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昔の恋人へのプレゼントがメルカリで売れた

 「昔の恋人からの」ではなく、「昔の恋人への」である。

 去年のちょうどこの時期に付き合っていた人にグレーのニット帽を買った。付き合いたての時期、私はいつも相手のことを考えてプレゼントを買う。そしてそのプレゼントは色々な理由で相手の元には届かないことが多い。今もこの前付き合った人に買ったハンドクリームがある。また渡せなかった。どうしよう。

 このニット帽もそういう運命だった。買ってから、「そういえばプレゼント買ったよ!」とLINEすると「誰に買ったの?」と返ってきて、主語がないんだからあんたへのに決まってるだろ、と思いながら「○○へのだよ」と返した。少し間が空いて返ってきたのは

「おれ、プレゼントとか苦手なんだよね」

 という一言で、私は困惑した。プレゼントが、苦手?

 自分の買うものにはこだわりがあるから、とかもらったものが気に入らなかったときの反応が苦手、とか、ものが増えるのがあまり好きじゃない、とか色々言っていて、私もその理由には納得したけれど、手元にラッピングされた紺色の袋とグレーのニット帽があるのは変わらない。

 なんの価値もなくなったそれをリュックの中に押し込んで、私はなんだかなぁと思いながら歩き出した。選んだときには運命みたいにきらきら輝いて見えたニット帽は、もうただのシンプルなニット帽だった。ルコックスポルティフのニット帽。私帽子似合わないしな、と思う。まだ誰かにはあげられるけど、メンズだし。

 この時に、あぁ、終わるかもな、と思った。こういう予感は的中する。彼は難しい人で、もう二ヶ月目からデートは少しも楽しくなくて、彼が話しかけられるのを嫌がるから私は話しかけるのをためらい、私が振った話題には毎度「俺その話題嫌い」攻撃を浴びせられ続けた。私たちの恋は「おれなんか会うと疲れちゃうんだよね」「そうだろうね。じゃあもう当分会わなくていい?」で終わった。多分私の方が疲れていたんだと思う。この人には将来の相談も当時の就活の悩み事も何も共有しなかった。

 ニット帽をメルカリに出品したのは半年前だった。部屋を綺麗にするためにいらないものを捨てよう、と思い立って箱の中をゴソゴソあさっていたら、よれた紺色の袋が出てきた。For Youのシールは折れ曲がってYouの部分が見えなくなっていた。

 腹が立つほど売れなかった。最初の3ヶ月は音沙汰がなかった。コメントをくれる人も買ってくれなかった。1800円を1500円にした。やっぱり売れなかった。1200円にした。

 忘れた頃にメルカリの通知が届いた。もらったプレゼントよりももらわれなかったプレゼントの方がなんだか念みたいなものが篭っている感じがしていたので、私は心底ほっとした。お金になったのも小気味良かった。洋服を送ったことがないものだから、送付にも少し手間取って腹立たしかったけれど、それでもなんとか送れた。

 ローソンにひっそりと立つメルカリ専用のカウンターに開いた銀色の口に、ニット帽を包んだ紙を差し込む。重力によって吸い込まれるように消えていく袋に、なんだか笑ってしまう。あげなくて良かった。プレゼントはコストに感謝するもので、物を喜ぶのは二の次なのだ、なんて教えなくて良かった。この真理は私だけのものだ。前日に買った5000円のイヤリングよりも極論3日前から唸りながら書いた長編の手紙の方が嬉しいよ、なんて理解する人がどれくらいいる?


 ロクシタンのハンドクリームは人にあげるのもなんだかなぁ、なので自分で使うことにした。すべすべになるぞ。

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