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【製本記】 小川未明童話集 07 | 丸背上製・布装ができました!

本をつくってばっかの日々。編集者として本を編みながら、時間を見つけては製本家として本をこしらえている。編集した本は世にでて光を浴びるが、製本した本は暗所に埋蔵するだけの習作も多く、せめてここに記録する。

文庫を改装した『小川未明童話集』が完成した。いつものように製本様式や製本材料について記録しておこう。いまだにもやもやしている失敗についても、ここにはちゃんと残そうと思う。

丸背の布装に仕立てた、糸かがりの上製本。糸かがりにするため、アジロ綴じの文庫本をペラ(一枚ずつの状態)までバラした。岩波文庫の背固めのボンドはなかなかのボリュームで、まとめて剥がそうとするとうまくいかず、地道に1枚ずつ。とはいえ、こうした単純作業はきらいじゃない。ラジオでも聴きながらひたすら手を動かすと、不思議と心が凪いでいく。

ブッククロスはグレーの無地。これに型染めで模様を入れた。模様といっても簡単なもので、この童話集に収録されている「ちょうと三つの石」という短編から、「石」をモチーフにした。下絵を描き、型紙をつくり、海綿でポンポンとアクリル絵具をのせている。白や黒や灰を斑らにのせつつ、ほんのわずか、金を加えた。この金が蝶の鱗粉だという思いつきは自分でも気に入っていたが、数日後に見たら、石ではなく「水たまり」に見えた。

題字は、平(ひら)と背に金属活字で箔押ししている。築地活字の「築地明朝」だ。箔押しの金と型染めにまぶした金とがやんわり呼応していて、悪くない。もう少しまぶしてもよかったような気もするが、まあいい。題字と型染めの位置関係はもちろん狙ったもので、我ながら満足、満足。

丸背のカーブは少々強すぎたか。これは、背が厚くなりすぎたためだ。本文をかがりながら薄々気づいてはいたけれど、これよりも細い糸は手もとにないし、突き進むしかなかった。16ページ折ではなく32ページ折でつくるべきだったと途中で悟ったものの、バラした本文をすでに16ページ折の前提で貼り合わせているのだから、あとの祭りというやつだ。

丸背の急なカーブのせいか、耳だしが足りないせいか、かがりの糸の引き具合がきついのか、あるいは背紙やクータの幅が狭いのか。おそらくこれらすべてが相まって、背から溝にかけてうまく形づくれていない箇所がある。

しかしながら、完成写真を撮るときに、うまくいっていない箇所をさりげなく手で隠したり、見えないようにトリミングしてしまった……。自分のこざかしさがおかしいやら、情けないやら。

花布は単色の黒にしたので、ちっとも目立たない。別に目立たせる必要もないのだが、色を差してもよかったような。でも、一周まわってやっぱりこうしてしまうのだろう。どうしても、一歩引いた感じでまとめたくなる。

見返しには、ロクタ紙を使った。ロクタ紙とはネパールでつくられる手漉き紙のことで、これはその手漉き紙にハニカム模様がプリントされている。なぜこの模様を選んだのか。2か月前のわたしは「もしこれ(型染めの模様のこと)が石ならば、見返しのハニカム模様は峠の道の石畳、というところか。あるいはこれが水たまりなら、向こうの世界への入り口にかかる蜘蛛の巣かもしれない」と書いている。見立て遊びはおもしろい。

本文を開くと、挿絵が現れる。実は、小川未明の童話集はいくつも出版されていて、文庫だけでも何種類もある。その中からこの岩波文庫版を選んだのは、もちろん作品の選定や、未明と同時代を生きた作家による味わい深い挿絵に惹かれたからでもあるが、最大の理由は本文の書体と文字組だった。小ぶりな文字にゆったりとした字間、活版印刷時代を彷彿とさせるこの上品な佇まいが、改装にふさわしいように思ったのだ。

そして、もう一つ記録しておかねばならない。見返しに糊を入れたあとのプレスで圧をかけすぎて、本文に盛大に跡をつけてしまった。表紙の折り返しの形が、型押しのように残ってしまったのだ。プレス機から取りだし、達成感を噛み締めながら開いた瞬間、自分の愚かな失敗を発見する虚しさよ。思いだすだに、後悔がもやもやと胸に広がる。しかしこれまた、写真ではわからないようにごまかしてしまった。たくさん失敗することで、製本の技術ではなく撮影の技術をあげているのであった……。

行き場のないもやもやはあるにせよ、それも含めて、この本はこれにて完成だ。最後まであきらめなかった。それだけでも、よしとしよう。

わたしが未明の童話を読みたくなるのは、昼より夜、晴れより曇りだ。心のなかで、さびしさややるせなさがさざ波を立てるとき、未明の声が聞きたくなる。この本は、そんな気分に似合うようにしたかった。「わたしを見て」と主張することなく、さりとて「わたしなんて」と捨てばちになることもなく。目には見えない色彩を放つ、静かなるモノクロームの本。

小川未明童話集
小川未明(岩波書店)
様 式|丸背上製、布装、糸かがり(本かがり)
寸 法|150 × 114 × 20mm
表 紙|ブッククロスに型染め、箔押し
見返し|ロクタ紙
題 字|箔押し(中村美奈子)

小川未明童話集ができるまで
【製本記】 小川未明童話集 01 | 見上げれば、白い山稜
【製本記】 小川未明童話集 02 | 自分という穴ぼこ
【製本記】 小川未明童話集 03 | 無口な道具が語るとき
【製本記】 小川未明童話集 04 | 未明の調べ
【製本記】 小川未明童話集 05 | 石と鱗粉
【製本記】 小川未明童話集 06 | つなぎめの物語

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