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日本の精子提供の状況についての1考察−非難する前に一回だけ立ち止まってみてもいいのかもしれない

今日、夕飯の食卓についた瞬間、母親が少し嬉しそうな声音で話しかけてきた。

「今、精子バンクの話が話題だよね!」

恥ずかしながら不勉強で、ニュースを知らなかった私は、食卓で母親から、こんな話を聞かされた。

「なんかマッチングアプリみたいなので出会って精子もらったら嘘の経歴だったんだって」「でもそんなの信じる方が悪いよね」「致したのかな、旦那知ってたのかな」「正直女の人に安易な気持ちがあったとしか思えないんだけど」「子供が可哀想」

この手のニュースで母親が女性側の肩を持たないのが珍しく、つい気になって色々調べてみた。調べてみると、このような記事が出てきた。

ニュースの概要を掻い摘むと、

・夫は遺伝性の病気を持っていたため、健康な子がほしいと思い、精子提供に踏み切った

・夫と同じくらいの学歴の相手でないと、生まれてくる子が気後れすると考え、SNSで2019年から条件を決めて精子提供者を探していた

・条件に合う人が現れたため、6回の精子提供(今回の場合は性交渉)を通じて妊娠、出産

・しかしながら相手が嘘をついていたため、精神的苦痛を得た女性は育てられなくなり、都の判断で子供を児童養護施設へ預けることに

というニュースである。皆さんはどのような感想をお持ちになっただろうか。

世間の反応

基本的に

「性交渉をしている時点で不倫」「子供が可哀想」「女が頭がおかしい」「確かに男も悪いかもしれないけど、3億請求している時点でヤバい」

などの反応がほとんどだった。女性に同情的な意見は見当たらず(私調べなので、もしかすると他の人のところにはあるかもしれないですが)、まぁ、そうね、そう思うよね…(実際私も「何でSNS経由の相手をそこまで信用してしまったんだろう?」「精子バンクを使用するなどの手を使うことはできなかったのか?」などと思った)いやでもこんなに「頭がおかしい」と一見思われるような行動が連なるところには何か理由があるのでは?と思い、い色々な方向性から考えを深めてみることにした。

・「不倫(性交渉)してできた子供を捨てた上に、お金を請求しているヤバい女」という一つのステレオタイプなストーリーラインが出来上がっている。

・精子バンク、精子提供の現状とは?

の2点からアプローチを行なっていきたい。また、この記事が、精子提供を利用したいと思う全ての人々に対し、多少なりとも「まとまった情報が手に入ったな」と思えるようなものになっていたら喜ばしい限りである。

考えうる他のストーリーライン

こんな一見「ありえない」状況、確かに一瞬ありえないなと私だって思ってしまったわけだけれど、でも試しに、こんな「ありえない」状況が実は結構な隣り合わせだったりするんじゃないかと思ってみたりする。

ストーリーの例(ここからは何のエビデンスもない妄想です)

『義理の母親はもう何回も「二人目はまだ?」「二人産まないとこの家の嫁とは認められないのよ」と言ってくる。ストレスだ。まだ?なんて言われたって、夫は遺伝性の病気を持っている。もし遺伝して、夫も私も苦労することになったとして、あなたは何かしてくれるんですか?大体自分も夫も働いていて忙しいのにどうして子供子供言うんだ。そんな愚痴を話していたら、友人からこんなことを言われた。

「なんかSNSで精子提供とかやってるらしいよ」

「え、精子バンクは?」

「あんなん凍らせてるから妊娠確率めっちゃ低いよ。それよりは直接の方がいいじゃん」

「まぁ、、、そうなのかな」

家に帰って夫に話してみたら、「結構みんなやってるみたいだね」と記事を見せてきた。じゃあ二人とも納得がいく相手を選ぼうね、と約束をして、私たちは精子提供者を探すことにした。

そうやって探してみても、なかなかいい相手は見つからない。そうやって2年の月日が無為に流れた先に初めて出会ったのがAだった。Aはルックスもよく、信頼のおける人柄に見えた。性交渉がしたいから、というようにはとても見えなかった。身分証明書も見せてくれて、私はすっかり信用してしまった。

そして今。訳が分からなかった。なんでそんな嘘をつかれたんだろう。なんでそんな嘘も見抜けなかったんだろう。私が悪い。確かに卒業証明書なんて見ていない。でも、信用できると思ってしまった、私が悪い。

夫は君のせいじゃないよと言うけれど、お腹の中で大きくなっていく子供が私の間違いを糾弾しているように感じられた。どうしたらいいんだろう。どうしたら。こんな子供、産みたくない。私が選んで産んだ子じゃない。間違いだ。でも間違っていても責任は取らなければならない。生まれてからもずっと糾弾されいてる。こんな子さえいなければ。

