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【小説】火星になった君へ

「新橋、18:00から来れる人飲みましょ!」

君のツイートにそっといいねをつける。3いいね。増えていくいいねを見ながらスマホの画面を閉じた。

新橋なんて行かれない。17:30まで予定がある。でも君にあいたかったよ、の気持ちを込めた1いいね。

君と私をつなぐもの、それはこのちいさな画面の中のSNSだけ。LINEも知ってる。グループチャットもある。でも私はTwitterでしか君が何をしているのか知ることができないし、裏を返せば君もそうだ。

大学1年生の夏、私は君のことが好きだった。時々メッセージを送った。君からだってメッセージが来た。時々二人で会ったけど、それは全部何か理由がついていた。私だけが会いたかったのかな。今はもう確かめるすべもない。

君からDMがくる。

「え、新橋来れるの?」

珍しい君からの連絡に心がはねる。もう3年も前の気持ちが、まるで現役みたいな顔をして心の中に居座っている。

火星は何億光年先なの、と聞いたら笑われたのを思い出した。光の速さなら数分だよ、たった数光分。たった数光分の距離が、2億kmあるのだと後から調べて気が遠くなる。光だったらすぐ届くのに、半年じゃ君のところには辿り着けなかった。

君を捕まえたと思ったらそのたびにそれはまぼろしで、まるで私は天体望遠鏡で地球とつかず離れずの火星に一喜一憂する馬鹿な観測者みたいだった。

もう好きじゃない。きっと会ったら後悔する。君のTwitterを見ればわかる。自己紹介欄に引かれた幾本ものスラッシュが、学生起業家のハッシュタグが、それを表す。
私の自己紹介文は「月が綺麗じゃないよね、人類」。呟くのは最近観た映画のことばかり。
最初は同じような惑星だったのにいつの間にかこんなに遠くまで来てしまったのだ。星は不可逆だ。もう一緒にはなれない。

わたしたちが一番近づいたのは明確にあの大学1年生の夏。中国茶器を集めては私に自慢していた君はもういない。お酒飲めないんだよね〜、俺も、と言いあいながら二人で烏龍茶を飲み、うどんを食べた冬生まれふたりの19の夏はもう戻って来ないのだ。

スマホを開いて「残念!行けません!」と送る。会いたかったな〜と送るか迷う。てきとうに流されるのが怖い。と同時に、てきとうに流してほしい。だから送らない。あの夏に置いてきた君はもう戻ってこないから。でも会いたい。3年前の夏の君に。だから私は、少しだけ期待するのだ。君が「残念。じゃあ今度会おうよ」と言ってくるのを。

ハートマークのついた「残念!行けません!」のメッセージを見る。いくら更新しても何も表れない。私だけだ。私だけが君を成仏できていない。君に会えば、君に会ってがっかりすれば、私は君の亡霊をもう見ずに済むのだろうか。

「別に君を求めてないけど」、でも好き「だった」。

だから私は、ずっと片想いをする人が羨ましい。それが亡霊であるにせよ。もういっそ呪われ続けたかった。ちょうどよく忘れて、ちょうどよく忘れられないから、こんなにも中途半端だ。

両想いだった人は、誰一人として特別な人のフォルダに入れることができなかった。それは「付き合った人」という明確な枠組みがあるから。みんなぎゅうぎゅうの「元彼ボックス」の中に入れられていつしか思い出も溶け合ってゆく。

一方で名前をつけられないフォルダに静かに置かれている彼は、私にとってはまだ特別だ。彼にとってはきっと違っても。だからたまに彼のツイートが、彼の言葉が、私の心をはねさせる。はねさせて、波紋を広げて、2、3日したら消えてゆく。

私は君にハートを送らない。
私は君にいいねをしない。
もう君がいないのだ、ということを忘れないために。

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