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音楽とまっすぐ向き合うためのパラベラム ーー緑仙『パラグラム』を聞いて



『パラグラム』は、2023年10月4日に発売された、歌手・緑仙のメジャーデビューアルバムである。さっそくアルバムを聴いてきたので、感じたことを書いてみる。


01. WE ARE YOU


1曲目から、これまでの緑仙が歌っていなかったストレートな応援ソングである。作詞をされた藤林聖子さんは、担当した作品のその後まで見通してしまうことから、「作詞する預言者」と呼ばれることもある。

ベガルタ仙台を応援するために書かれたこの曲は、確かにグラウンドに立つ選手たちにすべてを任せきる曲ではなく、応援席にいるサポーターたちも選手たちと一緒に失点すれば傷をつき、悔しい思いをする存在であることが繰り返し強調されている。
ベガルタ仙台は、1999年にJリーグに加盟したチームであり、名前はベガとアルタイルを合わせたところからやってきている。ちなみに本社は仙台市青葉区にある。2009年にJ2優勝を飾ってからは2021年までJ1で活躍したものの、夢かなわず現在はJ2に降格している。そうした背景を知っていれば、この曲の「悔しさ」や「過去」は、選手たちが抱えている「悔しさ」と「過去」に他ならないだろう。

これまでの緑仙の曲で、ここまで「信じる」という言葉が強くつかわれたことはなかった。その歌に呼応するように、あるいは選手たちの声に呼応するように振り絞るように緑仙は歌っている。


作詞を担当する藤林聖子さんは、ワンピース、スーパー戦隊シリーズの作詞作曲を多く手掛ける。代表作はワンピース主題歌『ウィーアー!』、ISSA『Justiφ's』、『侍戦隊シンケンジャー』など。
作曲家のebaさんは、cadodeのメンバーであり、OLDCODEXやLiSAに参加している。


02.  アイムリドミ


1曲目で直球の力強い応援ソングがやってきたと思ったら、2曲目は00年代初頭のR&Bを思わせる、ラップとリズムチェンジが多様された浮遊感のあるチューンがやってきた。さらに曲の途中からは作曲者のケンカイヨシさんのちょっと挑発的な声までが挟まれてくる。

ボーカルの裏には、歌詞の展開と共にコーラスと音響効果が多様に使い分けられている。特に早口の後に「ドーパミンがなくちゃ……」のところで一気に後ろノリになると、聴いている視聴者は一気に浮遊感へといざなわれる。
この曲に限らず、今回のアルバムでは、バンドサウンドだけではなく音源や声を重ね合わせる多重録音の力が強くつかわれた曲が多い。アルバムのコンセプトである『パラグラム』という言葉がそうさせたのだろうか。

歌詞から見ると、この曲は『イツライ』のころから繰り返されてきた怪しげな言葉遊びが、さらに激しく繰り広げられている。タイトルの「リドミ」は、果たして人の名前なのか、「僕を読んでくれ」と言ってくる推しの言葉なのか、初めて聞いたときはめちゃくちゃ戸惑った。
しかし、この曲の最後には、だんだんと謎解きのように曲が解かれていく。そして、最後に、「キミは僕のことを読んでいたでしょ?」と語りかけてくる。
Vtuberとして活動しているボクも、推しを摂取しているキミのことを「読んで」いるんだよと、煙に巻きながらささやいてくるコワい曲。


ケンカイヨシさんは、ぼくのりりっくぼうよみ(たなか)やニノミヤユイ、みやかわくんへの楽曲提供をされている作曲家。バーチャルユーチューバーでは花譜×たなか『飛翔するmeme』、NIJISANJI EN『Jazz on the Clock!!』『Hope in the dark』の作曲を担当。
ちなみに、ケンカイヨシさんの楽曲を追っていくと、この曲で使われている巻き戻しやTalk Boxのようなエフェクトが出てきて、「おっ、この人の必殺技なんだな・・・」とニコニコしながら聞いていた。


03. 天誅 / 緑仙 & ポルカドットスティングレイ


暴れ狂うピアノ/ギター/ベースとツインボーカルの暴力で構成された一曲。
この曲は、ポルカドットスティングレイのがなりこむような雫さんのボーカルと緑仙のボーカルが離れたり、ユニゾンしたりを繰り返し混沌としているはずなのに、全体としてとんでもないバランスでハーモニーが保たれている1曲である。これ、ライブの演奏難易度やばすぎんだろ・・・。

歌詞は、明確なストーリーを伝えるものではないものの、「足りない」という感じる焦燥感そのものを言葉の像として伝えてくる。サビの雫さんパートは耳できくとおやっ・・・?!となる言葉遊びも仕掛けられている。

天誅とは、神的な存在が悪いことをした人に対して罰を下すことである。自分を夢中にさせた相手を、暴力的な音像と音の輝きの前にひれ伏させる強烈な一曲。


ポルカドットスティングレイは、暴れまくるボーカル(雫)と暴れまくるギター(エジマハル)、ベース(ウエムラユウキ)、ドラム(ミツヤスカズマ)によって構成された4人組バンド。代表曲『テレキャスター・ストライプ』をはじめ、先日はポケモンの楽曲『ゴーストダイブ』を発表した。