はっと気がついたら夫が私の手を掴んでいた。「お前、何しようとしてた?」私は血の繋がった我が子に手をあげようとしていた。間違いを間違いで隠そうとしても何の意味もない。子供は手元から離れ、今はもう施設にいる。

「こんなこと、もう二度と起きてほしくない」

夫が用意した弁護士は「到底勝てるとは思えません」と言った。「どうせ勝てないのだから、せめて世の中を変えましょう。幸いお金はあるのだから」と言う。3億円請求すれば話題になる。話題になったら法整備や規制が進むかもしれない。誰もが安心して精子提供を受けることができるようになるかもしれない。

私は裁判に踏み切った。』


みたいなストーリーがあるかもしれない。ないんだろうけど。ないんだろうけど、多分現実はちょうど、みんなが悪魔化する女性と、私が天使化した女性との間くらいなんだと思う。これだけの情報では、とてもじゃないけれど、当事者を批判することも擁護することもできないと思う。だからこそ、私たちは本当は当事者の批判も擁護もせず、「当事者については」黙っておくべきなのではないか。私たちは「もうこんなことが絶対に起きない」世の中のために口を開くべきなのではないだろうか。

というわけで、次の章からは、状況としての問題点に踏み込みたいと思う。

精子提供の現状

「精子バンク」で調べると病院の情報がいくつか出てくる。けれども、「これから病気を治療するため、造精に不安が出てくる人が予め自分の精子を凍結しておく」ための情報くらいしか出てこない。

では一体精子提供の現状はどうなっているのだろうか?以下の記事の引用を見てみてほしい。

『医療機関で行われてきた精子提供には、難しさや制約があります。

▼いったん凍結した精子を使って直接注入する「人工授精」という方法で受精させるため、妊娠率がおよそ5%と低い、
▼プライバシーの保護のため、提供した男性の情報は、血液型以外教えてもらえない、
▼対象は、無精子症などの理由で妊娠できない婚姻関係にある男女のみに限られていて、独身女性や同性カップルは対象外

提供を受けられないケースもあり、医療機関を介さず、独自に精子を手に入れる人が増えているのです。』(筆者太字)

医療機関の精子提供は限られた人にしか行われていない。また妊娠可能性も非常に低い。そのため、こちらの記事に出てくる夫婦は、夫婦の合意のもとで、精子提供をインターネットの個人から受けている。「血縁にある子供が欲しい」と思うことは、「血縁がなくても良いから子供が欲しい(=養子をとる)」「血縁のある子供は産めるけど欲しくない」と思うことと同じくらいの普通さである。そしてそれは個人の選択の自由である。

またこちらの記事

には、妻子を持ちながら、妻子の合意を得て精子提供を行う男性の話も出てくる。彼は、精子提供の方法は①シリンジ法(シリンジによる注入)②タイミング法(直接の性交渉)③宅配の3つに分かれるといい、②が最も妊娠可能性の高い方法であると話している。つまりこれら二つの記事から

①民間での精子提供は割と頻繁に行われている

②直接の性交渉も、「精子提供の世界」では割と当たり前に近いような状況にある

ということもわかる。では、いわゆる「精子バンク」はどうなっているのだろうか?民間企業として名前が上がっているのは「クリオス・インターナショナル」という世界最大の精子バンク機関である。値段も1万円台〜20万円台と幅広い。

https://www.cryosinternational.com/ja-jp/dk-shop/%E5%80%8B%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%AE%A2%E6%A7%98/

また、現在日本では、専門医である岡田教授が「みらい生命研究所」という、精子バンクを設立し、精子提供の現状を少しでも変えようと努力を重ねている。

しかしながら、東洋経済で取り上げられたのが2021年7月のことであり、まだまだ人口に膾炙しているとは言えない状況である。

結論

当事者を「頭がおかしい」と貶すのは簡単だ。実際子供も可哀想だと思う。

それでも、例えこの当事者が頭がおかしかったとしても、ここまでの状況に至るにはいろいろな理由があり、そしてその理由の影には「精子バンクを調べたけれど、海外は怖いし、国内は高いし、よく分からないからもういいや…」という諦めや、「それでも欲しいから民間で誰かに頼もう」という勇み足や、数々の人たちのいろいろな種類の苦しみが存在している。何にせよ、この事例が1事例で終わってしまうことなく、いろいろな場所でシステムの変更や規制の制定などに役立っていき、苦しむ人が少なくなることを願っている

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