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計画的貧乏【連載小説#3】

【計画的貧乏概要】

25歳の「僕」はどこにでもいる“ただの”会社員。毎月同じように働き、同じように大体決まった額の給料を貰う。貰う、と書いたけれど実際は月末に給与残高を見て、数値の上昇を画面上で確認するだけだ。果たしてその金額に見合うだけの価値のある労働をしているかは分からない。
そんな「僕」が全財産73万円を週に5万円。3ヶ月半でひとしきり使い【計画的貧乏】になる物語。お金を使う中で僕が気づいていく事とは___。

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計画的貧乏生活3週目。

この週は少しイレギュラーな週だった。
というのも、大学時代の友人の結婚式に出席する予定が前々から入っていたのだ。御祝儀の3万円と、大切な友人の式に行くために新調したスーツの2万円が今週の僕の5万円だった。

柳くん。

唯一と言ってもいい僕の大学時代の友人だ。
いや、僕が友人と認識していても。大学を卒業して以来会っていない僕を果たして柳くんが友人と認識してくれているのかどうか。だからこそ、招待状が届いた時は驚きと嬉しさとが入り混じった感情になった。

柳くんは少し特別な存在だった。基本的に、授業のある日と、悔しくも上手く午前だけで時間割を組み切れず、午後に授業が入った日の昼食時間以外を大学で過ごさなかった僕にとって、唯一大学に居残る理由を作ってくれたのが柳くんだった。

入学初日のオリエンテーションで、大教室に集められた僕達は偶然にも隣の席になったことで会話をするようになったのがきっかけだ。
もちろん、話しかけてくれたのは柳くんの方で僕は完全に受け身だった。

だけど、柳くん曰く「同じ雰囲気を感じた」という言葉はあながち間違っていないと思う。あくまで“外から見た”という前置きありきの世界では。

あまり口数の多くない僕らだけれど、柳くんはしっかりと“自分の世界”を持っていた。見るからに、そして実際に殻に閉じこもっていつまでも出てきやしない僕とは、少し違う柳くんが僕は眩しかった。

だから、初めのオリエンテーションで話しかけてくれた時は似たような空気を感じて嬉しかったのだけど。会って話をする度に柳くんがどうして僕なんかに構ってくれるのか。僕から離れていってしまうのではないかと思うようになった。

美術サークルに入っていた柳くん。入っていたと言っても、時折自分のペースで画廊に絵を描きに行くくらいで「絵を描く」という目的以外でサークルに入り浸ることはなかった。勿論、友人はいるようだったけれど、何というか美術への陶酔とリスペクトを彼からは感じた。

休日には美術館や展覧会に1人で良く行っていたり。たまに構内の中庭でばったり会って。

「学食で一緒に飯食わない?」

と一緒に300円のカレーやら親子丼やらを掻き込みながら、好きな絵画の解説を分かりやすく僕にしてくれた。普段は物腰柔らかくて静かな柳くんが、その時は凄く熱弁していて。

「柳くんが絵の話している時、凄く良い」

純粋にそう思った僕は、素直にそう伝えた。
だけれど、そんな時間が何より楽しくて心地よかったと同時に。僕にはないその熱さが、すごく。すごく羨ましかった。

かと言って僕に好きなことへの熱さを強要するわけでもなく、いつも同じように接してくれる姿勢にも心救われた。殻の中にいる僕に、いつも新しい景色を見せてくれた柳くんを僕は、尊敬できる友達。友達であっていて欲しい。そう思っていた。

そんな僕らだったけれど、大学時代に一緒に時を過ごしたのは同じ構内でたまたま会うことが出来ていたからで。頻繁に連絡を取り合う性格でもない僕らは、大学卒業と同時に疎遠になっていた。

その柳くんが結婚。

温かい。きっと温かいだろうな。
それは結婚式の雰囲気も、まだ会ったことの無いパートナーも、結婚をすると決めた時の柳くんの気持ちも。全部をひっくるめて、きっと温かい。
そう思った。

結婚式当日。

久しぶりに会うドキドキ感と、少人数の式とは言え、知らない人が一同に会する場に久しぶりに行くことへの落ち着かなさで見るからに僕はソワソワしていたと思う。

受付で御祝儀の3万円を、受付係の方に渡した。
受付係の方はどうやら柳くんの中高の友人2人のようで。やはり柳くんのように温かい、芯のある雰囲気を纏っていた。

想像した以上の温かさに包まれた結婚式だった。
柳くんの奥さんの、真優さんは小柄で笑うと目の横にできる皺がとても可愛らしい方だった。
柳くんの横にいることが。そして柳くんは真優さんの横にいることが何よりも嬉しそうだった。

「久しぶり。来てくれてありがとうな」

当時と変わらない声と温度感で僕に話しかけてくれた柳くん。

「おめでとう。本当に、なんていうか。上手く言えないんだけど、すごく温かい。こちらこそありがとう」

照れ臭くて普段はこんな素直に自分の声を言葉に乗せることはしない僕だけど、不思議と柳くんの前では言うことが出来た。

せっかくなら、と持ってきていた一眼レフ。柳くんと、真優さんの晴れ姿をその中に納めた。自分の好きな写真の中にかなめの大将と奥さん。柳くんと真優さん。大切な人達で埋まっていくことがすごく嬉しかった。

きっと、その気持ちを柳くんは察したのだと思う。
「写真を撮っている時の表情、凄く良い」当時学食で僕が柳くんに向けて言った言葉がまさか自分に返ってくるなんて思っていなくて。こそばゆかった。

「また、また会おうな。今度真優さんと3人で飯でもいこう」
「うん、行こう。これからは良きタイミングで連絡を取り合おう」

社交辞令とは思わなかった。もちろん頻繁に連絡を取り合うことはこれまで通り、ないだろうけれど。それでも柳くんと僕はずっと同じ温度感で繋がっていられる気がした。

計画的貧乏生活3週目。

残高58万円。

大切な友人の幸せな時間に僕も一緒に参加すること。自分が好きな写真を撮る時間を、良いと言ってくれる人がいること。その時間にお金を使うことの嬉しさと暖かさを知った。

(のんびりと続く)

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