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長男と宿題①~夏休みはご褒美タイム

少し前のことだけど、今年の夏休みの終わり、我が家ではちょっとした事件が起きた。
5年生の長男が夏休みの宿題を一切やらなかったのだ。

最終日まで残しておいた宿題が、どうやっても1日では終わらないことを察し、それならばいっそのこと、夏休みは完全に遊び倒して、2学期に入ってから日々の宿題と一緒にやるというのでいいんじゃないかと、自分の中で結論付けた。
夏休みは、普段頑張っている子どもたちへのご褒美なのだから、と。

これまでは、宿題を嫌だ嫌だと言いながらも、なんだかんだと終わらせてきた。嫌だけど、俺のプライドはやりたいと言ってるんだと言って。
それでも、今年はついにそのプライドが陥落した。
まぁ、夏休み最終日に、大好きなゲームの大会があって、どうしてもそのゲームの大会をやりたかっただけなんだけど。

その後、実際に2学期に入ってから夏休みの宿題をやっているかというと、なんとも言えない。夏休みの自由研究だと言って、好きなプログラミングだけをやっていたりして、それ夏休み関係なくね…?と言いたくなる。が、そこはグッとこらえて、どうにもゆっくりの進み具合だったので、先生と相談してみたら?と促してみた。
すると、理解のある今年の担任の先生は「自分で必要ないと思う宿題はやらなくていい。その代わり、やると決めた分については、計画書を作ってごらん。」と提案してくれた。
その計画作りにも時間がかかっていて、やっと計画の大筋が見えてきたという段階なんだけど、それでも計画書を作って進捗を先生と確認しながら進めていく、ということに挑戦していること自体、なかなかすごいんじゃないかと思っている。(しかも、自由研究でやろうとしてることも、Unityでのゲームづくりと、なかなかに難易度高い)

これまでなんだかんだと言いながらも、宿題はしっかりとやってきた長男が、理由はなんであれ、自分なりに夏休みの過ごし方を考え、「宿題をやらない」ということを自己決定して、自分でその責任を取ろうとしている。
この夏の経験は、彼の人生にとってそれなりに大きな影響を与えていくんじゃないかと想像している。

実際、彼がこの選択肢をとってから、対話の問いが増えた。
ここまでの1ヶ月で、「休みとは何か」「なぜ宿題はあるのか」「必要な学びとは何か」「なぜ計画を立てる必要があるのか」「時間とは何か」「集中しているとはどういう状態か」「やりたいことだけやっていてはダメなのか」などなど・・・

まだまだ答えは出ないけれど、それでも彼の思考が少しずつ進んでいるのも感じていて、学びは学校が与えてくれるものではなくて、自分が得ていくものだという感覚が、彼の中でも少しずつ育ってきているのを感じる。

長男の夏休みは、まだまだ終わらなさそうだけど、まだまだ終わらなくてもいい気がしてきた。

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