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特許権の取得を阻止したい、無効にしたい方向けの法的手段のまとめ

(20200615追記) 匿名にもかかわらず、知られてしまう可能性がある点にも言及しました。

法的な手段として、情報提供、異議申立、無効審判請求の3点があります。
そして、権利化を阻止したいのであれば、できれば、審査請求がされたことを確認してから、情報提供をすることが好ましいです。

1. 情報提供

(1) 誰でも匿名で可能。匿名の場合は細心の注意を。

特許が付与されることを防ぐために、誰でも、特許庁長官に対し、「書類」を提出することにより、情報提供することが可能です(特許法施行規則13条の2第1項本文、柱書)。
装置の動作を撮影したDVD等、「書類」でないものは提出できません。
匿名も可能ですが(同規則13条の2第4項)、その場合は、提出した情報が審査に利用されたか否かのフィードバックを受けることはできません。
とはいえ、J-PlatPatの経過情報で確認できるので、そこまで問題にならないでしょう。

ところで、知られたくないからこそ匿名で提出するわけですが、オンライン手続においてPDF又はJPEGイメージを添付する場合、ファイルのプロパティに設定されている作成者情報で誰が提出しているか判明してしまうことがあるので、ご留意ください(特許庁HP参照)。匿名の時は書面で送るという選択肢も考えられます。

後に述べる異議申立と同様に、共同出願違反や冒認出願を理由とした情報提供はできません(同規則13条の2第1項本文各号)。

情報提供については、特許庁に対し支払う手数料はありません。

特許庁HPに記載されている概要がわかりやすいので、ぜひご確認ください。

(2) 情報提供のタイミングは「審査請求後」がよい

特許権を取得するためには、出願だけでは足りず、出願日から3年以内に、特許庁長官に出願審査の請求をしなければなりません(特許法48条の3第1項)。
その3年の間で、審査請求や登録に至るまでにかかる費用、登録後、権利を維持するためにかかる費用、事業の実施可能性等を考えて、審査請求をせずに放置して権利化をしないケースもあります。

ところで、情報提供を行うと、特許庁は、出願人に対し、情報提供があった旨を通知します。
通知を受けとった出願人は、「この特許出願に興味を持っている人がいる」と認識し、特許権を取得して、事業を独占して実施し、あるいは、ライセンス収入を得よう等と検討を始めるかもしれません。
情報提供の通知を受け取りさえしなければ、審査請求をすることなく権利化を断念していたかもしれないのに…。

このようなことを考えると、情報提供をするタイミングとしては、「審査請求後」がよいでしょう

特許が付与された後も情報提供は可能ですが(同規則13条の3)、その場面では、後に述べる異議申立や無効審判請求をすることが一般的でしょう。

(3) 情報提供した73%は審査で利用されている

少し古いですが、特許庁による2013年12月に拒絶理由通知書が起案された案件に関する調査によれば、情報提供を受けた案件の73%において、情報提供された文献等を拒絶理由通知中で引用文献等として利用されているので、情報提供の効果はそれなりにあるようです。
情報提供の件数は少し落ちてきていて、年間約5000件のようです。

情報提供件数の推移2019行政年次報告書より

(情報提供件数の推移 特許庁作成 特許行政年次報告書2019年度版より引用)

2. 異議申立

(1) 誰でも可能だが、匿名はできない。実際は…

情報提供同様、誰でも申立可能ですが(特許法113条)、匿名ではできません(同法115条①一参照)。とはいえ、特許権者に申し立てたことを知られたくないので、ダミーを立てて行っているケースは多数あります。

申立期間は、特許掲載公報発行の日から6か月以内に限定されます(同法113条柱書)。特許の早期安定化を図るためです。

申立理由は、法113条に記載された公益的な事由に限定
されます。
例えば、新規性・進歩性・明細書の記載不備等です。
冒認出願や、共同出願違反といった権利帰属に関する事由は対象外です。

なお、現時点で、特許庁に払うべき印紙代は、
16,500 円+(申立てた請求項の数×2,400 円)となります。

(2) できれば異議申立ではなく、情報提供で

特許庁ステータスレポート2020によれば、2015年よりスタートした特許異議申立の2019年の件数は、1000件ほどに留まっているようです。
なお、平均審理期間は約7.4か月とのことです。

異議申立件数 ステータスレポート2020より

異議申立件数(権利単位)の推移
(特許庁作成 特許庁ステータスレポート2020より引用)

2015年4月~2018年3月末までに異議申立がされた事件の2019年6月末時点の審理結果によれば、訂正なく特許がそのまま維持された割合は34.9%、訂正の後維持されたものが51.1%、取り消された割合は11.1%とのことです。
この統計からすると、取り消すことが難しいので、審査請求後のタイミングで情報提供をして権利化を防ぐことが適切といえるでしょう。
審理結果の統計情報をご覧になりたい方は下記特許庁のHPを参考にしてください。

3. 無効審判

(1) 紛争が顕在化した段階の手段という位置づけ

利害関係人だけが請求可能です(法123条2項)。
特許の有効性に関する当事者間の紛争解決を図ることを目的としており、特許権者から警告や訴訟提起を受けた場合の対抗手段として利用されます。

権利の消滅後も請求可能です(法123条3項)。
権利存続期間中の損害賠償責任を発生させないために行う場合が想定されます。

情報提供や異議申立と異なり、冒認出願や共同出願違反の場合、特許を受ける権利を有する者は、特許権者に対し、無効審判を請求できます(法123条1項2号、6号、2項かっこ書参照)。
もっとも、特許を受ける権利を有する者は、特許権者に対し特許権の移転を請求できるため(法74条1項)、無効審判の請求をすることはほとんどないかと存じます(冒認・共同出願違反の対応策は別途取り上げます。)。

現時点で、特許庁に払うべき印紙代は、
49,500 円+(請求した請求項の数×5,500 円)と、異議申立よりは高いです。

(2) 請求件数は年々減り、100件強

特許庁ステータスレポート2020によれば、無効審判の請求件数は減少気味です。出願件数や侵害訴訟の件数が減少傾向にあるからかと推測します。
2019年の審理では、平均審理期間は約1年であったとのことです。

無効審判件数 ステータスレポート2020より

無効審判請求件数の推移
(特許庁作成 特許庁ステータスレポート2020より引用)

4. 結び

冒頭にも述べましたが、特許の権利化を防ぎたいのであれば、審査請求後、特許が権利化する前段階で、情報提供をすることがベストでしょう。
そのタイミングを逃したとしても、水面下で阻止したい場合には、ダミーを活用して異議申立制度を利用することが考えられます。
そして、いざ当事者間で紛争になれば、無効審判を請求する、という位置づけで、3つの法的手段をとらえていただくとわかりやすいかと存じます。

弊所は、特許出願の依頼を受けておりますが、「特許の権利化を阻止したい」、「特許権侵害の警告を受けてしまったがどうしたらよいか」、といったご相談も受けております。
お困りの企業の方はお気軽にお問い合わせください。

弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
所長 弁護士 弁理士 西脇 怜史(第二東京弁護士会所属)
(お問い合わせページ https://nipo.gr.jp/contactus-2/)


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