電子レンジのボタンを押す」一点に絞った『microwave simulator』も、そんなゲームのひとつだ。

冷凍食品を温める間の2分半を眺めて過ごす行為がゲームプレイの大部分を占める本作は、長大なボリュームやリッチな没入感が志向されがちなメジャータイトルの真逆に位置する、個人開発者の手によるインディーゲームならではの魅力を放っている。

本作はitch.ioの公式ページからウェブブラウザでプレイでき、エンディングを含めても7分程度の時間で、そのほとんどを味わうことが可能だ。

執筆 / ドラゴンワサビポテト
編集 / 葛西祝

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ヴィヴィッドな赤色の背景が食品のパッケージを連想させるストアページを開くと、『microwave simulator』が自動的に立ち上がる。と同時に、小気味のよいブレイクビーツサウンドが爆音で鳴り響くので、各自で遊ばれる場合はボリュームを普段より下げておくとよいだろう(音量バランスの調整に一手間加える必要があるのも、個人開発の作品ならではといった趣で愛おしい)。

タイトル画面には冷凍のマッケンチーズ(茹でたマカロニにチーズソースを絡めた、アメリカやイギリスを中心に親しまれている家庭料理)の箱が映し出されており、その上部には「authentic microwave simulation experience!(オーセンティックな電子レンジシミュレーション体験!)」の文字。「play」と記されたボタンを押すと箱の裏側と思しき画像が表示され、ゲーム本編へと進むための「start」ボタンが現れる。この二重に仕掛けられたタイトル画面からも、やけに手の込んだ作者独自のユーモアが感じられ、制作時の心中を想像するとほんのりした笑みがこぼれそうだ。


そうして登場した電子レンジは、水蒸気による加熱やノンフライオーブンといった上等な機能は搭載されてなさそうな、ごくありきたりの廉価品といったタイプ。温めの時間やモードが特に選べるわけでもなく、本体の右上に「2:30」とタイマーが潔く表示されている。右下には柔らかな手描き風のフォントで「START」と書かれていて、ここを押すと加熱調理が開始されるのだと予測が立つ。

実際にクリックしてみると、電子レンジの低い動作音とともにカウントダウンが開始。冷凍マッケンチーズをチンするまでの2分半をただ待つことになる。その間に何を思うか。真摯に作品と向き合いマッケンチーズがちょうどいい具合に温まるよう願うのも、他の事柄に考えを巡らせるのも自由だ。

温め中に本作が何かをプレイヤーへ課したり強制したりすることは微塵もなく、一切は触れる者に委ねられている。タイマーが気になり他の作業に没頭するのが難しい、現実の生活における待ち時間の感覚とも見事な一致を示すゲームデザインの鮮やかさには思わず舌を巻く。


時間を迎えると「ピーピー」とアラーム音が鳴り、今度は電子レンジの右下に「OPEN」とテキストが現れる。ナビゲーションに従い扉を開けると、これまで解像度粗めの実写で展開されていたムービーから一転、素朴なタッチで描かれたアニメーションへと切り替わり、レンチンしたマッケンチーズを携えた人物がその内の一本を口へと運ぶ。それから先にどのような物語が待ち受けているのかは、ぜひご自身で確かめていただきたい。ネタバレになってしまうが、「エンディングには2パターンある」という事実だけお伝えしておこう。


本作を手がけたivantheokことIvan Ceria氏はフィリピンで生まれ、現在はカナダの2都市を拠点に活動するマルチメディアアーティストだ。作中のマッケンチーズはアメリカの大手食品メーカー「Chef Boyardee」の製品を模したものだが、同社をペンシルバニア州で創業したEttore Boiardi氏がイタリアからの移民である背景も、Ivan氏のアイデンティティにどこか重なり合うのかもしれない。

『microwave simulator』は電子レンジを撮影した際のスマホが扉のガラスに反射して映り込んでいたり、イラストについてもMicrosoft Paintで描かれたらしき事情がクレジットから推察できたりと、粗削りな作品という印象も否めなくはないだろう。だが一方で、Ivan氏の他の映像や写真作品が掲載されたポートフォリオサイトを見る限りでは、インターネットアート的な雰囲気が施された高度な制作技法にも同氏が通じている様子がうかがえる。

本作は言葉を選ばずに書くなら「いい意味での適当さ」が感じられるともいえるが、『microwave simulator (beta).』なるプロトタイプ版が存在し、画像で表現されていた電子レンジが正式版では動画にブラッシュアップされている点からも、軽やかさの中にアートピースとして完成を目論んだであろう開発への思いが汲み取れる。共同制作プロジェクトとしてIvan氏が映像の編集などを担当した『BINARY』『THE NARRATOR』といったインタラクティブムービーでは、また一味違った同氏の作家性にも触れることが可能だ。


最後に余談となるが、『microwave simulator』は筆者がYouTubeでの初回の配信時にプレイするゲームを選んだ際、候補として真っ先に心に決めた作品でもある。チャンネルを稼働させたばかりでどこの誰とも知らないYouTuberと一緒に、マッケンチーズが温められゆく光景を見守り、ご視聴くださった稀有な方々と過ごした5分間を私は生涯忘れ得ない。アンディ・ウォーホルが生前に残した「永遠の15分」という言葉になぞらえるなら、今後も永遠に思い出されて淡く輝き続ける、人生のハイライトとして記憶される5分間になりそうだ。


ドラゴンワサビポテト
YouTubeチャンネル「ねこかにクラブ」でインディーゲームの紹介などをしています。ゲームライターとしても活動。
●Twitter:@dashimaruJPN公式サイト


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