04. ヒロイン


男性キーかと間違えるほど低い音から入るこの曲は、ダウナーで自暴自棄な様子を演じている「私」の心の中のおしゃれに隠しながら独白している。
実はこの音像の感じをうまく言い表す言葉が見つからなかったのだが、R&Bを基調として、けだるげでゆらめく感じがうまく表現されている。よく聞くとAメロ終わりでは溜息までついている。



小池竜暉さんは、7人組ダンスグループのGENICとして精力的に舞台でも活躍するボーカル・ソングライター。加藤冴人さんは、葛葉、富士葵、Raindropsへの曲提供を行っている作曲家。この曲の非常に低いキーは果たしてどちらが発案したのだろうか・・・?


05. ジガトラ / 緑仙 & cadode


謎の男性ボーカルをチョップした音声から始まり、cadodeのkoshiとのツインボーカルのような形で始まる一曲。
バンドでのcadodeの楽曲は、洋楽のthe 1975やBon Iverが使用している声にエフェクトをかけてプリズマイザーや多重録音の採用し、揺れるようなリズムを探求するバンドであったが、この曲では二人のボーカルを主従つけずに二人の声を重ねている。ちょっとボーカル対決みを感じる曲になっている。
しかし、ボーカルが重なって聞きにくいということが全くないのが、この曲のBメロからサビが一貫して韻を踏み続けているからだろう。
歌詞を見ると、自堕落なインターネット生活の中で、根拠のあることないことを言い続けた結果、インターネットにも居場所(住所)を無くしてしまった人の言葉がつづられている。

いや、自堕落なのはよしとしてこの曲の主人公、麻雀ハマりすぎでは…?


cadodeは、日本のスリーピース音楽ユニット。ギターは1曲目のWE ARE YOUの作曲であるeba。TVアニメ『サマータイムレンダ』のタイアップ曲「回夏」、「さかいめだらけ」が代表曲。


06. ジョークス

『ジョークス』については、以前のライブのレポを書いた際に詳しく書いているので、このアルバムについて少し書きたい。

繰り返しになるが、今回のアルバムで驚いたのはこれまでのジョークスやWE ARE YOUのようにボーカルの存在感やストーリーを真ん中に押し出すような曲だけではなく、徐々に音楽全体と声を調和させるようなスタジオミックスの良さを生かす曲が増えてきたことだった。

緑仙は、インタビューで繰り返しVtuberの音楽がただの一過性の流行で終わってしまうことへの危機感や、技術的な力不足について語っていた。そうした部分をメジャーデビューする中でどう扱うかの回答が、まさにこのアルバムだったのだろう。




補論 新しい自分の物語を作ること

他の人の為だけに働いたり動いてはいけないよ
最初は自分の中のなにかから動き始めたことを常に忘れてはならないよ
それを明らかに出来ていれば、自分自身のことを理解できるし、
どのように社会と共存すれば良いかわかるよ
そして、アーティストにとって、ほかの誰かの期待に応えようとする事は、
あまりにも危険すぎると思うよ
それをやってしまったら、基本的にその人の中での最低の作品になってしまうと思うよ

David Bowie「若いアーティストたちへアドバイスをするデヴィッド・ボウイ」

緑仙のnoteを書くのにいつも戸惑っていたことがあった。
それは、3年前にも普通の雑談で言ってて、最近も言ってたのだが、緑仙が徹底して全肯定オタクに対してあまり好みではないという思いを吐露していることだ。

先日もそうしたことを耳にしていて、本当にこのnoteをどう書くか迷った。ぶっちゃけ私も、一応人間であって人のアルバムにやいのやいの言い続けるのはしたくないし、最近は明確にやめようと思っていた。(かわいいとかかっこいいとか言ってた方が楽じゃんね)


とりあえず、全肯定とか全否定抜きにして、友達たちと語っていた内容を整理してここには書いてみる。
そして、このアルバムをメジャーデビューした友達が渡して来たら、どういうことを自分が言いそうか考えて書いてみる



Vtuberというストーリーと配信 ーーストーリーから入って音像を伝えるために


まず、前提として強くいっておきたいのは、今回のアルバムめちゃくちゃ良かったということだ。おそらくこれからもプレイリストに入れて繰り返し聞くと思うし、個人的にはポルカドットスティングレイやcadodeを新しく知ることができたのがめちゃくちゃ良かった。本当に音楽としてアルバムを作ろうとしていたのがわかったから、ここまではなるべくバーチャルユーチューバーとしての緑仙を語ることを控えめにしていた。

