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何者でもない私を受け容れる

若手社会人さんとの接点のなかで「どうすれば評価されるのか」を強く気にかける方に出会うことがあります。

会社は、上司は、人事は何を見ているのか?

組織で働く以上、そこで使われる物差しを理解しておくことはもちろん大切なことだと思います。人事評価の基準にしても、社会人の基本能力として最低限何を身につけておくべきかの指針として役立つものですし、社内で決定権を持つ人たちが何を重視しているのかを知ることが大切な場面は少なからず存在します。

ただし、いまいる組織でいまリアルに運用されている評価の尺度に合わせにいくことは、必ずしも将来にわたる成長にはつながらない。自分の持ち味を最大限に発揮してイキイキと働くことに制約をかける行為かもしれない。そんなことも知っておいて損はないと思います。

それでも、組織の一員として働く以上、組織のなかで認められて地位を得ること、換言すれば、この組織のなかで「何者かであること」にこだわる気持ちを手放すのは難しいのかもしれません。現実に職位が上がることで得られる情報、自分の裁量で動ける範囲、職務に対する報酬などが広く大きくなるのも事実です。

けれど、それは自分の人生のなかで大切にするもの、自分自身に対する期待というものが先にあり、それを満たすことを優先してはじめて意味をなすものではないか。他者から見て分かりやすい何者かであることよりも、自分が設けた基準を超える私であろうとすることに重きを置きながらキャリアを重ねることで、本当にやりたいこと、ありたい姿に近づけるのではないか。

何より、いまいる組織はずっと盤石な訳でもなければ、評価の基準だっていつどのように変わるともしれない。特定の所属における肩書きよりも、「何を大切にして何ができる人であるのか」のほうがより大きな意味をなす時代ではないか、と思うのです。そして、そうやって研鑽する人には遅かれ早かれ、社会がその人らしく活躍できる機会と立場を与えてくれるものだ、とも。

澤円さんのこちらの記事にもあるように、自分のアイデンティティを過度に所属組織に預けてしまわず、自ら手綱を握ることは、これからを生きる私たちにとっての生存戦略とも言えるかもしれません。

何者でもない私であること、それはどこにいても、何をしていても、自分の意志で何者にでもなれる私でいられ続けるための第一歩ではないかと思います。

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