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自分の価値と作品の評価を結びつけない

noteのスキの数と自分の価値はまったく関係ないです。文章がつまらなかったとしても、自分がつまらないわけではありません。逆にいうと、文章が高評価されたからといって、自分の価値が高まるわけでもないのです。

これはスキの数に一喜一憂するのをやめようというわけではありません。気になる人は気にしてもいい。スキがたくさんつけば嬉しいし、まったくつかないと落ち込む。それ自体は何も問題ありません。

問題なのは、そこに自分の価値を結びつけてしまうことです。

スキがたくさんついて嬉しい。ここまではいいけど、スキがたくさんついたから自分の価値も高まる。こう思ってしまうと問題です。逆も同じで、スキがまったくつかなくて落ち込む。ここまではいいけど、スキがまったくつかなかった自分には価値がない。これはよくないです。

どうしてかというと、自分の価値を自分でコントロールできないものに委ねてしまっているからです。スキの数は読者次第なので、自分にはどうすることもできません。自分の価値が他人の評価で左右されてしまうのは、健全ではないと思います。

さらにもっと根深いのは、他人の価値もその人の文章の評価でしてしまうことです。自分よりも結果を出している人は価値があって、自分よりも結果を出していない人は価値がない。こんなふうに、人間関係を上下で見てしまいます。

もちろんこれは文章に限ったものではありません。YouTubeだったら、自分よりもチャンネル登録者数が多い人の方が価値があって、そうでない人は価値がないとか、SNSのいいねの数で自分の価値を決めてしまったりとか。

比較してしまうのは仕方ないと思いますが、そこに人の価値を結びつけてしまうのがよくないです。人の価値はその人の作品では決まらないです。人の価値と作品の価値を結びつけるのはやめましょう。

たくさんスキがついている人や登録者数が多い人に対して、憧れたり尊敬したりするのは大切なことですが、人としての価値は変わりません。

そもそも人の価値は、相対的なものではなく絶対的なものです。誰かと比較してどっちの方が価値があると決められるものではないと思います。

偉そうに書いてますが、僕自身、自分の価値を他人と比較して落ち込んでしまうタイプの人でした。今でもその傾向はありますが、以前よりはだいぶマシになってきました。

なので、誰かのためというよりは自戒の意味を込めて自分に対して書きました。

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