ここから書くのは、そのうえで「ん・・・?」と感じたことである。気になったのは、曲のクオリティではない。「アルバムをどのように作りたいか」「どのように音像を作りたいか」というディレクション(企画意図)が関係者にちゃんと伝わっているかである。
例えば今回のアルバムは、インタビューを読む限り緑仙が「Vtuberとしての自分とは違う、まっすぐに音楽に向き合って作りたい」としたアルバムだった。しかし、アルバムのジャケットを見た時に、大きな文字で緑仙と書いてある。テレビに映し出されているのはたくさんの緑仙だった。
しかも厄介なことに、テレビに映し出されている緑仙は、みんなニコニコしていて、実はこのアルバムの中の曲たち(どれもかなり暗かったり、微妙な表情のニュアンスを映し出している)とは違う明るい表情をしている
これは、イラストレーターさんの高い技術の話ではなく、出した指示で変えられることだから、おそらく企画の詰め方の問題である。

音楽のジャンルの中には、例えばシューゲイザーやメタルのようにアルバムジャケットを見ると、演奏者の個性も何も見えないほど音楽に没頭しているジャンルがある。アルバムのジャケットすらほとんどギターである。この時、人は轟音に身を任せてひたすら音を聞かざるをえないだろう。

もしも、ヒト(Vtuber)としての自分の内面ではなく、音楽として聴いてほしいのであれば、緑仙の存在を控えめにしてみたり、楽器を前に出すなど違うデザインになったのではないか…?と感じる。


YouTuberとして活躍するベーシストのミートたけしさんは、自身の動画で、音楽は万能ではなく、すべての人に届く魔法のようなものでないことを強調している。そのうえで、音楽は人に届けるためには、特に日本においては「魅力的なストーリーをつけること」が重要になると考えていた。

音楽で最高のことをやることは当然で、そのうえでプロであれば、必ずしも視聴するプロではない人たちが受け取りやすい方法で渡すこと。その努力を怠ってはいけないと言っている。

実は、Vtuberというジャンルの物語にこだわって音楽を作っても人は聞いてくれないという話は、星街すいせいさんや花譜さんがまさにKAI-YOUのインタビューでも言っていたことだった。ただ、だとすればその時に必要なのはVtuberという枠にとらわれず、自分のやりたいストーリーを言葉にしておくこと、それを深めてミュージシャンや関係する大人たちに説明できることが大事なのではないかと感じたのだ。それは事務所に入っているとか、お金が絡んでいるからとか、僕より周りのミュージシャンの方がすごいとか関係ない。(というか、自虐をやりすぎると、自分を選んでくれた事務所の人や、周りのミュージシャンの信頼すら否定することになるはずだ)

色んな方向からの僕を見てほしいのも分かった。音楽にまっすぐ向かいたい気持ちも分かった。では緑仙の作りたい音のかたちってなんだろう。それを表現するとしたら、どんなアルバムになるだろうか。
それをビジュアルや見た目で伝え始めていいと思う。


コンセプトアルバム(企画モノ)という選択肢


1個だけ、明確にリスナーに対して今の自分がやりたいことを伝えられる伝統的な技法がある。それは音に対してコンセプトアルバムを作ることである。東京事変は、アルバムごとに明確にヴィジュアルを変えることで、自分たちが今作りたい音はこれだと主張していた。さらに9mmの菅原さんも、自分のルーツを確認するために、オルタナ歌謡曲を宣言したアルバムを作っていた。

これは、Vtuberなら実は「企画」に近いやり方である。企画を立てて、今回の動画は、ひたすら嘔吐するライバーを見せる生放送があったように、アルバム単位で、何をするかを宣言してしまうのだ。それはでっちあげでもいい。
これの良いところは、1個明確なコンセプトをきちっと固めておくと、曲をお願いするミュージシャン、絵をお願いするイラストレーターが固まることである。ロック、HIP HOP、あるいは自分の内面か、外の見た目を大事にするか。どのジャンルが得意かによって、呼ぶアーティストが変わるのは、ライバーをいっぱい企画に呼んできたほかならぬ緑仙が知っているはずだ。

今回のアルバムは、自分の形を探す「パラベラム(準備期間)」だったのだと思う。もし胸に手を当てて、自分のありたい形が思いついたら、人に伝わる言葉で形にしてみてほしい。


星街すいせいの『Still Still Stellar』は、「星」をテーマにしたコンセプトアルバムとしても聞くことができる。

テイラースウィフトのドキュメンタリーでは、彼女が自分のアルバムをどのような形にしたいかをプレゼンしているシーンが登場する。もちろん売れ線と違うとか、かわいくないとか、いろいろなことを途中で言われるが、彼女は自分がやりたいことを言語化して世間にも認めさせることで、社会をも変えていった。

もしかしたら緑仙も、大人たちに囲まれて自分が音楽的に足りないところがあるとか、そういうことを考えるのかもしれない。ビビッて言いたいことを隠してしまうことがあるかもしれない。
でもどんなトッププロだって、そうした孤独と戦っている。

でも、こんなnoteよりも体調の方が大事だから、もしきつかったらほかの人に相談してね。



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